Intro 浜辺を眺む者
夏だ!
水着だ!
ディープワンだ!
今回よりMISSION09です。
ご笑覧いただければ幸いです。
「ドリィ! 行くぞ!」
「あいわかった、ご主人!」
白い砂浜、青い海。
晴れ渡った空には点々と白い雲が浮かび、そしてまばゆく輝く太陽が、人々の笑顔を照らしている。
このサンタ・バルシアのビーチは、夏を謳歌する人々で溢れかえっていた。
ビーチバレーをしている人間のフレンと犬人のドリィも、彼らに同じく楽しんでいる。
対戦相手は旅客機ごとこの世界に転移してきたという、アメリカの高校生だ。
およそ十名程度からなるチアリーダーの一団らしく、とある国へ飛行機で向かう途中、ドラゴンに襲われたという。
元の世界であれば架空の生物の代表格とも言えるドラゴン。
命に関わる事でなければ興奮できたかもしれないが、旅客機はそれに墜落させられたのだ。
もちろん、恐怖のあまり心を閉ざした者もいる。
フレンはそんな彼女達を安心させてあげたいという一心から、付近のビーチでレクリエーションを企画したのだ。
決して、うら若き美女(とは言えフレンの前世と歳はあまり変わらないが)の水着姿を合法的に拝みたいなどという下心ではない。
実際、金だけ出して自分は裏方に徹していようというのがフレンの計画だった。
……ところがである。
フレンの幼少期、遡れば前世より付き合いのあった犬人の娘、ドリィ。
カイエナンにて告白を受けたハーフドワーフの娘、ギーラ。
その両名より熱烈なアプローチを皆の前で受け、なし崩し的に彼自身も参加するはめになった。
やるからには全力で。
フレンの眼差しは真剣そのもので、ボールの軌道はいささか人間の扱える限界を超えていた。
「フレンさん、本気出しすぎ~!」
「あ、あはは……ごめん」
「そうだぞ、ご主人! 接待は紳士の嗜み! 故郷で近所のお兄さんも言っていただろ!」
「そんな昔のことよく覚えてるね、ドリィは」
「当然! 私はご主人のソウルメイドだからな!」
「あのぅ……ソウルメイトでは?」
胸を張るドリィに、学生がおずおずと手を挙げる。
彼女にとってしてみれば、ドリィはなんとも放っておけない、不勉強な側面が見受けられた。
あまり刺激するのもどうかと思って控えめに発言してみたが、ドリィは殆ど気にしていないようだった。
「そうともいう!」
ビシィとその学生を指さしながら、豪放磊落に笑ってみせる。
フレンはこの何度目か思い出せない程の単語間違いとその訂正のやり取りに、眉間を揉んだ。
「ギーラ……あの子が間違えた回数覚えてる?」
「いやあ、ごめん、覚えてない」
苦笑いするギーラ。
とはいえ、こんな事は日常茶飯事である。
それにドリィの凄い所は些細な単語間違いなど物ともしない、エピソード記憶に特化した記憶力だ。
何気なく誰かが放った一言を、一言一句間違えずに覚えている。
単語力など周りで補ってやれば良いのである。
と、そこへ、鈴の鳴るようなソプラノボイスが響き渡る。
「日焼け止め、日焼け止めのオイルはいかがですか~! 今なら無料サンプル配布中ですよ!」
フレン達はもちろん、この世界へ迷い込んできた学生達もその異彩を放つ存在に目を向けた。
トロピカルな柄のワンピースに身を包み、麦わら帽子を被った女性。
それだけならば、まあ地元のお土産屋さんという事で片が付く。
だが、両手に持った小瓶は?
そう、日焼け止めだ。
日焼け止めなどという代物は、この世界には存在しない。
少なくとも、フレンは見たことが無かった。
高名な錬金術士、それも地球から転生してきたかそういった境遇の者から知識を得たか。
とにかくそのような条件でも無ければ、もしかしたら生まれないかもしれないアイテムだ。
もちろん、この世界で考え付く者もいるだろう。
だが……今回の場合は入れ知恵だ。
それも、淫らな者へと憑依、魂のいびつな融合を遂げた、一人の少女によって。
「買う! 買う! ボクも日焼け止め欲しい!」
服を着ていれば、きっと年端も行かぬ少年と見紛う事だろう。
その慎ましやかでスレンダーな身体を躍らせ、少女は商人の女性へと駆け寄る。
先刻までビーチバレーを鑑賞していたチアリーダー達も、そこに続いて行列を作った。
―― ―― ――
そして、それを遥500メートル程の距離……遊びに適さぬ岩礁地帯より双眼鏡で眺めるローブ姿の者がいた。
わななかせた両手は今にも双眼鏡を粉砕しかねない程に力んでいる。
「ええい、リア充共め……ふざけおって! 海と言えば旧き神々の領域……!
あんな破廉恥なピチピチギャル共がイチャイチャするような場所ではない……」
ぶつぶつと呪詛を唱え続け、血走った両目を見開く。
「おお、神よ! 我らがダゴンよ、ハイドラよ!
神域を侵す愚者共に、全智を覆す程の神罰を……いあ! いあ! だごん! ふたぐん! いあ!」
背後で岩場に波が打つ。
はたから見ればその様相はまさしく邪教徒のそれであり、ここが軍神教の勢力圏であったなら、たちどころに捕らえられ異端審問に掛けられていただろう。
そんな彼の肩に手が置かれる。
「ごきげんよう、俺だ」
「いあ――ひあああああ!?」
その感触と声音に、すわついに異端審問官がやってきたかと、ローブの男が飛び上がる。
彼自身は決して認めたくは無かったが、少しだけ下着の腰巻きを濡らしてしまっていた。
つまり軽い失禁だ。
「ここはダンウィッチでもなけりゃインスマスでもない。儀式なら他所でやんな」
彼が魚のような顔を青ざめさせて振り向けば、そこには黄色いコートの男が立っていた。
謎めいた雰囲気、禍々しい気配。
それは、かの呪われた書物に記されていた“黄衣の王”そのものだった。