Task1 依頼主を探せ
ごきげんよう、俺だ。
今回も魔法少女の臥龍寺紗綾から、直々にご指名。
ただ、気掛かりなのはこの前と違う世界って事かね。
前回が町名。
今回は“地球”と銘打たれている。
煩わしい形式番号はもちろん、見覚えがない。
隣を歩くロナの服装は、OL風のスーツだ。
タイトスカートもよく似合う。
俺も前世以来のスーツ姿。
会社帰りにしちゃあ、二人揃って顔立ちが日本人らしくない。
それにしても、月が綺麗だね。
あと数日もすりゃあ完璧な満月が拝める。
ここが住宅街じゃなけりゃ、もう少し風情のある絵面だったろう。
「……えっと、管理番号28375、通称“アナザー・アース6535”……あたしの故郷とも、スーさんの故郷とも違いますね。
もしかして、紗綾さんの前世ですかね。この世界は」
知ったこっちゃないが、相変わらず長ったらしい名前だぜ。
どうせ一度行ったきり、俺達は忘れ去る。
それよりも、理由だ。
死人は元の世界に転生しないルールの筈だが。
「ロナ、考えられるいきさつは?」
「うーん……仮説なんですが、何者かがこの世界に紗綾さんを呼び出した、とか?」
「或いは勝手にあのお嬢様が飛んだか」
「まさか。あたし達ビヨンドじゃあるまいし」
「何でもありのご時世だ。当てずっぽうも名推理への近道さ」
「だといいんですけどね。ていうか、あの依頼内容はなんなんです?
ただ“最凶の悪役が欲しい”って一文だけで、肝心の情報が何一つ無い」
「御大層な事情がおありなのさ。俺達下賤の者共にゃあ到底考えの及ばない、崇高で高尚な理由がね。
といっても、中身は俺達と同じ善良な市民だ」
「おえっ……どこをどう贔屓目に見ても、あたし達のような連中が善良な市民とは思えないんですけど」
「その善良な市民がちょび髭の糞オヤジを当選させて大変な事になった歴史もあるんだぜ。
どいつもこいつも、他人事にしやがって。まったく、嘆かわしいったらないね」
それにしてもどこにいやがるのかね、あのお嬢様は。
俺達ビヨンドはたいてい、依頼主の目の前か近く、それもなるべく依頼主以外の目につかない所に召喚される。
だから、そろそろご対面の筈だぜ。
住宅街を抜けて公園へ。
トイレから出て来たガキは、高校生くらいの見た目をしてやがった。
そしてそのツラは、このあいだ拝んだばっかりだ。
よく似た別人という線は――、
「あんた、あの時の……!」
奴の、その一言で消えちまう。
「そうつれないツラをしないでくれよ、早草るきな。お前さん、紗綾を見なかったかい」
「さあ? 見てないけど」
しらばっくれるなよ。
素人なら騙されて「ハイそうですか他をあたります」だろうが、俺には通じないぜ。
「そいつが俺に依頼を出したって言っても、だんまりぶっこくつもりかね」
「嘘だ……ありえない。この世界に飛ばされてきて、私、ずっと見てきたけど、どうやって?」
しらばっくれるかと思えば、急にうろたえやがって。
隠し事の半分くらいは今ので吐き出しちまったに違いない。
「何があったのか教えて貰おう」
「そゆこと。ほら、言えよ」
ロナがるきなの耳元で囁くと、
「あんた、いつかの操り人形じゃ……」
るきなは顔色を変えた。
オー、最高だぜ!
俺が人間を改造して作り上げた操り人形という体で話を通した弊害が、こんな所に!
『あー、ありましたね、そんな設定も』
ロナからの念話が飛ぶ。
その声音は心なしか、げんなりといった風だ。
『スペアって事にしとけ』
「クローンと言えば理解してもらえますかね。前任者に代わって、今はあたしが副官を」
「どこまでゲスなの……あんたは!」
俺は、るきなに胸ぐらを掴まれちまった。
オヤジ狩りなんて言葉が、随分と久しぶりに頭をよぎる。
ロナはといえば、面白いくらい取り乱してやがる。
『やっばい、とちった』
『このお嬢さんの場合、火に注ぐのが灯油かガソリンかの違いでしかない』
どうせ変わらん。
何を言っても怒るだろう。
気持ちは解るよ。
お前さんの力を奪って男の支配する正しい世界を作る、なんて大ボラを真に受けたら、そりゃあ穏便ってわけには行かないさ。
「あんた達に教えるわけにはいかない! 紗綾は、私が守る!」
「とか抜かしながら、何をぼさっとしてやがる」
奴が胸ぐらを掴んでくる手を、俺は握り返してやった。
「俺が杖を奪ってなきゃ、使えたのかね。魔法を」
「ち、違う……!」
おや、違うのかい。
どちらにせよ、辛いだろうさ。
まさか引退したかと思ったら見知らぬ世界に飛ばされて、もう一度この俺様という脅威が現れるとは!
