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Result 09 浜辺に臥せる者

 オーギュストは犠牲になったのだ……


「「「キャー! 黄色いナイト様~っ!」」」


 夕日に照らされた浜辺にて。

 美女達はその豊満な胸を揺らし、彼女達にとっての“英雄”へと駆け寄る。

 砂にまみれたローブ姿の男を何人かが踏んでいったが、知った事ではない。


「ぐえっ! 痛ッ、あ、やめ――ぐっふぅ!」


 そう、知った事ではないのだ。

 そのような怪しい風体の男がいた事すら、彼女らは認識していないのだから。


 それよりも英雄、スーだ。

 陰鬱なウェットスーツのガスマスク女は、確かにそう呼んでいた。

 スーに恩返しのハグとキスをしたい。

 引き締まった肉体……特に、あの綺麗に割れたシックスパックの腹筋。

 少しだけ日焼けした肌。


 ――ああ、彼はなんてセクシーな男なのかしら!


 だが、抱きつこうとした瞬間、英雄は消え去った。


「あれ? 消えちゃったわ?」


「どうしたのかしら?」


 新手のイリュージョンか。

 いや、もしかして魔法を使えるのか。

 彼女らの中で様々な憶測が飛び交う。


 ……と、そこへ。


「それはね、えっと、あのナイト様はダーティ・スーっていう名前で、ボクのご主人様なんだけど」


 手を後ろに組みながら、一人の少女がやってくる。

 先ほど皆の前で日焼け止めを買いに行った少女だった。


「ご主人様は仕事が終わると、さっさとお家に帰っちゃうんだ。でも、キミ達が応援してくれるなら、きっとまた来てくれるよ」


「そうなの!?」


 彼女の説明に、地球からの漂流者達はにわかに色めき立つ。

 自分達を救ってくれたナイスガイと、また会える。


「ボクが一緒なら、その可能性が高くなる。だからボク達と、お友達にならない?」


「なるなる! なんか面白そうだし!」


「ふふ……じゃあ、迎えの馬車へ。着替えも回収してあるし、密閉型だから中で着替えてもいいよ」


 促されるままに馬車へと駆け込む彼女らは、気付いていないのだ。

 この少女が魅了の魔眼を用いた事に。

 だが夏の陽気に浮かれ、見慣れぬ異世界に戸惑う彼女らでは無理からぬ事だろう。


「おい!」


 だがそれを呼び止める者がいた。

 犬人のドリィだった。


「……どうしたの? 負け犬」


「あの子達をたぶらかして、何をするつもりだ!」


「だって、キミ達は弱すぎる。かわいい女の子を守れないなら、勇者様を名乗る資格なんて無い」


「私のご主人を馬鹿にしたな!? ご主人は頑張ったんだ! 必死に頑張って、出来ることを精一杯やったんだぞ!」


「頑張ったから、何? それで駄目でした~じゃ、お話にならないよね?

 身の程を弁えなよ。じゃなきゃ、後悔する事になるよ」


「……お前の匂いは覚えたぞ。このドリィが覚えた!」


「ふぅん。名乗るなんて、律儀だね」


「お前も名乗れ!」


「ボク? わかったよ。ボクは、サイアン……」


 薄紅色の髪を揺らし、少女は満面の笑みを浮かべる。


「――サイアン・ロッテンリリィ。自称“風の解放者”」


 しかしその笑みはすぐさま、神妙な表情へと変わる。

 蔑むような、或いは羨み妬むような……。


「いずれまた、決着をつけよう。ボクのご主人様こそが最強で、最高なんだって、証明してあげるよ! あはっ、あっははははは!」


 背中からコウモリの翼を生やし、哄笑を響かせてサイアンは飛び去る。

 ドリィは何度かジャンプしながら追いすがる。


「この! 待てよ! 飛ぶなんて卑怯だ!」


「ドリィ。深追い厳禁だ」


 途中で肩に手を置かれ、ドリィは振り向く。

 フレンが力なく首を振った。


「けど、半分くらいいなくなっちゃったよ! 元の世界から来た人達!」


 ドリィの反論に、フレンは溜め息混じりに応じる。


「ギーラから聞いた話によるとね、彼女らは元々、あまり仲が良くなかったみたいなんだ」


 元より派閥が二つに分かれており、その関係でダンスのレッスンにも支障をきたしていたという。

 この世界にやってくる直前の遠征も、いさかいの塁が地元のフットボールチームにまで及び、もはや空中分解寸前だった。

 ビーチバレーを楽しんでいた時には影も形もなかったのだから、恐ろしい話である。

 フレンも、ドリィも、直に話を聞いたギーラも、胸の内にもやもやを抱える事になった。


「そんなの、おかしい……仲良くしようよ!」


「……俺も、こんな形で終わらせたくない。必ず決着をつけよう」


 そう、必ず。

 まずはサイアンの行方を追う事から始めねば。

 フレンは近くの村まで皆を連れた後、計画を立てる事にした。




 ―― ―― ――




 それから暫しの後、月光に照らされた浜辺にて。

 砂浜に埋もれていたオーギュストは、その背中に付けられた足跡も風化しつつあった。


「ぷはっ! ふぃ~どっこいしょぉお」


 魚めいた顔を上げ、万歳のポーズで立ち上がる。

 それから少しして、彼は地団駄を踏んだ。


「……ええい、どいつもこいつも俺を足蹴にしやがって!

