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Task3 焼却処分の現場へ向かえ


 おお、おお……燃えてるぜ。

 どこかの誰かさんの大切な商売道具らしき、麻薬畑が。

  “誰かさん”が指示したって線が濃厚だろうな。


 もしもそうじゃなかったとしたら、大変だぜ。

 こんな大胆な真似をして、あちこちの機嫌を損ねるのはあまり賢くない。


 煙の立ち込める畑からは、周りの森の木々に引火する様子は見られない。

 だが弱火でじわじわやっているのは、そうするしか無いからか?


 土堤で囲って強火で焦がさなきゃ駄目だろう。

 これじゃあ野生動物がラリっちまう。

 自然発火を装いたいとしか思えない。



 たまにはまともな正義の味方と出会えるかと思ったが、レジェンドガールに会えたのはよっぽど運が良かったんだろうな。


 こりゃあ今回もハズレだ。

 やってる事が下品すぎるぜ。


「やはり貴様だったか!」


「お?」


 声に振り向くと、見覚えのある奴が森の中からやってきた。

 確か……イスティっていう女騎士だな。

 このイノシシ娘が粗相をやらかしたっていうのなら、この大惨事も納得できる。


 問題は後ろに控えている騎士団の連中だ。

 ざっと20人くらいか。

 情熱的な赤いサーコートとは裏腹に、鎧越しに放たれる空気はなんとも涼しげで「仕事してるから放っといてくれ」と言わんばかりだぜ。

 俺をめつけてブロードソードを構えるイノシシ娘とは対照的だ。


「ここで会ったが百年目! 貴様を成敗してやるぞ、ハッピー・スー!」


「ハッピーねぇ。幸せを探すのは永遠の命題だぜ」


「詩人にでもなったつもりか?」


「或いは哲学者かもしれない」


「……やかましい! 貴様の悪行の数々、私は絶対に許さん!

 覚悟しろ、パンティ・スー!」


「――パンティを吸うのはこいつじゃなくて、こっちのアバズレの雌豚ですけどね」


「何者か!」


 イノシシ娘は俺に剣を構えたまま、声のほうへ振り向く。


「オマケがいるのかい」


 俺も、聞き慣れた声の主を肩越しに見やった。

 ロナと……それに、発言内容から嫌な予感はしていたが……パンツ姫も来てやがった。

 粗末なボロ布の貫頭衣が風ではためいて、黒い下着が見える。


「ったく、洞窟を派手にブッ壊してくれた挙句、追いかけ回しやがって、この雌豚! 余計な仕事を増やすな!」


 ロナは完全にご立腹で、俺達を見もせずにパンツ姫を蹴飛ばす。

 パンツ姫はそういう(・・・・)趣味を持っているのか、恍惚とした表情だ。


「ロナ……まだご褒美には早いよ、はぁ、はぁ……」


「――!? おえっ……鳥肌立ってきた」


 ロナはしかめっ面を浮かべて、舌を出す。

 イノシシ娘はといえば、さっきから興味津々といった様子だ。


「何だ、貴様らは。奴隷か?」


 イスティの問いに、パンツ姫は両手を広げて微笑む。


「その通り。ボクは愛と勇気の奴隷だよ」


「は? 性欲の奴隷だろ。この雌豚」


 二人の仲良しトークは意に介さず、イスティはパンツ姫を眺める。

 傍らに立つバケツ頭が、そんなイスティに耳打ちする。


「ノイル卿。あのピンと立った兎のような耳、もしやあれがキラーラビットでは?」


「――待て」


 団体さんが身構えているが、イノシシ娘はそこに手振りも交えてストップを掛けた。

 イノシシ娘はしきりに首を傾げ、金属音を響かせながら足早に歩み寄っていく。


「貴様、どこかで見た顔だ。私の記憶が正しければ、髪は金髪だったが……」


 流石に鋭いな。

 だが、ちょいとおちょくってやろうか。


「お前さんの記憶力があてになるかよ」


 鬼の形相で、イノシシ娘が首を俺に向ける。


「貴様は黙っていろ!」


 俺は黙った!

