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Result 01 初仕事を終えて


「はい、ご苦労様」


 魔道具の密輸商人ボンセム・マティガンは合流地点へ、当初の予定より三日も遅れて到着した。


 にもかかわらず、今回の取引相手である女性……ジルゼガット・ニノ・ゲナハと名乗る妖艶な美女は、まるで何事もなかったかのように待ち構えていた。

 ボンセムが荷物を下ろすなり、ジルゼガットは配下の黒服達に指示を出し、素早く荷捌きをさせる。


「幾つか足りないようだけど、無事に届けてくれたからよしとするわ。そうね、報酬は半額で許してあげる」


「そいつはありがたいです。半額でも、生活には困らねェ」


 とはいえ、ボンセムは舌打ちしたい気持ちを精一杯にこらえていた。

 まともなコネさえあれば、途中で逃げ出す腰抜けの山賊どもを護衛にして、金をドブに捨てる事も無かった。

 挙句、魔道具をあのダーティ・スーにちょろまかされる事だって無かった。

 馬車を商売道具ごと爆破する事だって。


 今回は結局、ギリギリで黒字になったという程度だ。

 苦労に見合った対価を得られたかと訊かれれば、ボンセムは即座に首を横に振るだろう。


「それにしても、すごいじゃない」


 ジルゼガットの興味は、そんなボンセムの苦労話などではなかった。


「追手のほうの依頼主は、あのガスタロア自治区でしょ?」


「ええ、そうです」


 ガスタロア自治区。

 それは、里を追われたエルフ達による第二の故郷だ。

 往々にして荒くれ者ばかりが集い、悪鬼羅刹のごとく猛威を振るっている。

 あのガスタロア自治区の長が冒険者に依頼を出した理由を、ボンセムはなんとはなしに察していた。


 彼らは人間とのコネを欲しがっている。

 共和国の役人に恩を売れば、これまでの山賊まがいの行為を水に流してもらえるという算段だろう。

 集落がまるごと、共和国の用心棒として認められる。

 それを狙っているらしいというのが、ここ数ヶ月の情報収集によって得られた話だ。


「あれはなかなかにしつこくて、ウンザリしていたのよ。こっちのボスが、できることなら来ないで欲しいって言ってたわ。

 ガスタロアの射手は、里育ちの射手に比べて随分といやらしく狙ってくれるものだから」


 今回の追手である冒険者パーティに所属している、リツェリディエルという射手。

 彼女は、乱暴過ぎるガスタロア自治区のやり口に嫌気が差して冒険者になった。


「そうでしょうね。ですが、護衛の奴はそれを片っ端から防ぎきった」


「興味深いわ。貴方にそんな頼れる用心棒がいたなんて。隠し事は無し。いいわね?」


「うげ……」


 人差し指を立てるジルゼガットに、ボンセムは辟易した。

 しかし、すぐに頭の中で計算を立てる。

 彼は、これはむしろチャンスであると結論付けた。


「……まあ、いいでしょう。ただ、対価は要求してもバチは当たりませんでしょうや」


「ふふ……コネがいい? カネがいい?」


 ジルゼガットは、いたずらっぽく笑う。

 ボンセムの答えは既に決まっていた。


「そうですね、今回はコネで。召喚士を探しているんです。回してやりたい仕事があるんでね」



 山間から差し込む光が夜明けを告げる。

 しかし、それでも彼らを覆っている闇は晴れる気配を見せなかった。




 ……この数カ月後にボンセムが密輸商人から足を洗い、草原帝国の配達ピザ屋の役員へと成り上がった事を、誰が予測できただろうか。

 彼はおよそ考えうる全ての予測を大幅に裏切られるような形で、常日頃から夢に思い描いていた平穏を手にしたのである。


 件の配達ピザ屋は、かのマキト率いる冒険者達……後の勇者達が利用したピザ屋として、瞬く間に名を馳せた。

 追う者と追われる者が如何様な形で手を取り合ったのか。

 それを知るのは当人達だけであろう。




 ―― ―― ――




 というわけで、俺は帰ってきた。


「初仕事、どうだったよ」


 スナージは、グラスを磨きながら俺に尋ねてくる。

 そして、次の言葉を付け足した。


「お前さん、なかなかクセのある奴を選んだが、変な無茶振りはされなかったか?」


 やれやれ、スナージも人が悪いぜ。

 最初から碌でもない奴を回しやがったって事さ。


「面白いやつだったよ」


 俺は懐から拳銃を取り出し、くるくると回してみせた。

 銀色の銃身は、乳白色の照明に照らされ、鋭い輝きを放った。




 ―― 次回予告 ――


「ごきげんよう、俺だ。

 次の依頼は、VRゲームとやらの世界だ。

