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Task4 クラサスの診断を待て

 ようやくIntroと同じ時間にまで来ました。


 こんな時くらい、テレビは消すぜ。

 どうせこの後、大切な話が控えているだろう。


「それで、今回はどういったご用件なのかね、大先生」


「ああ。先に述べた通り、世界に綻びが発生している。発生源を特定し、これを撃破して欲しい」


「つまり殺せと」


「端的に言えばそうなる。あとは、サアヤ・ガリョージを診させてくれ」


「……だとよ、るきな」


「気安く呼ばないでよ」


 るきなは思い切り口元を歪めて、そっぽを向く。

 しばらくは根に持たれるんだろうが、それはそれで結構だ。

 こいつが“私に振らないでよ”だの“そっちで勝手に決めてよ”とは言わなかったのが、何よりもの収穫じゃないかね。

 俺に出来る事と言えば、両手を顔の近くで挙げて大袈裟に驚いてみせるくらいだ。


「うわは! 嫌われちまったぜ!」


「これで晴れてクラサスさんと仲間ですね。おめでとう」


「嬉しくて反吐が出るね。とんがり耳のお友達なんざナターリヤだけで充分だ」


「あいつをお友達認定するんだ……」


「ねえ、クラサスさん。ロナって人の魂も診てもらえませんか? 洗脳されてるらしいんで」


 俺とロナは顔を見合わせる。

 いやあ、こいつはヤバいぜ。

 せっかく俺が紗綾の代わりに大悪党を演じてやったっていうのに、茶番が台無しになる。

 紀絵も落ち着かない様子で辺りを見回してやがる。


「ああ、ロナの魂は会う度に診てきたが、加工した形跡は見られなかったよ。全て、当人の性格だ」


「安心したのと、納得したのと、よくすぐバレる嘘を貫き通せたなっていう呆れが……」


 まあ、そうなるだろうよ。

 それより何度も覗き見してやがったという事に驚くね。

 まさか長講釈は、それを誤魔化すためのカモフラージュだったのかね。

 流石に、それは穿ちすぎか。

 どうなんだい、クラサス大先生。


「……ゴホン。それで、ルキナ・ハヤクサ。サアヤの昏睡は、いつ頃からかね?」


「私がこの世界に来てからだから……多分、ゆうべからです。

 病院は……お金も保険証も無いから、どうすればいいのか解らなくて。正直、お手上げですよ」


「仕方のない話だ。君の対応は間違いではない。ここでの医学では植物状態としか思われないだろう」


 さぞかし心細かっただろうが、同情するのは俺の役目じゃない。

 俺は紀絵に目配せして、両手を握るジェスチャーをしてやった。

 紀絵は俺の意図に気付いたのか、るきなの手を握った。


「ふむ……」


 クラサスは紗綾に手をかざし、それからしばらく見つめた。

 傍から見りゃあ単に眺めているだけだが、あれがクラサス流の触診なんだろう。

 寺の坊さんとか神社の神主さんみたいなもんかね。

 そいつらが外科医なら、さしづめクラサスは内科医とかに違いない。


「これは、由々しき事態だ。結合状態にあった二つの魂を強制的に剥離させ、そのショックによる影響で休眠状態になっている。少なくとも、三週間は経過しているようだ」


「嘘……」


 るきなが口を両手で塞ぐ。

 あっちの世界からこっちの世界を、三週間かけてやってきたってか?

 こりゃまた、ややこしい話になりそうだ。


「一食も取ってないのに大丈夫なんですか……?」


「新陳代謝は、自身の身体だけ時間をループさせる事で対処しているようだ。

 サアヤ自身に後遺症は無いと思うが、しかし……剥離した片割れは……」


 そこでクラサスが、紀絵に目を向ける。

 紀絵も俺達と同じく、そこは理解していたらしい。


「やっぱり、私ですよね」


「そう、君だ。名前は……ノリエ・カガヤで間違いないかね」


「はい、そうです」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! 紀絵さんの魂が、紗綾と結合していた!?」


「「あっ……」」


 ロナと紀絵が同じ動きで口元に手を当てる。

 仲が良さそうで何よりだ。



「後で、詳しく聞かせてよね。紀絵さん」


「……うん」


 そしてクラサスは、黙りこくった二人の間に容赦なく割り込む。

 古傷を労る暇なんざ無いってか。

 仕事熱心なお医者さんだこと。


「君の魂を診させてもらう」


 再びの検診。

 その間、特にする事も無い。


「心的外傷後ストレス障害が魂にヒビ割れを発生させ、そこに付け入った何者かが、幾つかの仕掛けを施したようだ。

 歪に変形させられて、概念が汚染されている。記憶障害などの自覚は?」


「う~ん、特には……」


 考え込む紀絵は、顔を上げた。

 それは思い出したからじゃない。

 ……消した筈のテレビが、別の何かを垂れ流し始めたからだ。


『みんな! お願いがあるの!』


 流されたのは個人情報と、そいつの罪状とやら。

 電波ジャックの犯人であるこいつが言うには、何やら刑事罰に問われていない罪を犯したそうだ。

 どこまで真実だ?

