第三話
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菓子魔人を統べる魔王が、会議室の椅子に足を組んで座っている。
コックコートは襟とボタンだけ黒く、黒いエプロンに黒いパンツ。足元は水や油に強く、爪先に硬い板が入った靴を履いている。
帽子を目深に被っており、表情は窺えない。
四角に並べられた長テーブルの頂点に魔王。片方には四天王、もう片方には配下が座っている。
きちんとペットボトルも配られており、さながらビジネスの場のようだったが、誰一人スーツなど身につけておらず、その格好は異様だった。
「ついにせんべいマンが目覚めたか…」
四天王の1人、ヨーガシーが呟く。
苺柄のピンクのパニエスカートに、マカロン柄のブラウスという上下柄の上級者コーデを着こなす少女の姿をしている。
髪にはプリン柄のボンネットをちょこんと乗せ、髪はツイストドーナツのようにネジネジして両サイドで結んである。
フリルのマスクで隠されており素顔はほとんど見えない。
四天王の1人、ワガシー。
ラクダのシャツに股引。茶色く毛玉だらけの腹巻き。頭髪の寂しい中年男性だ。
ヨーガシーとの色柄の落差が激しい。
「いや、目覚めたばかりで力もうまく使えない小僧っ子よ。」
ワガシーは腕を組んで答えた。
怒らせたらちゃぶ台でも返しそうな気難しそうな表情だ。
「そんな若僧に負けるとは、情けないな!どら焼きの?」
バカにしたように話すのは、ヨーガシー配下のエクレアだ。
セクシーなドレスに、チョコレート色の髪の美女で、黄みのある肌が滑らかだ。
「申し訳ございませんワガシー様!わたくしマヨネーズに耐性がなく…」
ワガシー配下のどら焼き魔人は、長テーブルにタイツ頭を擦り付けている。
「言い訳は見苦しいぞ。次は、飴魔人を向かわせよう…。奴なら砂糖の塊だ。甘い物しか受付けん。」
ワガシーは宙の一点を見つめたまま指示をだした。
「力に目覚める前に叩くのだ。分かっておるな?飴魔人。」
「ㇵハァ〜!おまかせくださ〜い!」
やたらネチャネチャした喋り方の飴魔人が会議室を出て行ってしまうと、ガタッ、ガタッと椅子から立ち上がり、次々と消えていった。
魔王は一言も発さず、最後に残って考え込む様子だった。
所変わって、ここは老舗煎餅屋、加々美。
店で煎餅を手焼きしている煎太郎。
機械で餅をこねている金平。
餅太郎くんは今日は店の品出しを手伝っていた。
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「おー。いらっしゃい。」
同級生の桂木くんだ。たまに店に来て大量買いしてくれるお得意さんだ。
「…いつもの。」
煎餅屋に来ていつものとオーダーする小学生ってちょっとかっこいいと思う。
僕もいつか他の店でやってみたい。
でも桂木くんは僕と違ってスマートなイケメンだからサマになるんだろうな。クラスで一番背が高いし。
せんべいマンのときにやったらどうかな。
などと考えながらいつものせんべいや磯辺巻きなどを袋詰めしていく。
せんべいとかおかきって大量に買ってもそんなに重くないのがいいよね。
レジでお会計をして帰っていった後、爺ちゃんが顔を出した。
「お得意さんが来てたのかい。珍しいよなぁ子供は甘いもんの方が好きだろうに。」
「大人っぽいもん、桂木くん。」
「かつらぎ…?」
「爺ちゃん名前知らなかったの?」
「ああ。この近所じゃねえだろ。いつも1人で親も見たことねえからな…」
「今年初めておなじクラスになった子だよ。」
爺ちゃんはまた黙ってせんべいを焼き始めた。
炭火で焼いた手焼きせんべいは均一にきつね色になり、一つも真っ黒にこげたりしないで焼き上がっていく。
焼き立ては既製品にはないさくさくの歯ざわりと餅米の甘みが味わえると人気で、いつも夕方までに売り切れるうちの看板商品だ。
僕はどちらかというと甘党だけど、このお醤油の焼ける匂いが大好きだ。
僕は手伝いが終わった後、遊びに出かけた。
もうすぐ暗くなる時間だから大して時間はない。別に目的もなくぶらぶらするだけだ。
