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Task7 内輪揉めを調停しろ

「ごきげんよう、俺だ」


「ダーティ・スー……ずっとそこで見ていたのか」


 マキトは俺を見るなり、憎悪に顔を歪める。

 イノシシ娘がマキトの腕を引く。

 珍しい構図だ。


「……マキト。そいつは単なる手駒だ。我々は、騙されたのだ。

 裏で手を引いているのは銀髪のエルフのようだが……」


「そうですか。エルフ、ですか……それも、銀髪の……」


 冬将軍と同じくエルフであるリッツが、意味深に俯く。

 その面持ちは、奥歯に小骨でも挟まったかのような痛ましさを感じさせた。

 紫鎧の野郎はそれを見て、口元を歪めた。

 ……双方、思い当たる節があるってか。


「間違いないのですね?」


 イノシシ娘が、リッツの問いに答える。


「ああ……同胞達は既に何割かが懐柔され、盗賊崩れ共と手を結び、彼女に従属している」


 こいつにしては的を射ている。

 実際、依頼主はあのハラショーエルフだし、騎士団の先遣隊は麻薬畑を守っていた盗賊崩れの連中と共にハラショーエルフが手駒にした。


 そこまで理解できて、こうして説明できるなら上出来だ。

 本当は、村の連中もグルだがね。

 ハラショーエルフは村に間者を送り込んで、プロパガンダを行なった。

 恐ろしい化け物“キラーラビット”が森に迷い込んでいると。

 そして、二つある騎士団の派閥うち片方がそれを捕まえて、利用しようとしているという内容だ。



 まあ、流石にそれを看破するまでには至らなかったが、及第点だろう。

 頭に血が登らなけりゃ、割とまともなのかね。


「おかしいな。アタイらが聞いた話じゃ、村長さんが仕組んだって事になってたけど」


「儂はどれも真っ黒と睨んでおる」


 ドワーフめ、鋭い野郎だぜ。

 子猫ちゃんの言う村長黒幕説は初耳だが、おおかた誰かの入れ知恵だろう。


 それぞれの目的を列挙すれば、この件は実にシンプルだ。


 まずハラショーエルフは、パンツ姫の周りの脅威を排除したい。

 パンツ姫は自由の身になって、尚且つロナが欲しい。

 帝国騎士団の皇帝派は、パンツ姫を殺して村を開拓、活動範囲を広げたい。

 宰相派の連中は、パンツ姫の保護(・・)と、麻薬畑を使って村の森教を排斥、とにかく帝国の中で株を上げて国民の支持が欲しい。

(ただし、麻薬畑の件はデュセヴェルとかいう奴がどっち側かによるが)

 村の連中は輪をかけて単純で、トラブルの種は片っ端から消えて欲しいって話だ。


 で、それぞれが周りを利用している。



「……私は胃薬が恋しい」


 俺の心を読んだかのように、イノシシ娘は自分の欲求をつぶやいた。

 続いてマキト、それにドワーフも便乗しだす。


「僕も恋しい」


「儂は酒が恋しい」


「黙れ! 洞窟なら任せろと豪語しながら、むざむざ罠に引っかかりおって! マキトを死なせたら貴様のヒゲを剃り落としてやる!」


 すっかり調子を取り戻したイノシシ娘に、リコナは肩をすくめた。


「ちょっと。アタイとリッツはどうでもいいのかよ」


「きっと恋心ですね! ふふ……若さって羨ましい」


 頬に手を当てて微笑むリッツをよそに、イノシシ娘はマキトに鎖を溶断してもらいながら立ち上がる。


「ダーティ・スー! この場で貴様を血祭りに上げてやる!」


 どいつもこいつも。

 一度やられたなら、少し時間を開けるっていう作法を何故守ろうともしない?

 俺の慈悲に期待しているというのなら、そりゃあ甘え過ぎってもんだぜ。


「相変わらず恩知らずな奴だぜ。宣戦布告は結構だが、お前さんは丸腰でどう血祭りに上げるっていうんだ?」


「黙れ! 帝国を裏から操り、罪なき村人を誑かし、奴隷を魔物に貶めた貴様の所業!

 断じて許しはしない! これ以上の犠牲を生み出させはせん!」


「待ちたまえよ、ノイル卿」


「オルトハイム卿……」


 この粘っこい青紫の奴はオルトハイムっていうらしい。

 特に適当なあだ名も思い付かないし、そのままの名前で呼んでやるか。

 仕方ねぇな。


「貴公は、私の言葉を忘れてはいないね? これまでの数々の失態に、私は挽回するチャンスを与えてやった。

 キラーラビットは対魔王軍戦線を維持する上で、大きな障害になりうるのだ。先に討つべきはキラーラビット。そこの黄色い奴など放っておけ!」


 オルトハイムは大袈裟に手を振り払う仕草をしてみせる。

 対するイスティは目を見開き、片手で頭を押さえて首を振った。

 話が突飛すぎて、理解が追いつかなかったらしい。


「オルトハイム卿……ならん。それでは駄目なのだ。キラーラビット……否、サイアン殿は奴の……或いは銀髪のエルフの犠牲者。

 助けるべきではないか? たとえ、その……少し性癖が特殊であっても」


 ここでマキト達から「サイアンだって!?」とざわめく声が漏れる。

 他にも「よく見たら、この人さっき助けてくれた人じゃないか!」という驚嘆も。

 だがお話中の二人には関係ないらしく、オルトハイムに至ってはまるきり無視だ。


「ノイル卿。貴公は魅了でもされたのか? それとも、宰相派の馬鹿共が要らぬ浅知恵を吹き込んだか?

