第四話
僕は飴を持って帰ってパッパ博士に渡した。地下の"商品"開発ラボで解析してくれるらしい。
「ふーむ、特殊な着色料が使われている以外はただの飴じゃよ。」
毒が入っているわけではないらしく、安心した。
「でも食べた人まひしてたよ」
「もしかするとこの色素がマーキングになっていて、舐めた人を狙って固めているのかもしれん。こちらもビーコンを作ろう。これで飴を持っている者の位置がわかる。」
僕にはまったくそんなことする意味がわからなかった。
菓子魔人って一体何がしたいんだろう…。
「お前といるとまひは徐々に溶けたんだろう?それならば原因は固まった飴だ。
せんべいマンには熱の能力が備わっている。これを使え。」
そう言うとパッパは赤いブレスを取り出した。
「これはヒートウェイブレス。ここを押して指を3本立てると200℃の熱波が出る。」
「サンキュ!博士。」
「火傷や火事に気をつけるんじゃぞー。」
下手に使うと危ないから、基本は自分に向けて使おう。せんべいマンに変身すると熱耐性がある。
変身したらたいていのものは熱く感じない。
「…将来、熱湯風呂タレントになろうかねェ。
いや、でも笑いをとるんなら色白肥満体の方がいいよな…
色黒で細身だと熱湯で赤くなったのが目立たねェし」
フードを深めに被って屋根から屋根へ身を潜めながら移動する。
「世界はお前を待っているゥ!炎の戦士せんべいマーン♪」
だが、自作テーマソングを歌っている。本末転倒である。
「パッパ博士のビーコンだとすみだ川沿いの…金のう◯この辺りに集中してるな。」
せんべいマンがう◯この切っ先に着地すると、周囲には固まった人たちがたくさんいた。
この高さから見ていると止まっている人々はジオラマ人形のように見える。
その中で1人、赤と白の派手な縞の服を来た丸眼鏡の長身の男性が動いていた。
そこそこいい年なのに、キュートなポンポンニット帽を被っている。
せんべいマンは飛び降りて男性の前に立ちはだかった。
「飴魔人だな。てめぇは一体何が目的だ?なんで人を固めるんだよ!」
飴魔人は赤と白の杖を持っていた。クリスマスによく見るキャンディーケーンというものだ。それをビッとせんべいマンに向けて叫んだ。
「おこちゃまにはわからないだろぉけど〜これがお仕事なんでぇ〜す」
飴魔人は妙にかん高くネチャネチャした話し方だった。そして二チャァと溶けたような垂れ目と口でわらった。
「そうか。文句言いてェんだけど誰が責任者?おたくの会社コンプラどうなってんの?」
「覚えたての横文字を得意げに使いやがってぇ、このガキがぁ!」
飴魔人はアッツアツの飴を杖から放った。
それはせんべいマンの腕にかかると端から固まって自由を奪った。
「イーッヒッヒッヒ!これで右手は封じたよぉ?次は足いっちゃおうかなぁ〜」
どぉちぃらぁにぃしーよぉーおぅーかな〜!
と飴魔人は杖をブイブイ振り回した。
「みぎぃ〜ひだりぃ〜」
「どっちからでもいいから早くしろぃ!」
江戸っ子は気が短いのだ。
「そう熱くなんないで〜…?」
ヘラヘラしていた飴魔人の眼前に右パンチが飛んできたが、すんでのところでぐにゃんと体を曲げて躱した。
「あれれ〜?どうして右手使えるのぉ?けっこうしっかり固めたつもりなんだけどなぁ〜」
実をいうと危なかった。右にヒートウェイブレスを付けていたので、時間経過で溶けなければじわじわ全身固められていたかもしれない。
だが所詮飴だ。
普通の人の体温でも時間経過や湿度により徐々に溶けてゆく。
完全に動けなくなるわけではなさそうだ。
「きかねぇな。なあ、誰が責任者か教えてくれよ」
「社名は伏せるがぁ〜とある菓子販売会社の者だ。我々はぁお菓子の普及を目指しているぅ…いわば社会貢献活動なのだよぉ!
