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Task10 依頼主のいる村に捕虜を連行しろ


 人目につく場所を避けていたから村に入るのは初めてだったが、なんとも自然あふれる景色だ。

 まさか木に枝を組んで上に落ち葉を被せただけの屋根をして、家と呼ぶんじゃないだろうな。


 村人の代わりにハラショーエルフの配下と、縛られて転がされている赤いサーコートの騎士団連中しかいない。

 あとはロナが、座る場所も見つけられずうろついているくらいだ。



 そんな中、俺はハラショーエルフに顛末を報告していた。


「然様ですか。あのオルトハイムが……」


 あらかじめ村で待機していたらしいハラショーエルフが、腕組みをして頷いた。


「因縁でもあったのかい」


「我輩がサイアン……いや、ジョジアーヌ殿を助けた時に少々、厄介な出来事がありましてな。

 本当は目の前で死んでくれたほうが幾らか気が休まったものですが、流石に虫の良い話でしたな」


 ハラショーエルフは忌々しげに吐き捨てる。

 察するに色々とあったらしいが、くたばっちまったもんはしょうがない。


「追加で報酬をくれたら、死体を探してやってもいいが」


「ご冗談を。貴殿は高く付く。雑用一つ取っても、我輩の部下に三ヶ月分の賃金を出せますぞ」


「……それにしても。マジで、スーさん一人でやったんですね」


 ロナが俺の後ろを指差す。

 ぞろぞろと歩いているのは、さっきまで洞窟でやりあった連中だ。

 マキト一行、宰相派騎士団、くたばったオルトハイムの率いていた皇帝派騎士団。

 無事な奴は誰一人としていない。


「我輩のほうは、配下が何名か戦死しましたぞ。相手は相当な手腕をお持ちのようだが、やはり同志が一枚上手でしたな」


「買いかぶってくれるなよ。足場の罠が無けりゃ俺も危なかったぜ。なあ? マキト」


 振り返って、マキトのツラを拝む。

 当人は突然のネタ振りに困惑する様子も見せず、首を横に振った。


「苦戦したふりをして僕達の油断を誘う作戦じゃなくて?」


「さあ、どうだろうね。乱戦に乗じて後ろから刺されたら、無事じゃなかったかもしれん」


「なるべく薄汚い事はしたくないんだ」


「良心が咎めるからか? いいや、違うね。後ろ指をさせなくなるからさ」


「うん。お前の言うとおりだよ」


 開き直るのは結構だが、さっきみたいにもう少し捻りの効いた台詞が聞きたいね。

 それとも、軽くジャブでも放ったつもりかい。


「何はともあれ、これで一件落着ですぞ~!」


 と、ここでハラショーエルフが満足気な笑顔を浮かべて拍手をする。

 とっとと話を打ち切って次に行きたい気持ちはよく解るぜ。

 だが、焦るなよ。


「――いいや、まだだぜ」


 本当ならここは紳士的に、こいつの手の平の上で踊り続けていたほうが良かったんだろう。

 そうすりゃ、少なくとも味方は誰も傷つかない。

 俺も含めて。


 だが、それでいいのか?

 何処ぞのお嬢様よろしく、諸悪の根源という立場を奪ってやらなくていいのか?

 もとよりそうやった上で、マキト達の正義を検証するつもりだった筈だ。

 だから俺は今一度、俺自身の正義も検証すべきだ。


 ハラショーエルフは……ナターリヤ・ミザロヴァは、それを承知の上で俺を使っている。

 確信がある。

 試すような言動が、時折見せるいたずら心を孕んだ眼差しが、その証明なのさ。


「お前さんの目的は、まず邪魔者を排除する事。違うかい?」


「大正解ですな。流石は同志、我輩をよく理解しておられる」


「よくもまあ、あちこちからまとめて寄越してくれたもんだ。餌は? パンツ姫だけかい」


「然様」


 いわく、俺は餌じゃないらしい。


「以上でよろしいですかな? それでは、報酬のご用意を」


まず(・・)と言った筈だぜ」


 周りを見ればどいつもこいつもアホ面浮かべて、成り行きを見守ろうって連中ばかりだ!

 ――突然の仲間割れとは、好機到来か?

