Task4 サロンで一休みしろ
「どうでした? 任務」
入り口のドアを開けるなり、ロナは黒い革張りのソファでくつろぎながら訊いてくる。
報告を終わらせた後、俺はラボでの野暮用を済ませてサロンに来ていた。
「ひとまず、上手く行った」
今のロナはいつもの奇抜な格好ではなく、白いブラウスに黒いカーデガンを羽織り、深ベージュのフレアスカートを履いている。
相変わらずストッキングはそのままかい。
恥ずかしがり屋さんですこと。
それにしても秘密組織のアジトらしい、洒落たサロンだ。
白と黒のチェック柄タイル、隅に置かれたピアノ、天井には四枚羽のシーリングファン。
バーカウンターには誰もいないが、酒はある。
連絡通路がどこも打ちっぱなしのコンクリートだから、こういう風情のある部屋は癒やされるね。
俺はバーカウンターから勝手に、茶色い酒の入ったボトルを拝借した。
それからソファに寝転がり、ロナの膝を枕にする。
「スパイ野郎は休暇中に呼び出されたそうだから、引き続き休んでもらうよう取り計らってやったさ」
「それはいい。誰だって、休みを邪魔されるのはいい気分じゃないですもんね」
「その通り」
原因は我らが依頼主、秘密結社イルリヒトの幹部様だ。
片棒を担ぐ俺もまた、あの野郎の休暇を邪魔したうちの一人。
こてんぱんに伸されて病院送りになったのは、つまるところ俺のお陰ってわけさ。
感謝してほしいね、ロイド・ゴース。
「こっちも離間工作はバッチリですよ。マスコミにリークしたら、喜んですっぱ抜いてくれました」
「へえ」
CIAお抱えのスパイ組織だか何だか知らんが、とんだヘマをやらかしたらしいな。
ロナが得意げに見せてくれた雑誌の記事を読み漁ってみると、これがまた酷い言われようだ。
“貨物列車、山道で大脱線! CIAの不祥事か”
“トンネルに焼け跡! 秘密兵器の実験!?”
などなど。
秘密主義のスパイ組織が、実に愉快な失態だ。
どうせ、市街地のど真ん中でドンパチをやってきたりもしたんだろう。
つい数日前も、暴走族と高速道路で火遊びしていたしな。
どう頑張って揉み消そうとしたって「与えられた情報は本物だろうか」と首を傾げ、その傾げた首を面倒事へとそのまま突っ込む馬鹿はゴマンといる。
得てして秘密というのは、そういう無鉄砲な知りたがりが勝手に暴いていく。
最終的に、現代の鉄のカーテンは命の取引で成立するようになる。
「で、こっちの依頼主さん所の子飼いの密偵が、つぶさに報告をくれるワケです」
「もしかしたら同じ事をこっちでもやられてるんじゃないかと考えると、ゾッとしないね」
ロナは曖昧な笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。
どこか遠くを見るような眼差しは見に覚えがあるからか、遠い日の記憶がそうさせるのか。
どっちにしたって、そう気に病む事でもあるまいよ。
仕事が終わればサヨナラだ。
「連中、ヘリを使うかどうかも、けっこう揉めたみたいですよ。
墜落のリスクとか、路線に秘密のトンネルが存在した場合を考えた結果、陸路で追い掛ける事になったとか」
「結局、どっかの誰かがヘリを四機も持ちだしたせいで大変なことになっちまったね。あのブロンドの女……大鷲みたいな目しやがって」
「そいつのケツに、いつかぶっといのブチ込んでやりましょうよ。
あ。ところで、新しい武器の使い勝手はどんな感じでしたか」
「悪くない」
俺は右手でバスタード・マグナムをホルスターから抜き取り、くるくると回してみせる。
流石はビヨンドの回復力といったところか、右手の傷はほとんど元通りだ。
左手で酒のボトルを口に運びながら、ロナの胡乱げな視線に目を合わせる。
「“いい”と言わないのは、つまり何かしら問題が?」
「小回りが利かない。じっくりいたぶるのには向かないね」
「まぁ、焼いちゃいますからね……」
「それより、プレゼントだ。いつも世話になっているから、何か買ってやる」
「もう……そういうのはサプライズで下さいよ。そうですね、どうしよっかな~」
後頭部から得られる太腿の感触を楽しみながら、ちょっとした談笑だ。
だがこんな束の間の安らぎすら、俺達には相応しくないらしい!
