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Task3 いい子で留守番していたロナに褒美をくれてやれ

 例の彼が再びやってきます。

 カギカッコ内が三行以上で堅苦しい口調だったらほぼ彼の台詞なので、そこだけ読み飛ばしても大丈夫です。


「夏祭りですか。帰ってくるなり、いきなり何を言い出すかと思ったら……バカンスはこの前楽しんできたばかりじゃないですか。また人混みかよ、クソが」


 不満たらたらなロナはシャワー上がりだからか、下着姿に真新しいシャツを羽織っただけの格好だ。


「そういう問題!? 元の世界から飛ばされてきてる人がいるのに、何考えてるのッ!?」


 るきなに至ってはベッドに縛り付けられながら、テレビの音量も吹っ飛ぶ程の声で喚き散らす。

 真夜中だからって、そういうプレイは良くないぜ。

 俺は紀絵を親指で指し示す。


「紀絵に非通知で電話した奴が、そう指示したんだとよ。つまり夏祭りに行けば、良かれ悪かれコマは送られるって事さ」


「だってさ、レジェンドちゃん」


「うう……」


 顔を逸らしたるきなを、紀絵は眺める。

 確かに、どうしてベッドに縛ってあるのか気になるだろうよ。

 どうせオチは読めているがね。


「ところでさ、ロナちゃん。どうしてこうなった?」


「こいつがトイレを偽って脱走しようとしたんで、取っ捕まえてやりました」


「く……!」


 目を離した隙を狙って脱走を企てるってシナリオだろう。

 悪くはないプランだったが、詰めが甘かったな。

 何せ今のお前さんには魔法が無い。


「あたし頑張ったんですよ。褒めて下さい」


 それはそうとして、我が優秀にして親愛なる共犯者ロナにご褒美をくれてやるか。

 さっきから物欲しそうなツラで見てやがる。


「これで許してくれるかい」


 ロナの前髪をめくって、額に口付けを一つ。

 すると、俺の左右の頬が何かに挟まれた。

 ……奴の両手だ。


「おいおい、首の骨は折ってくれるな――」


 ぐいっと寄せられて唇と唇がぶつかり合う。

 前歯の裏側を舐め取られ、しばらく舌が絡まった。

 奴の裏拳に胸を押され、互いの唇が離れた。


「……うん、許す」


「真夜中とはいえ……まったく、誰に似たのかね」


「さぁね! てめぇのイチモツとスキンシップしながら訊いてみなァ~」


 おいおい、左手で俺のデリケートゾーンを下から上に撫でるんじゃない。

 舌なめずりしながら上目遣いに……この悪い子ちゃんめ。

 みんな見てるぜ。


「わ、わぁ~、ロナちゃん、大胆……」


「いやいやいや! そういうのは二人きりの時にやってよッ!!」


 紀絵はもじもじしているし、るきなに至っては耳まで真っ赤にしてそっぽ向いてやがる。

 ロナはそいつらを見ながら、右手でサムズアップをしやがった。

 心なしか、得意げなツラだ。


「縛られながら目の前でラブシーン繰り広げられる気分はどうです?」


「チッ……」


 ネタを振られたるきなは舌打ち、そして沈黙だ。

 こりゃあ相当キツいって事だぜ、可哀想に!