 スナージの野郎がゲームの中にどうやって契約書を送り込んだのか。


 違うな。

 プレイヤーはいつだって人間さ。

 ゲームの、背面の世界に依頼書を送ったんだろう。


 所詮はゲーム。されどゲーム。

 命の重さが俺と一緒なら、遠慮無く楽しめるというものさ。

 徒党を組みたきゃご勝手に。


 次回――

 MISSION02: 電子の箱庭、黄衣のガンマン


 さて、お次も眠れない夜になりそうだぜ」




 MISSION01、終了です。

 次回は推敲を終え次第の投稿になります。


 ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。

 引き続き、ご感想やご意見をお待ちしております。


(以下、登場人物一覧)

 ダーティ・スー(Dirty Stue)

 出身世界:アース・ゼロ(管理番号:00000)

 一人称:俺

 生前は真面目かつ勤勉で在ろうとしたが、己の報われない最期に絶望。

 正義の結果を顧みない者達に、少なからぬ憎悪を抱いている。

 今日も今日とて世界の主役に立ちはだかり、彼らの正義を検証する。

 詩人めいた言い回しの毒舌家だが、生前でも同じ口調だった訳ではない。



 ボンセム・マティガン(Bonthem Mattigun)

 出身世界:ファーロイス(管理番号:26855)

 一人称:俺

 異世界から漂着した魔道具を取引する密売人。

 元はスラム街の出身だが、流れの盗賊を殺害し、彼の所持品だった魔道具を強奪した事がきっかけで密売人となる。

 商売に対する感覚は完全に我流ながらも、侮れない決断力の持ち主でもある。

 特に追い込まれた際には相手を道連れにしようとするなど、悪足掻きに関して言えば同業者の中でも右に出る者はいない。



 津川巻人(Makito Tsugawa)

 出身世界:アース・ゼロ(管理番号:00000)

 一人称:僕

 現代日本からファーロイスの世界へと転生した、高校生の少年。

 転生後の孤独な環境で自らに魔力操作の才能を見出し、魔法使いとなった。

 癖の強いパーティメンバーにおいては最も冷静な性格であり、名実ともにリーダーを務める。



 イスティ・ノイル(Isty Knoir)

 出身世界:ファーロイス(管理番号:26855)

 一人称:私

 ルーセンタール帝国出身の女騎士。

 大剣を使い、この世の悪を粉砕せんと邁進する。

 曲がったことが許せない正々堂々とした性格だが、猪突猛進ぶりが災いし肝心なところでヘマをする。

 よく他人の名前を間違えるが、これは名前を覚えるのが苦手なのではなく、彼女なりの嫌がらせである。

 ちなみに幼少のトラウマが原因で、閉所恐怖症。



 リツェリディエル(Ritzeridyer)

 出身世界:ファーロイス(管理番号:26855)

 一人称:わたくし

 あだ名はリッツ。

 ガスタロア自治区を出奔した、エルフの射手。

 生来の温厚な性格ゆえに自治区とはそりが合わず、冒険者となった。

 故郷に残してきた友人達には、密かに負い目を感じている。

 時折言葉遣いが悪いのは、育った環境によるもの。



 オラモンドのブロイ(Bloy in Oramoundo)

 出身世界:ファーロイス(管理番号:26855)

 一人称:わし

 オラモンド山脈連邦出身のドワーフ。

 採掘師ギルドの危機を救うべく、冒険者として活動する。

 豪放磊落な性格で、多少のアクシデントには動じない。

 一方で浮いた話があまりにも無さ過ぎてナルシシスト疑惑がある。



 リコナ・ベルルコア(Licona Belulukour)

 出身世界:ファーロイス(管理番号:26855)

 一人称:アタイ

 共和国の片田舎出身。

 奴隷として身売りされてきたのを脱走し、スラム街でシーフとして活動。

 その後、巻人達のパーティに拾われて冒険者になる。

 食欲旺盛だが、一向に背が伸びない。




 カルロ山崎(Karuro Yamazaki)

 出身世界:アース・ゼロ(管理番号:00000)

 一人称:俺、私

 イタリア人の父と日本人の母を持つ。

 家族との海外旅行中にマフィア同士の抗争に巻き込まれ、非業の死を遂げた。

 父親のピザ屋を誇りに思っており、異世界ファーロイスへ転生した後は、同じくピザ屋を開業する。

 調理の腕前はファーロイスの住人達にとって伝説的な域に達しており、後に彼は“食の救世主”と崇められる事となった。

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