ジャジャーン!
何とサロンのドアが、スッと開かれたのさ!
俺達のささやかな安らぎを邪魔する闖入者は、誰だ!?
そんな闖入者こと……兵士、それもどこの国とも取れないような、青緑色の戦闘服に身を包んだ男が眉をひそめた。
有り体に言えば、イルリヒトの一般兵って所さ。
「ここにいたのか、雇われ」
「一杯付き合えよ。ささやかな祝勝会をしようぜ」
「悪いがその余裕は無い。それにしても……お前、ロリコンなのか?」
一般兵ちゃんは、無精髭の目立つ顔をことさらにしかめてロナを見る。
対するロナも、ただでさえ眉間にシワを寄せているのをよりいっそう深めた。
「……ねえ、あたしが子供体型だってさ。あいつ、ぶっ殺していいですか?」
「人手不足なんだ。ご容赦して差し上げようぜ」
「ほーい……」
言いたいことは解らないでもない。
欧米は基本的にグラマー至上主義だ。
背が低い、出る所が出ていない、そのどちらかに抵触していればすぐさま落第だ。
アメリカの学校で活躍しているチアガールを見てみろ。
その中で胸に詰め物をしている奴が、どれくらいいるように思える?
俺も、ロナも、この世界で再現される構造は人と同じだ。
それでいて、実はあらゆる部分が人と違う。
「所詮、目で見る情報に多くを依存する奴らに、理解できる話じゃ無かろうさ」
が、俺の皮肉はこの野郎にゃ通用しなかった。
奴は涼しいツラで聞き流している。
「茶番はそのへんで勘弁してくれ。雇われ」
ロナがぼそぼそと「ロリコン云々はてめえが言い出したんだろ脱線野郎」と呪詛を吐いていたから、俺は人差し指で「静かに」とジェスチャーする。
「ダーティ・スーだよ」
「……あー、クリント・イーストウッドには似てないな。髪を黒く染めたブラッドレー・クーパーという表現がまだしっくり来る」
「そりゃどうも。手土産にラジー賞でも貰って来るよ。で? どういう仕事だ?」
「侵入者が来たんだよ」
そりゃあ一大事だな。
俺はロナの膝を枕にしたまま、バスタード・マグナムをホルスターに戻す。
「それじゃあね、パパ。いってらっしゃい」
「――!? ブホッ」
突然ロナがそんな事を言い出したせいで、俺は口に含んでいた酒を勢い良く吹き出しちまった。
「あ、馬鹿! ストッキングが濡れたらどうすんですか!」
慌ててロナが立ち上がったせいで、俺はしこたま膝を打ち付けた。
別に痛くはないが、これじゃあ流石に締りがないってもんだ。
「不意打ちで冗談を言われると、どうしてもな」
てめえで言っておいて耳まで真っ赤にしているロナ。
それを見られただけでも、良しって事にしようかね。
一般兵君はまだ動かないどころか、耳の後ろを掻きながら遠慮がちに言う。
「ちなみに、この話には続きがある」
「何だよ?」
「ボスのお気に入りのイゾーラが、内通者だった。ボスは大層お怒りで、もろとも殺せとのお達しだ」
来やがったか、内通者。
嫌な予感は、しっかり的中したって事だ。
「イゾーラの特徴は解るかい。何せ、あのボスが侍らせてる奴は、みんな同じツラに見えちまってね」
「ボスの前でそれを言うなよ。地獄の門が開く。いいか、奴の特徴は切れ長の目をしたブロンドの女だ」
俺とロナは顔を見合わせる。
「見覚えがある」
「さっきスーさんが言ってたあの人ですね」
……面白くなってきやがった。