今回は実験…ゆくゆくは商品化して食べたら体が固まる飴としてSNSでバズらせるぅ!」
「普及したいなら社名は明かすべきじゃねーか?」
僕にはよくわからない。
お菓子って、人を笑顔にして幸せな気持ちにするものだ。
じいちゃんとパッパが毎日朝早くから仕込みをして、手間のかかる手焼きせんべいを続けているのも、焼き立てを喜んでくれる人がいるからだ。
でも菓子魔人はどんな味だろうかと期待して口に入れる人たちを裏切っている。
この飴がたくさんの人の口に入っても、それは会社のためで、誰かのためじゃないじゃないか。
「だまれ!成ぃ人もしていない子供はぁ社会には貢献できないのだからぁ〜家で飴でもしゃぶってろぉ!」
そう叫ぶと飴魔人は飴の塊を杖から連射した。
それはせんべいマンの手足に纏わりつき自由を奪った。
そして今度は硬い飴マシンガンを顔や腹部に向かって発射した。
「ボッコボコのネッチャネチャにしてやるぅ〜!」
だが、硬い飴は金属音とともに砕け散った。
「…なぁにしたぁ」
「これ、おじさんなら知ってるんじゃない?」
「…!ちゃいなマーブル…だと!?」
説明しよう!
ちゃいなマーブルとは、死ぬほど硬い飴である!
飴は本来砂糖と水飴と混ぜて作られるが、砂糖の割合が多いほど硬い飴となる。
しかし!ちゃいなマーブルは水飴なしでつくられており、これは金平糖と同じ製法。
砂糖の結晶に溶かした砂糖蜜を掛けて粒を徐々に大きくしながら職人により2ヶ月かけて丁寧に作られているのだ!
砂糖は水飴よりも高い。それでも長い時間と手間をかけて作るのは、一粒で甘い幸せな時間が長く続くように…
そんな思いがこめられているように思う。
せんべいマンはヒートウェイブレスで拘束をとき、ちゃいなマーブルをぶつけて飴を砕きながら言った。
「俺ってさ、飴すぐ噛んじゃうんだよね」
「お前ぇ、それは飴に対する冒涜ぅ…!」
気が短い人は飴を噛んじゃうらしい。
しかしちゃいなマーブルだけは噛もうとしても噛めないのだ。
せんべいマンはヒートウェイブレスの熱波を右手に纏わせ、パンチを放った。
すると、飴魔人は溶けてしまい戦闘不能となった。
※投げたちゃいなマーブルと砕けた飴は空中でキャッチして後でスタッフが美味しくいただきました。
しばらくすると周囲の人は動けるようになり、パッパが通報してくれたため次々搬送されていった。
一週間後、餅太郎は菊子ちゃんが飴を舐めていたベンチにせんべいマンの姿で待ち伏せた。
「あ…どうも。」
せんべいマンは無言で袋を渡す。
「これ…」
「オリゴ糖と…コラーゲンとビタミン入ってる寒天ゼリー。砂糖はラカントで低カロリーだから。」
「手作り…?」
菊子ちゃんは袋を開けて、中身とせんべいマンの顔を交互に見た。
セロファンでパッケージされたそれは既製品に見えるが、餅太郎が試行錯誤して作ったものだった。
色はピンクで、味は菊子ちゃんが雑誌で以前好きだと言っていたもも味にした。
菊子ちゃんは恐る恐るセロファンを剥がして口に入れた途端、ほっぺたを押さえて、んーっと言った。
「おいしい…!」
あの伝説のんーっを間近で見てしまい、その顔にポーッとなって、後のことはあまり覚えていない。
餅太郎は気がついたら変身がとけて、玄関に立っていた。