 残念ながら違う。


「お前さんの事だ。俺の想像が及ばない所で、色々と企んでいるに違いない」


 麻薬栽培にしたって、宰相側と皇帝側のどっちが仕組んだかが明かされていない。

 探偵ごっこなんざやるつもりは無いが、少しはタネ明かしをしてみたい。

 そうやって優位に立って、俺が黒幕になるのさ。


「買いかぶってもらっては困りますな。それ以上の策謀を我輩ごときにはとても」


「じゃあ、あれは? 騎士勲章の受勲式でもやるのかい?」


 奥からマッチョ野郎に牽かれてやってきた荷馬車を、俺は指差す。

 馬車に近寄って金塊を手に取り、爪で弾いてみた。


「わざわざ目の前でやるんだ。意味はあるだろう」


「ハハハ! 深読みが過ぎますぞ~!」


「いよいよもって白々しいぜ! ……いいかい、ナターリヤ。こんな茶番は誰が得をする?」


 ナターリヤは部下に用意させた椅子に、ゆっくりと腰掛ける。

 俺も対抗して煙の壁を変形させてソファを作ってみた。


 罠を作った時の副産物だが、座り心地はまあ悪くない。

 足を組んでもたれるくらいの余裕はあるし、ロナを隣に座らせてやる事もできる。

 事実、隣でくつろぐロナはまんざらでもないツラだ。

 俺は金塊をロナに手渡して、ナターリヤを睨む。


「当然、我輩と同志ですぞ。ビヨンドについて宣伝すれば、こぞって使う者達が出てきますからな」


 持って回った理屈だぜ。

 当然、イスティはそれを承服しかねたらしい。


「では貴様がデュセヴェル管区長をたぶらかしたのか!」


「管区長? はて、どなたですかな? 我輩が依頼したのは同志だけですぞ。なあ、同志?」


 ……“玉座”を奪えるもんなら奪ってみろってか。

 しょうがねぇな。


「そして俺がどういうやり方で依頼をこなしたのかは、お前さん達の与り知らぬ話って事さ」


「言え!」


「言うわけ無いだろう。何せ、こいつの口は高く付く。俺の次に」


 俺はソファから降りて、ナターリヤの胸ぐらを掴む。

 部下共は警戒してクロスボウを構えるが、ロナが奴らとの間に立ち塞がった。


「あ、や、同志、いやに積極的で――ん……」


 ヒゲを外して、唇を奪う。

 奴のヒゲで隠れていた唇は、薄い桜色だった。

 トンガリ耳がそういう種族だからか、化粧なんざこれっぽっちもやっちゃいないのに肌は綺麗だ。

 口の左下にあるホクロも、なんとも色っぽいじゃあないか。


 ただ、見た目が良くても中身がこれだ。


 色恋沙汰とは無縁だったのか、歯がよくぶつかる。

 しかも歯並びがよろしくない。


 おい、がっつきすぎるな。

 呼吸が止まる。

 流石にビヨンドであるこの俺様も、口がずっと塞がれると苦しいんだ。

 手の甲を奴の顎に当て、やんわりと押しのける。

 こいつときたら、ガチガチに緊張しているのかね。

 両腕とも、妙に硬い。


「お前さん、いったい何年ご無沙汰だった?」


「記念すべき我輩のファーストキスは同志のものですぞ!」


 イスティは両手で顔を覆い隠していて、耳まで真っ赤だ。

 マキトも、気まずそうに視線が泳いでいる。

 面白いのは残る三人だ。

 寸胴爺さんは真顔で立ち尽くしているし、リコナはウンコ座りで両膝に頬杖をついている。

 リッツに至っては、目を見開いて青ざめた顔を横に振っていた。


「ケッ、見せつけてくれちゃって……おーい、リッツ? どうしたんだよ、そんな顔してさ」


「姉さん……姉さんですよね!? 髪を短くしても、わたくしには判ります!」


 生き別れの姉とは、ドラマティックな展開じゃないか。

 そんな面白いネタがあるなら、早く教えてくれりゃ良かったのに。


「はて、我輩に妹などいましたかな。近頃は物忘れが酷くて」


 こいつのとぼけた態度から察するに、訊かれても答えなかっただろうがね。

 まさかパンツ姫よろしく、記憶喪失なんて事も無いだろう。


「真面目に答えてください! わたくしです! リ()リディエルです!」


 多分だが、アルファベットでの綴りは“th”なんだろう。

 俺の推測に比べると、リコナの疑問は可愛らしいもんだ。


「え? リツェ(・・)リディエルじゃないの?」


 などと、首をかしげてやがる。


「ガスタロア自治区と本来のエルフ語では発音が違うのですよ」


 なんだってトンガリ耳はどいつもこいつも、てめえの知識をお披露目したがるのかね。

 理解されなくて苦しんできたってクチか?


「あー、我輩の遺産を相続する目的でやってきた自称親族ですかな。

 務めも果たせぬ阿呆にくれてやる金はありませんぞ。この紙をくれてやるから、帰った帰った」


 ナターリヤはリッツの胸元にビヨンド用の依頼書を何部かねじ込み、そっぽを向いて手を払う。


「意外だな。帰らせていいのかい」


「今回は見逃してやりますぞ。我輩の寛大な措置に感謝して頂きたい」


 今度は椅子が軋むほどの乱暴さで座ると、仏頂面を見せる。

 見逃すっていう所も含めて、どこまで茶番なのかね。

 マキトの野郎が断るのも、勘定に入れているのかね。


「悪いけど、僕は帰らない」


「ほむ?」


「友達を見捨てて帰るなんて、僕にはできない」


 この野郎はまだやるつもりらしい。

 杖も無しに、両手に青白い光を溜め込んでいる。


「ああ、よく言った。私も、サイアン殿を見捨てたくない」


「そうだね。何がどうなってサイアンがあんな姿になったかは解らないけど、アタイもこのまま終わるのは嫌だと思ってた所」


「ふう、お主らの単純な思考にはいつも苦労させられるわい。まあ嫌いではないがのう!」


「二番目に単純な貴方が何をおっしゃるのやら……とにかく、姉さんには身体に訊いてみせましょう」


 相も変わらず物騒な事を抜かしやがる。

 ところで、いつの間にか奴らはすっかり体調万全って風だが、やっぱりやり合わなきゃ駄目かね。


「ひゃあああ! 同志、助けてェ!」


 じゃかあしいぜ。

 報酬額はそれに見合ったものとはいえ、何度も戦うのは流石に疲れるんだが。


『……スーさん。この依頼を片付けたら、このクソエルフにはたっぷりお仕置きしましょう』


『もちろん、そのつもりだぜ』


 俺の悪名が轟いているなら、他にも邪魔者が湧いて出てきても良かった筈だ。

 なのに、騎士団とマキト御一行様しか来なかった。

 よりにもよって、こいつらだけが。

 どうやってか、情報あるいは依頼を奴らに絞って回したに違いない。


 さて、いよいよやり合うって時だった。

 割って入ってきたのは緑色のローブを纏った爺さんと、数人の若い連中だ。


「――今です! 術式構築!」


 などと抜かした、こいつが村長だろう。

 そして俺は、ナターリヤが髭の裏で口を上に釣り上げたのを見逃さなかった。




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