コンビニでも行こうかな…
大通りを歩いていると、浅草寺の方で救急車やパトカーが止まっていたりして、ザワザワしていた。
何か事件でもあったのかニュースをスマホで調べてみたら、原因不明の麻痺?浅草で15人搬送と記事が出ていた。
メトロが止まったりしていて大変そうだ。
僕は出歩くのはやめて引き返した。
「ただいまー」
「おかえり餅太郎。さっそくだがお前に使命を与える。」
パッパが玄関で待ち構えていて宣言する。
「えー、またせんべいマン?」
休みの日、早朝からの手伝いで疲れていた僕はパッパに文句を言うことにした。
「前から聞こうと思ってたんだけど、なんで小学生の僕がせんべいマンやらなきゃいけないの?」
「お前にはヒーロー願望というものはないのか?」
「僕は超能力があったら自分のために使いたいなぁ。苦手な体育の時とか寝坊して遅刻しそうな時だけでいいや。」
人助けをしないと戻れないっていうのはどう考えても不便だ。
「せんべいマンはそんな都合のいいものではないよ。人助けをするための力だ。」
「人助けしたら何かもらえるの?お小遣いとか…。」
「小遣いはやれんが、必殺技アイテムを授けるというのはどうだ?」
「必殺技!?」
僕は必殺技アイテムに惹かれて変身してしまった。
さっきの麻痺した人たちはどうやら菓子魔人の被害者らしい。
原因を調べてくるように言われて家を出た。
「するってえと、浅草寺の仲見世にでも行ってみるか…」
調べろといったって警察がやるようなことはできないし、パトロールして被害者が増えないようにするくらいだ。
もう閉堂しており人影もまばらな敷地内に、見覚えのある女の子がいた。
菊子ちゃんだ。なぜか縁石に頬杖をついて
座ったまま動かない。このままだとまた菓子魔人に襲われる可能性がある。
「おい、大丈夫か?」
目は開いていて、まばたきをゆっくり2回した。何かあったというサインに見えた。
どうやら彼女も菓子魔人に既にやられたらしい。
「?何か口に入れてんな…」
菊子ちゃんの頬が片方だけふくらんでいる。
年上の女の子の口に指を突っ込むのは緊張したが、指で歯をこじ開けた。
温かくて湿った舌と頬の裏の粘膜の感触にぞわぞわしながら、指がぺとつく硬い何かを探り当てた。
唾液の糸を引いて出てきたそれは、可愛らしいピンクと白の縞模様をした飴だった。
これがまひの原因か…毒でも入っているのだろうか?
一度持って帰ってパッパに見てもらおう。
僕はもっていたティッシュの、ツルツルの面に包んでポケットに入れた。
とりあえず救急車を呼んだ。
家は近いので親もすぐ来るらしいけど、一緒に座って迎えを待っていた。
変身がとけないか冷や冷やしたけど今日はまだみたいだ。
数分で菊子ちゃんのまひはとけて話せるようになって一安心だ。
「あの飴はどうした?」
「歩いてたら男の人にもらった…」
「知らない人からもらったものをためらいなく口にしたらダメだぞ。」
どら焼きの時も思ったけど、この子は警戒心がなさすぎる。
菊子ちゃんは赤面して涙ぐんだ。
「えっとね…お仕事終わって帰るときお腹すくの。我慢できなくて、つい。親もマネージャーさんも、お菓子は食べたら太るからダメって…」
大人たちは何を言ってるんだろう?こんなほっそいのに。
菊子ちゃんはパティシエアイドルだから、もっとふっくらしてもいいくらいだ。
どうりで、作ったお菓子を美味しそうに食べるシーンがあるわりに太らないと思ってた。
きっと全部は食べさせてもらえないんだろう。
彼女はいつも一口食べて、んーっとほっぺをおさえる。本当に美味しそうに目を細めて。
テレビで見たあの幸せそうな表情に僕はときめいたのだ。
(菊子ちゃんは人からもらったものを疑って捨てるような人じゃないんだ。
きっと飴を食べて美味しかっただろうに、それを裏切って体をまひさせるなんて、ゆるせない!)
僕は菓子魔人をこらしめる决意をした。
アイドルの口に指突っ込んで舐めてた飴を持ち帰るもちくん…w
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