手を振りほどかれ、奴は踵を返す。
「とんずらこいても無駄だぜ」
俺はどうだ、魔法は使えるのかね。
それ、パチンッ。
……なるほど、魔法が使えないのはるきなだけか。
俺はしっかり呼び出せる。
るきなの目の前に、煙の壁を。
「嘘でしょ……!?」
「観念しな。もっとも、俺は力を失ったお前さんなんざ知った事じゃない。
そっち方面での利用価値が無けりゃ、情報源として使えばいいだけさ。たっぷりインタビューしてやるから覚悟しやがれ」
「こんな所で……元の世界に戻る方法も判らないのに!」
「まあまあ落ち着きましょうよ、敵の敵は味方って言葉も――あっ、痛っ、噛むなよこのクソビッチ!」
取り押さえようとするロナの腕を、るきながかじる。
傍から見りゃ完全に誘拐の現場だぜ。
ポリ公が深夜の巡回をしていないのが、せめてもの救いって奴さ。
もっとも、別の新手がやってきたみたいだがね。
黒いロングヘアを真ん中で分けて、メガネを掛けた女。
ヨレヨレのTシャツと膝丈のデニム、それから茶色のサンダル。
まるで近所のコンビニに出掛けるにしてもスウェットじゃあ格好が付かないなどと臆したような格好だ。
「るきなちゃん、こっちに来てたんだ……。それに、スー先生とロナちゃんまで」
「は? 誰です? あんたとは初対面だと思いますが」
ロナ、気付けよ。
魂の色に見覚えが無いのかい。
メガネちゃんがたいそうショックのご様子だ。
「いや、待ちな。もしかすると、ひょっとするかもだぜ」
「何です、それ。意味がわからない……」
察しが悪いねえ。
お前さんが言う所の“クソポエム”は殆ど完璧に翻訳してみせるのに。
他人となると、途端にこれだ。
「おい。俺が誰だか解るのかい、お嬢様」
「……良かった、人違いじゃなかった。ああ、そっか。私、この姿だからか」
依頼がどうとかって訊いてみるのは、後回しだ。
何か嫌な予感がする。
『あの、スーさん。マズいことになりませんか、これ』
『俺達の茶番がバレるって? 任せろよ。女の嘘に便乗すりゃあ何も怖くない』
『探偵に覗き見されない事を祈っときますよ』
「……俺の知る限りじゃあ、お前さんはくたばっていた筈だがね。誰かさんが禁断の死霊術にでも手を出したのかい」
「たとえば私の親ですか? いや、そりゃ無いか。十年以上前に死んでるし」
あっけらかんとしやがって。
お前さんも、一度くたばって吹っ切れちまったクチかい。
「それより今ホテル借りてるんですけど、来ませんか? フロントで人数変更を申し出れば多分大丈夫。るきなちゃんも、どう?」
るきなはもちろん、初対面だ。
警戒するのも、そりゃあ道理ってもんだろうよ。
「お姉さん、誰ですか? こっちは名乗ってないし、それに、この人達と知り合いって事は……」
「私は加賀屋紀絵……えっとね、君の……ファン」
遠慮がち、というより尻切れトンボに放たれた小さな声。
おそらくだが、るきながゲームの世界にいる……とは思わせたくないって配慮だろう。
それに、あの時の茶番がバレれば亀裂が入る。
「ファン? どういう事?」
「……遠く離れた世界で生きる君を、私は知ってるよ」
紀絵は悲しげに笑いかける。
いつまで保つ?
時間の問題じゃないかね。
ちなみに紀絵がるきなに対してファン的な感情を抱いているのは、嘘偽りのない事実です。