「つまり炎天下に放置したラムネを飲まされた気分かね」


「……まあ、そんなとこ」


「死ぬほど気持ち悪い、と。スーさん、こいつを望み通り楽にしてあげましょうか」


「泳がせておけよ。どうせ警察に相談しても、まともに取り合ってもらうどころか、住所不定の天涯孤独扱いだ。

 良くて施設送りだぜ。いる筈もない親をしばらく探された後にね。

 まかり間違って解体されて海に捨てられても、捜索願すら出やしねぇぜ」


 百の事象のうち、想像できるのはその半分にも満たない。

 そういうふうに出来ているのさ、魔法(・・)を知らない地球人っていうのは。


「じゃあ、そういう事なんで。紗綾さんと紀絵さんとるきなさんは仲の良い親戚友人とかそんな感じで。

 あたしとスーさんは海外から来日した友達って事でいいでしょう」


「そうと決まりゃ買い物の計画を立てるかね。紀絵、るきなを自由にしてやってくれるかい」


「わかりました」


 この近くなら夏祭りの会場もすぐ行ける上に、百貨店の隣だから買い物にも困らない。

 だが、そうそう必要になる事もあるまい。

 ロナが人混みを嫌がるから、最小限で済まそうって寸法さ。


 必要な物はもっと別にある。



 浴衣は通販でいい。

 この場ですぐに用意できるから、百貨店の営業時間外でも大丈夫だ。

 指輪からメニューの通販機能を呼び出して……さて、ロナに訊いてみるかね。


「お前さん、どれがいい」


「えっと、この黒に赤い格子模様の奴。え、買うんですか」


「そうとも。お代は結構だが、着付けは紀絵に任せる」


「スーさんは、流石にできませんか」


「女同士の語らいに割り込むのかい。そいつは無粋ってもんだろう」


「スーさんなりの気遣いって事にしときますよ。どうもありがとう」


 さて残りは紀絵、紗綾、るきなの分か。

 メニューは他人からも見えるが、手元から離れないのが不便だね。

 選ばせている間にテレビでも観ていようか。

 などと考えていたら、るきながご機嫌斜めといったツラで俺達を睨む。


「……あんた達、なんでそんなに冷静でいられるの? この世界に何が潜んでいるかも解らないのに」


「だが焦ってもお前さんは魔法が使えない以上、戦力的に言えばそこいらの一般人と何も変わらない。

 妖怪退治は俺とロナの手柄って事さ。よかったな、ついに念願叶って普通の人生を満喫できるぜ」


 俺の気休めは、お気に召さないらしい。

 るきなは溜め息混じりに、物憂げに首を振った。


「これのどこが普通の人生なのか、専門家の話を聞いてみたいよ」


「人生に専門家が必要かね。右向け右で世界平和が成就すりゃあ、裁判所なんざ歴史の教科書だけの出来事さ」


「確かに。あんまりそういう話をすると、そろそろあの妖怪長耳長講釈が」


「ああ。忘れた頃にやってくるだろうよ。クラサスの野郎は、世界平和に最も近い素質を持っている」


「ハッ。みんな揃って寝落ちすれば争い事は無くなりますからね」


 その通り。

 睡眠はあらゆる事物において最高の平和と定義すべきなのさ。

 ただし悪夢を見ないという前提の上で、だがね。

 つまり眠れない俺に平和は無い。


「先生、今話してるのって、例の転生専門家ですか?」


「そんな所さ。どんな大豪邸でも壁が朽ちれば虫が住む。つまり……」


「そろそろ来てもおかしくない」


 ロナは頭を抱えて苦笑いを浮かべる。

 その時だった。

 ホテルの部屋のドアが開いたのは。


「私とて、あまり邪険にされては些か傷つくな。こう見えて繊細なのだが」


「うわ! 出た!? マジ!?」


「ああ。ごきげんよう、私だ」


 ロナが今すぐ口から亡者の行進を始めそうなツラをしている。

 しかもホテルの従業員の格好しやがって、さり気なく溶け込むとは大した芸当だぜ。

 耳のトンガリはどう説明を付けやがった?


「世界の境界線に綻びが見えた。グランロイスを起点として、幾つかの世界に不正なリンクが発生しているようだ。

 転生が正しく機能しないリスクが65.377%、従来に比べて48.952%も上昇している。

 これは到底、看過できる問題ではない。しかるに、各世界のビヨンドに対して特例的にフリーパスを発行し、早急な事態解決を――」


「――ねえ、あんた誰?」


 おい、るきな。

 やめようぜ、その質問は。

 どうせ長くなる。


「ああ、失敬。私はクラサス・リヴェンメルロン。このカラスは私の親友で、名前をイヴァーコルと言う。

 私達の出身は“旧き二番目の大森林”であり、かつてはブルズウェンディ……君達でいう所の黒エルフ達の追いやられた最後の楽園だった」


 ほら言わんこっちゃない!

 こいつに質問するのは、五歳児の坊やにアフリカゾウの挽き肉を作らせるようなもんだぜ。


「しかし白エルフや人間族による迫害によって伐採が進み――」


「――あー解った。その話はまた日を改めて、ポケットティッシュに収まるくらいの文量で頼む」


「ふむ……そうか」


 今度からその口を開く前にストップウォッチのアラームを付けやがれ。

 20秒で鳴るようにね。


 見ろよ、どいつもこいつも口が空いたままボーっとしてやがるぜ。

 今この場で平然としているのは俺と、働き者だがリモコン無しには空気が読めないテレビだけだ。


「ところでスーさん。クラサス大先生とステイン教授、それにオーギュストの三人が集まったらどうなるんでしょうね」


「ああ、なんてこった! きっとゾンビの大量発生よりも恐ろしい事になるぜ。

 口を縫い合わせるための糸と針がいくつあっても足りやしねえ!」


「ごめん、私、ちょっと付いていけない」


「いいんですよ、るきなさん。あんたは、そのままでいて下さい」


「あ、うん……」


 興味があるならいつでもクラサスに言ってやれ。

 喜んで授業に呼んでくれるだろうよ。




 やさぐれチビっ子による顎クイからの濃厚ディープキスですが、このチビっ子は成人済みなのでセーフです。

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