 な・め・ん・な・よ! 俺はルルイエより叡智を授かりし深淵の賢者、オーギュスト様なんだぞ、くっそぉおッ!!」


 海沿いの街(もちろん、ルルイエではない)に生まれた彼は、郷土愛が人一倍強かった。

 故郷の素晴らしさを広めたいと、両親の反対を振りきって宣教の旅に出た。

 その結果がこれだ。

 飛行機はドラゴンなどという異教徒が崇拝しそうな半端者に襲撃され、そして今度は異世界へと流れ着いた。


 何かがきっかけで“水棲生物を呼び寄せるだけ(・・)”という能力を手に入れたが……十全に機能したとは到底、言えたものではなかった。

 能力に目を付けた髭の長耳族にスカウトされ、訓練はしっかり行なった筈なのだが。


 要注意人物にリストアップされていた冒険者の二人組が戦ったのは、まだ理解できよう。

 だが、あのどう見てもハスターでしかない狂った男が面白半分に殲滅してくれたのには、もはや開いたエラが塞がらなかった。


「はぁ……虚しい。それっぽいのはこの魚じみた顔だけじゃないか」


「あら、お悩みのようね?」


「ふおわああ!? 今度は何だ!?」


 背後から掛かる声に驚いて振り向けば、そこには怜悧な眼差しを向けて微笑むピンクブロンドの美女がいた。

 もちろん、オーギュストの極限までにねじくれた感覚からすれば、以下のように表現される。

 ――“おおよその陸住まいの男共が惚れるような容姿をエサに、すっぱいブドウとして振る舞う事を面白がるようないけ好かない女”と。


「私はジルゼガット。貴方の力、使わせてもらうわ」


「ハイドラ様じゃないからなあ……」


 オーギュストにとって、クトゥルフに連なる神々は絶対だ。

 溢れんばかりの信仰の対象であり、そして親愛なる家族でもある。

 目の前のジルゼガットと名乗る女性は、どう控えめに表現してもそれらとは程遠い。


「じゃあニャルラトホテプだって言ったら信じてくれるのかしら」


「……」


 呆れて泡も吹けない。

 だが、次の瞬間には、オーギュストは本能的恐怖に晒される。


「地球でブイブイ言わせているからって、それが他の世界にも通用するとでも思ってるのかしら?」


 口の中に手を入れられた。

 的確に前歯だけを摘む技量。

 そして二本指だけしか使っていない筈なのに、上顎はびくともしない。


「信仰の自由は認めるけど、私はお願いしたんじゃないの。命令よ」


「ひ、ひい!?」


 前歯を一本引き抜かれ、オーギュストはそのまま張り倒された。

 なけなしの正気が警鐘を鳴らしている。

 逆らえば、いずれは魂の故郷にも魔手が及ぶかもしれない。


「さっさと支度なさい。相応のポストと、更なる力は用意するわ」


 自分が持っている力を分け与えるなら、別に必要ないのでは……。

 そのような事をオーギュストは口にしようか一瞬の逡巡を見せた。


 だが、すぐに呑み込んだ。

 何故ならジルゼガットの笑みは、どこか海底火山めいた暗い情熱を感じさせるものだったからだ。

 オーギュストは直感的に、自身と同じ物を彼女の魂に見出した。


 ――深淵だ。


 もしかしたら崇拝するクトゥルフと出会えるかもしれない。

 いつかその期待を裏切られたとしても、オーギュストは恨まない。

 そんな逡巡をする暇すら、彼には無かったのだから。




 ―― 次回予告 ――




「ごきげんよう、俺だ。

 臥龍寺紗綾から、再びの依頼。


 だが、この前の世界とはどうやら違うようだ。

 その上、お嬢様は眠り姫になっちまいやがった。

 一緒に飛んできたらしいレジェンドガールも、今回はただのガキだ。

 魔法が使えないなら仕方ない。


 おまけに、あの名も知らぬ魔法少女はとびきりイカれてると来た。

 こいつは痛みを知っているのか。

 それとも知らずにやっているのか。

 ちょいとカマかけてみようじゃないか。


 次回――

 MISSION10: 善悪の彼岸より憎しみを込めて


 さて、お次も眠れない夜になりそうだぜ」




 ここまでご愛読いただき、誠にありがとうございます。

 引き続き、感想、ご指摘、ご意見などありましたらお気軽にどうぞ。


 次回MISSION10は、もう少し日を置いて投稿予定です。

 では、よろしくお願い申し上げます。

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