Extended5 バスルーム・デカダンス
今回はロナ視点です。
ごきげんよう、あたしです。
宛てがわれた部屋には、シャワールームがある。
白磁のバスタブがあって、その近くにシャワーがついているのだ。
「湯加減はどうだい、お客様」
「いい感じです」
だから、あたしはこうしてバスタブの中でスーに頭を洗ってもらっている。
もちろんあたしは一糸まとわぬ素っ裸。
スーは、何を考えているのか腰にタオルを巻いている。
シャワーを浴びるまでにかれこれ三回戦はヤッたけど、よくもまあ飽きなかったなと自分でも思う。
口と、前の穴と後ろの穴、これで累計三回戦って所だ。
で、あたしが「次は縄で縛ってほしい」と言ったら、わざわざハウトゥ本を買って勉強までしてくれるそうだ。
「しかし、お前さんも欲しがりやさんだな」
「尽くす女って、最高に破滅的じゃないですか」
「ああ」
「スナージさんは“お前達の関係が爛れ過ぎて辛い”とか言ってたけど、敵役やら悪役やらの男女関係なんて爛れてナンボな所あるでしょ。
何よりパンツ姫の奴に取り憑かれたせいで、火照りが収まらなかったし」
どうせ染められるなら、スーの色に染められたいな。
……なんてね。
「とはいっても、口で言う程には嫌いって訳でもないんですよ」
「本気で嫌がっていたように見えるが。“あの女”と同じ匂いがどうとかって言ってなかったかい」
「んー、でも別人でしょ。ぶっちゃけ、どうでもよくなっちゃいました。あたしの場所から引き剥がそうとしない限りは」
一度死ぬ前はあんなに嫌っていたのに、今は不思議と穏やかでいられる。
元カレを殆ど忘れて、スーに入れ込んでいるからなのかな。
まるで寝取られモノのヒロインだ。
先に裏切ったのは元カレだけど。
……冷静に考えて、あたしがパンツ姫に酷い事を言いまくったのは、あの女に似てたからじゃなくて、元カレに似てたのかも。
甘い理想を飽きもせず吐き出していながら、結局は汚い部分から離れられない。
そのくせ、奴隷解放だ何だと言って、そこを受け入れようとしない。
欺瞞と矛盾。
けれど、けれどね。
それこそが人間の本性なのだ。
パンツ姫は策謀渦巻く森での戦いで、その殆どが晒し上げられた。
あそこまでやられたら、流石にもういいや。
ああ、そうだ。
森といえば。
「ところで、あの森での戦いって、結局何がどうなっていたんでしょう?」
一応、なんとなくは解っていた。
けれど、言わせてそれにあたしが追従したほうがいい。
「訊かなくても解ると思うんだがね」
「解らないから訊いてるんですよ」
「そうかい。じゃあ、それぞれの目的をおさらいしてみようか。ナターリヤは、パンツ姫を泳がせた上で取り戻した。だろ?」
「そう、それなんですけど。アレを餌にするには、ちょっとリスキーすぎませんかね」
「存外そうでもない。餌に群がるイナゴ共を一網打尽にして、帝国騎士団の面目を潰しつつ、村を守ることで村長に恩を売る。
すると、どうだい。ナターリヤは共和国を拠点にしていた。確か……」
「ラエダン公爵領カイエナン、でしたっけ」
「そんな名前だった気がする。そこで活動しているエルフが手を引いていたと、帝国の奴らが知ったら?
森を開拓しようとしていた帝国側からすりゃあ、これは面白く無い話だ。喧嘩を売りに来たとしか思えない。
で、ナターリヤは何を作ろうとしていた?」
「何って……ホムンクルスですよね」
「森での戦いと、ホムンクルス。二つを結びつけると、一つの結論にたどり着く」
ああ、答えを聞きたくない……。
それってつまり、つまりそういう事だよね?
「……」
せめてもの抵抗。
あたしは、無言で頷いた。
「戦争だよ。そこに乗じてホムンクルスを共和国か帝国か、或いは両方に売り付ける。
金は稼げるし、エルフでありながら錬金術の深遠を修めたとあれば、間違いなく歴史に残るだろう。
どういった目的でそんな手段を選んでいるのかは知らんが、そこは次に会ったら訊いてみりゃいい」
「そうですね。じゃあ、村長と帝国は?」
訊きながら、バスタブの栓を抜く。
お湯が少しずつ流れていくのを眺めつつ、あたしはスーの話に耳を傾けた。
「村の連中は至ってシンプルさ。しつこくちょっかいを出してきた帝国の心が折れればそれでいい。
あのタイミングでスペル・クラッシュなんて大袈裟な代物を使ったんだ。おそらく帝国の身から出た錆を吊るし上げる目的があった。
軍神の加護とやらとは何かしら関係があるとは思うが、それが冒険者には普及していない。つまりは?」
それ、クイズのつもり?