 フフフ……単純馬鹿もここに極まれりといった風情だな!」


 侮蔑の笑みを浮かべるオルトハイムに、捕虜だった連中が色めき立つ。

 奴らを縛っていた鎖は、既にマキトに溶断されていた。


「オルトハイム卿! 我らを愚弄するか!」


 だが鎧も脱がされて鎖帷子しか着ていない。

 これじゃあ格好も付かないってもんだ。

 案の定、オルトハイムの野郎は涼しい顔をしてやがる。


「黙りたまえよ。所詮、貴公らは傍流に過ぎぬ。さて……者共、あの怪物を殺せ」


「御意に」


 青いサーコートの奴ら……ほぼ確実に皇帝派だろう連中が抜剣する。

 向かう先はパンツ姫。

 そこに、無手の捕虜共が立ち塞がる。


「同胞といえども、邪魔をするなら消えてもらう」


「帝国の歴史を、無駄な血で汚すつもりか!」


 こりゃ壮観だ。

 武器無しでも体術で渡り合うなんて。

 他にも、自分達を縛っていた鎖を武器として利用している奴までいる。


 金属のぶつかり合う音が幾重にも響き渡る。

 乱闘、混戦、取っ組み合い。

 まさしく泥仕合の地獄絵図だ。


「奴がドラクロワ家の忘れ形見なら、なおさら討たねばならぬ」


「軍神様が同士討ちをお望みと思うか!」


「あの怪物が同胞だと? 戯れ言は“咎の荒野”で語れ!」


 咎の荒野とかいうのは、おそらく地獄って意味だろう。

 わざわざ現世の牢獄に、そんな洒落た名前を付けるとも思えん。


 それにしても、ひどいぜ。

 この俺という最大の敵を前に、よくもまあ呑気に内輪揉めなんざできるもんだ。

 冒険者共はそのさなか、どっちにも加勢せずに立ち尽くして思案顔ときた。

 どっちにくみしても損をする状況だからな。

 悩むのも解るさ。


「くッ……! 私はどうすれば……軍神様……ユストマーナ様、私をお導きください……!」


 ついにイノシシ娘は、頭をかきむしりながら地団駄を踏んだ。

 斬新な祈り方だが……変な気を起こしたりしないでくれよ。

 ここの足場はもろい(・・・)んだ。


「そこで見ていればいい。慣れ合い仲間と共にな……」


 オルトハイムは相変わらず小馬鹿にした態度で、イノシシ娘を一瞥する。

 それから、俺のほうに向き直った。


「ダーティ・スーと言ったかね」


 オルトハイムが俺に歩み寄り、顎をしゃくる。

 余裕たっぷりなツラだ。


「何処へなりとも失せたまえ。今なら度の過ぎた悪ふざけも許してや――」


 ズドン。

 バスタード・マグナムから放たれた銃弾が、青紫色の豪奢な鎧を貫く。

 奴の右腕は、腱を撃ち抜かれて使い物にならないだろう。


「馬鹿にしてくれるなよ、オルトハイムの坊や。アレ(・・)は依頼主から守るよう言われているのさ」


「き、貴公……」


 鮮血に染まる右腕を押さえ、オルトハイムは顔を歪める。

 誉れ高い帝国騎士団が魔法の対策を怠ったとあれば、隣国に笑われちまうぜ。


「俺とお前さん、どっちの鼻っ柱が先に折れるか勝負しようぜ」


 シリンダーに装填されていた銃弾をあらぬ方向に撃ち切って、次の弾を装填する。

 これが俺の宣戦布告だ。


「あれは何だ……手元に収まる大砲か? 小さな金属の矢を放つとは……」


 青と銀が入り乱れる乱痴気騒ぎの中心で、オルトハイムは呆然と呟く。

 ……やっぱり、この世界に拳銃は実用化されちゃいねぇらしい。


 こりゃあ傑作だ。

 意地悪な神様が、可哀想な原住民を虐める為に誂えたとしか思えない。

 後は事を済ませて寝る前にアメイジング・グレイスを口ずさんでおけば、罪は許されるって寸法だぜ。


 まあ、こいつらの肌は白いがね!


 全く、くそったれだ。

 軍神様とやらの死体を転がして足蹴にしてやりたいぜ。


「私を守れ!」


「「御意!」」


 クソ野郎が命じて、死にたがり共が応じる。

 慌てふためくイノシシ娘は、身振り手振りを交えてそれを止めに行った。


「オルトハイム卿、下がらせろ! 貴様らだけで勝てる相手ではない!」


「先刻の草原における戦いは見ていた。ここに罠は仕掛けられまい」


「無くてもどうにでもできるぜ。ただし、命は保証できないがね」


 銃の存在を知らなかったという事は、途中で観戦をやめたって事だ。

 詰めが甘すぎるぜ。

 だが目の前の間抜けは、知ったこっちゃないらしい。


「戯れ言を! 先刻は遅れを取ったが、片手が動くだけでも充ぶ――」


 ズドン、ズドン、ズドン。

 取り巻きのうち二人の膝を撃ち抜いて、次はオルトハイムの左腕をやった。


 ……筈なんだが。

 このクソ野郎、俺を出し抜きやがった。




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