 ワイドショーのコメンテーターを気取るなら、まずこいつは法律について勉強すべきだね。


『続いては、この人。続ヶ丘之義(つづがおか ゆきよし)。東京都世田谷区――』


「え、嘘……続ヶ丘さん?」


「知り合いかい」


「生前の勤め先の同僚です。シナリオとテキストはあの人が取りまとめてて」


 そりゃあ穏やかじゃない。

 そいつの罪が嘘か誠か、そいつとどういう関係だったか……どうであれ、昔の身内がやられりゃ誰だって複雑な気持ちになる。


『家庭ごみを近所のコンビニに捨てて、中に入っていたゴミが原因で異臭騒ぎ。

 これが原因で、コンビニでは万引き犯を捕まえ損ねたの。一度だけでなく、何度も。

 万引き犯は許せないけど、それに加担するような事をするのも立派な罪だよ。

 罪の重さを解らせてあげなきゃ! みんな、寝る時に祈るだけでいい。力を、貸して欲しいの』


 にわかにきな臭くなってきやがったぜ。

 いくらでもこじつけできる。


「家庭ごみを捨てる奴なんざ幾らでもいるし、どうやって見分けるつもりなのかね。

 映像が出ていないのは不自然だ。どうせ裁くなら、確たる証拠を突き付けてやりゃいいのさ」


 探偵ごっこをするなら、冤罪騒ぎは可能な限り避けるべきだぜ。

 結論を得るまでに、どれだけの目を使った?

 嘘つきはいなかったかい?


『違う、俺じゃない! やってない!』


 その後は追い掛け回して、ぶつかって、張り倒して、スタンガンの化物みたいな杖を使って、同じツラの魔法少女共によるリンチだ。


『あ! がっ! うぐ、げぅッ、ああ……あ、あ』


 こいつはひどい。

 カメラの中だけ18世紀に逆戻りだ。

 見ろよ、俺の周りの連中は揃って言葉も出ねえと来た。


「どうして……どうして……!? 嘘だ、あんなの」


 紀絵はえらい怯えようだが、見覚えがあるのかい。

 今この場で訊ける話じゃなさそうだが。


『オオオ、オオオオォォォッ!!』


 今度は、続ヶ丘だのという野郎が、ゴミの化け物になりやがった。

 これはまた、どういう手品だい。


「変身しましたね。怪物が擬態してた様子には見えませんけど」


「おそらく、彼も概念を汚染された」


 パチンッ。

 俺は指を鳴らして、クラサスを指差す。

 同意って意味だ。

 だがここでるきなが腹に据えかねたのか、立ち上がる。


「何を呑気にやってるの!? 助けに行かないの!?」


「間に合うと思うのかい」


「それは……」


「ここからそいつの住所まで一時間は掛かる。諦めな」


「……くそっ!」


 まあ、見ていて気分のいいもんじゃない。

 さっさと終わりにして欲しいね。

 紀絵の奴は、もう限界だ。


「ロナ、紀絵をトイレに」


「オーケー」


 よたよたと歩く様子が痛ましい。




 ―― ―― ――




 紀絵は、ロナに支えられて戻ってきた。

 クソッタレなライブ中継は、もう終わっていた。


「少しは落ち着いたかい」


「すみません、取り乱しました……あの魔法少女、私が中学生の頃にデザインしたんです」


「思い出を悪用するクソ野郎がいるって事か」


 そこにクラサスが、思い当たるフシがあるのか頷いた。


「ああ、間違いない。あの魔法少女がノリエ・カガヤのデザインしたものであれば、あれは君の魂を起点として動いている筈だ」


「――ッ!! そんな……」


 お節介焼きの誰かさんが善意のもとに、悪党退治のマスコットに使ったってか。

 正義ヅラしてリンチしている奴が、そんな手口とはね。

 冗談キツいぜ。


「私の魂を消せば、あれは消えますか?」


「おそらく、君が消えた所で、別の魂をバイパスに使うだけだろう。根本的な解決には、真犯人を割り出す必要がある」


「紀絵。お前さんに電話をかけた奴が、その真犯人である可能性は?」


「有り得ます。あの子と、同じ声、だったから……」


「俺は確実にあれを叩き潰すだろう。きっと、もっと酷い物を目の当たりにするが、いいかい」


「……やっちゃって下さい。今はまだ覚悟ができたわけじゃないですけど……それと、頼み事が一つ。耳打ちで」


 紀絵は消え入りそうな声で、俺に頼み事をした。

 俺は、紀絵の背中を撫でながら頷いた。

 まったく、当日が楽しみだぜ。




 紀絵の願い事は、Task8くらいに明らかになります。

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