でもまぁ、言わなきゃ話が続かないか。
「それなりに難易度の高い魔法で、帝国では何らかの方法でアクセサリーにその効果を付けられると」
「つまり、村長は帝国出身である可能性が高い。あんな便利な魔法はもっとあちこちで使われていてもいい筈だぜ。
それが今回初めてお目に掛かるってんだから、ありゃあ、素人が使えるもんではないだろう。そのスジで考えるのが一番辻褄が合う」
「村長もパンツ姫も帝国出身なんですね。つまり、壮大な身内争い?」
「それも、云十年単位は続いているだろう泥仕合さ。パンツ姫をキラーラビットとして帝国に伝え、討伐させようとおびき寄せて次々と倒す。
仮にも騎士団だぜ。誉れ高い階級、国の看板を背負ったそいつらを送りつけたら、普通は本腰を入れていると考えていい。
もっとも、これは帝国の一般的な兵士をみんな騎士と呼んでいたら成り立たない前提だがね」
うーん……長講釈を誰よりも嫌っているだろうスーに、ここまで言わせるのもなんだか申し訳ない感はある。
訊いといて何を今更、とは思うんだけど。
「帝国側も二つに割れてましたね。デュセヴェル管区長とかって人は結局どっち側なんでしょう。
麻薬……えっと、大麻? それの栽培を実行したのは赤いサーコートの人達だから、宰相派ですよね、多分」
「その認識で間違いないぜ。イスティは教養があるくせに馬鹿正直だから、筆跡が一緒だったら驚くだろうし、それについて嘘をつけないだろう。
あれで今までのが全部演技だったとしたら、奴は大した役者だぜ」
「ぞっとしない話ですね」
「もしも役者だったら、その時は相応しい役柄を用意してやるだけさ。
とにかく、宰相派と皇帝派については名簿でも見ない限りはどうしようもない。
ナターリヤの奴に、ビヨンド用の依頼書と合わせてリッツに渡すよう頼んでおいた。そっちはそっちで解決できるだろう」
「やっぱり見事な推理力と戦略性ですね。あたしじゃ敵わない」
悔しいけど、半分は本音だ。
「言っておくが、解らないふりをして俺の顔を立てようとしてくれる必要は無いぜ。お前さん、演じていただろう」
「バレてましたか」
「どうにも訊き方が嘘くさかったのさ」
「正解。嫌な女でしょ?」
……ふふ。
まったく、嫌な男。
あたしにそこまで考えが及ぶなんて、到底ありえないって解ってる筈なのに。
「世の中の男共には、賢しげな女をこそ悪と断じる奴もいる。そんな奴らの作法に付き合ってやる義理もあるまい」
「質問に答えて下さいよ」
あたしはそう言って、蛇口を捻ってお湯を止める。
それから泡がすっかり流れ落ちたバスタブの縁で、あたしは頬杖をついた。
「お前さんが期待しているのは、慰めの言葉だろう。いいぜ、スズメちゃん。
お前さんがさえずるたんびに、クチバシを撫でてやるよ」
「……“そんなことないよ”なんて答え、スーさんから出て来るワケがないですもんね」
「正解。嫌な男だろ?」
「クソ野郎ですよ。ホントに。後でもう一回戦追加な。ろうそく使いましょうよ、ろうそく」
あたしも大概、嫌な女だ。
会話の三割は憎まれ口だし。
「まだやるのかい」
「まんざらでもないくせに」
苦笑いするスーの唇に、あたしはそっと口付けする。
ちょっとだけなら、ベッドに行くまで我慢できると思ったから。
でも、やっぱり我慢できなくて舌をねじ込んだ。
他人の体液なんて汚いと思っていた筈のあたしは、今はこの唾液の味がたまらなく愛おしい。
どうしてだろうと、ふと疑問に思った。
けれど、それはすぐに欲望が掻き消した。
「ああ、そうそう……ココだけの話、あいつに取り憑かれたせいなのか、感覚共有のスキルが覚醒しまして」
「ああ……それで?」
もっと嬉しそうな顔をしろよ。
マジで習得しちゃったんだからさ。
「五感の全てをエミュレートできちゃうんですよ。例えば、スーさんが誰かとヤッた時でも」
「そいつは夢みたいな話だ」
「だから、早く他の女ともファックして下さいよ。楽しみにしてますから」
「考えとくよ」
……あらゆるモノに、答えなんて本当は必要ないのかもしれない。
けれど、自分達で納得できるどうでもいい事象を“真実”などと有り難がる。
その結果で苦しむくらいなら、煙のような嘘に全てを委ねてしまえばいい。
そうでしょ?
……サイアン。