 イノシシ娘は再び、パンツ姫を見る。

 奴は所在なさ気に手を伸ばし、力なく降ろす。

 奴の抱いた感情は、懐疑、驚愕……それに、何かを否定したいという願望だ。


「まさか……“風の解放者”サイアン殿なのか……?」


「よく判ったね。顔と声と中身以外は変わっちゃったのに」


「だが、男だった筈……! ――は! まさか人体実験か!? では、もしやキラーラビットは……!」


 そりゃあ面白いシナリオだな。

 だが生憎、俺にそういう趣味は無い。


「女騎士さん……ボクは元から女だよ?」


「なんだと……いや、違う! 記憶を奪われているだけだ!」


「これだけ近いと、キスしたくなっちゃうね」


 頬を染めるパンツ姫から、イノシシ娘は距離を取ろうとする。

 だがパンツ姫はさっと腕を掴み、それから顎を寄せた。


「な、何を……」


 そして始まる口付け。

 ロナは吐き気をこらえながら「節操なしかよ、この淫乱ツノウサギ」と吐き捨てた。


「んぶ、む……しょ、正気にもどれ、サイアン殿! こ、これではもうお嫁に行けないではないか!」


 抵抗するイノシシ娘と尚も迫るパンツ姫を、騎士団の連中は凝視していた。

 うち一人が、涙目になったイノシシ娘の叫びに異議を唱える。


「失礼ながらノイル卿を貰う猛者はそうそういないかと」


「何だと、貴様! 国に戻ったら覚悟しておけ!」


「あ! は、大変申し訳ございません! 失言でしたぁ!」


 背筋を伸ばし、天を仰いで叫ぶ失言騎士ちゃん。

 バケツみたいな兜のせいでツラは見えないが、きっと青くしている事だろう。

 そしてパンツ姫は手を頬に添えて舌なめずりをし、相変わらずうっとりしたままだ。


「大丈夫だよ、イスティ……ボクがお嫁さんにしてあげる……ふ、ふふふ」


「やめ……あっ、んんんっ!」


 くんずほぐれつが続く。

 まるで、絡みあうナメクジのつがい(・・・)だ。

 とうとうイスティは押し倒され、あらぬ方向を見ながら痙攣しだす。

 馬乗りになったパンツ姫は、それを愛おしげに見つめた。

 余興にしてはまあ、悪くなかったかな。


「可愛いよ、イスティ……」


「ええい、ピンキー・スーめ……面妖な術を使うとは、何と卑劣な! これも貴様の嫌がらせだな!」


 何としてでも俺を悪者にしたいらしいな。

 それこそ俺の思惑通りとも知らずに。

 同時に、ハラショーエルフの思惑通りでもあるんだろう。

 笑わせるね。


「風車とドラゴンを見間違えるとは、お前さんも重症だぜ」


「うるさい!」


「それより、いいのかい。後ろの団体さんが退屈してるみたいだが」


 騎士団は互いに顔を見合わせたり自分達の顔を指さしたりして「俺達?」とでも言いたげだ。

 他に誰がいるんだよ。

 畑を焼くのがお前さん達の使命とでも。


「だいたい、お前さん。他の連中はどうしたんだ。まさか愛想尽かされてお払い箱ってクチでもないんだろう」


「見くびってくれるなよ。各々が役目を果たしているだけだ。

 それに、騎士団は精鋭揃い。遅れは取らん。貴様らが三人、束になってもな」


 指差すイノシシ娘は、随分と挑戦的だ。

 まるで「それでも貴様は私の獲物だ」と言外に付け足しているかのように。


 そんなので呑まれるとでも?

 俺は肩をすくめた。


「雑魚が寄り集まっても、くたばるのが少し遅くなるだけだぜ」


「そうとも限らないよ? ボクの獲物も、彼だから」


 パンツ姫は得意顔で俺を親指で指し、次に騎士団を横目で睨む。


「そういえばキミ達は、ボクを襲わないんだね」


「どういう意味だ……サイアン殿を襲うだと? ――おい、貴様ら! 私に何か報告していない事があるのか!」


 鎧姿の群衆は、揃って首を振る。


「ノイル卿、そのような真似を我々宰相派がするとでも?

 皇帝派ならばいざしらず、我々は“風の解放者”を保護する為に動いている」


「……その言葉、信じるぞ」


 本当に?

 保護した後はどうするのか、訊かなくていいのかい?


「ところで紳士の諸君。そろそろラリってきたんじゃないか? 考え無しに畑を焼いたりするのは良くないぜ」


「ふん。我々には通用しないぞ。軍神様のご加護がある。またの名を解毒の首飾りという。

 これは装備する者に害をなす毒を事前に打ち消すよう、加護が与えられているのだ」


 ご丁寧な解説を加えながら、イノシシ娘は首からぶら下げた質素なペンダントを見せびらかす。

 道理で平然としてやがる訳だ。


「正直に話すなんて殊勝な真似をしやがる」


「冥土の土産という奴だ。貴様を殺し、奴隷は解放する」


「どっかのパンツ姫を思い出すぜ」


「ああ、ボクの黒歴史を掘り返さないでぇ……あ、濡れてきちゃった」


 もじもじと内股をこすり合わせるパンツ姫。

 トイレ(・・・)ならそこら辺にあるから好きにしてもらうとして、だ。


「ほら、どうするんだ? イノシシ娘。俺を殺すんだろ?」


 イノシシ娘はパンツ姫の痴態を呆気にとられて見ていたが、俺の挑発で我に返る。


「言われずとも! 貴様らはまだ手を出すな! まずは私が! てやぁあああッ!!」


 飛びかかってくるイスティに、俺は土を蹴飛ばして目潰しをする。


「よっと」


 で、丁度いい高さに足があったから、俺はラリアットを食らわせた。


「むぐッ!?」


 面白いくらい簡単に、イスティは畑に顔を突っ込む。

 まるで土下座のような姿勢で。


「ロナ! 見た? あの女騎士さんの下着! 青だった!」


「うるせぇ雌豚」


「くっ……殺すッ!!」


 そのままの態勢で、土まみれの顔を上げたイノシシ娘。

 両目は血走り、濃厚な殺気が漏れ出ている。


「……駄目だな。お前さんの正義は検証するまでもない」


「ほざけぇ! 総員、抜剣! 落日の悪夢を地獄に送ってやるぞッ!!」


 イスティは目尻に涙を滲ませつつも、膝から立ち上がりながら吠えた。

 そんなに悔しかったのかね。

 ただ、この程度のヘマは騎士団も慣れっこなんだろう。


「「「……オーッ!!」」」


 不揃いな雄叫びと共に、奴らは各々の得物を構えた。



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