Task1 冬将軍と打ち合わせをしろ
ごきげんよう、俺だ。
今回の依頼主は、お馴染みのハラショーエルフだ。
召喚された場所は、ちょっとした別荘みたいな規模の洞窟の中だった。
入り口が最上層で、そこを含めて下に四層。
俺のいる三層目には、どうやって持ち運んだのか、立派なテーブルが置いてある。
ランプと地図と紙束は、殺風景な板切れの上を彩っていた。
そしてそれを囲むのは、俺とロナと、ハラショーエルフ。
「今回、ご足労頂いたのは他でもない。タヴァリーシチ・ダーティ・スー。
うちのサイアンが逃げたので、ルーセンタール帝国の連中と、物好きな冒険者を蹴散らして欲しいですぞ。詳しくは、これを」
さらっととんでもない事を抜かしやがった気がするが……まあいいさ。
ハラショーエルフの差し出してきたレジュメを、拝見させてもらう。
隣のロナが「おえっ」と言ったのを、ハラショーエルフの奴はにやにやしながら眺めていた。
「いや、無茶ぶりでしょう、これ……別件で幾つかの冒険者パーティが同じ作戦領域に集まるのを、まとめて相手取るとか。
しかも最悪、サイアンさんが殺されますよね?」
「心配ご無用! どうせ奴は自力で戦えますからな。それに囮の役目が終わったら、こちらでさっさと回収しますぞ」
こりゃあパンツ姫の調教も兼ねているに違いない。
素晴らしい。
相変わらずクソッタレな事を考えつくぜ。
「ストリップショーとは、洒落た真似しやがる。報酬は弾んでくれるんだろ?」
「貴殿はDランクですからな。少し出費は嵩むのがアレですが、信頼と実績がありますぞ!」
「そういえばクラサスさんはBでしたよね。ビヨンドって、割と昔から存在した職業なんですか?」
ロナの口から例のカラス野郎先生の名前が出た途端、ハラショーエルフは渋面を作る。
「さあ? 怨霊を成仏させて無事に転生させるビジネススタイルらしいですが、知ったのは割と最近ですな。奴がビヨンドだった事も。
ちなみに我輩、それまでは転生者を相手にしておりました」
「ふぅん。転生者ですか……ピンからキリまでいたんでしょうね。脳みそ下半身な役立たずとか」
暗く歪んだ笑みと共にロナが吐き捨てると、ハラショーエルフは顎に手を当てて上を見る。
「ほむ。そんな役立たず共でもカモにはできますぞ」
「何やったんですか……」
「聞きたいですかな?」
「いや別に」
「俺は興味がある。樹の幹のウロだと思って話してみろよ。カブトムシの幼虫なら何を聞いても大丈夫さ」
少なくとも一つ。
それさえ聞いておけば、俺が万一ヘマをやらかした時にハラショーエルフがどんな手でお仕置きしてくるかが解る。
「同志はどちらかと言えばスズメバチですな。色からして。
で、カモにした話ですが、異世界から取り寄せた魔道具と偽って失敗作をそれなりのお値段で売り付けてやりましたな。
使い道が解らないから好きにしていい、いわば工作キットだと言えば、創意工夫が大好きな彼らはすぐに食いついてくれましたぞ。
結局はガラクタですがな! うははは!」
「うわぁ、最低だ……だから聞きたくなかったのに」
「何を言う。最高だろ。ホームシックの坊や共には丁度いい遊び相手だぜ」
「他には探索済みのダンジョンの地図とか。ほら、我輩エルフですからな。
時間の感覚が人間とは違うからって言い訳が通用するのですな」
「いい商売だ。才能のなせる業だぜ」
「スーさん、それ皮肉ですよね?」
「いや? 褒めてる」
「明日の天気は雨かな……雪かもしれないなあ」
どっちだって構いやしねぇが、俺もガラクタを掴まされないように気をつけよう。
油断すれば明日の朝日が拝めないような奴が珍しく上機嫌だったら、その周りの奴はそいつに対し何か裏があるか疑いながらもその上機嫌が続いてくれる事を祈るだろう。
俺は、その祈られる側でありたい。
「とにかく、面白い奴だよ。この依頼主さんは」
ハラショーエルフは、困惑する。
奴はその理由を口にするが、想定通りだ。
「本当はここで喜びたいのは山々なのですがな。それをすると“世辞で喜ぶ間抜けめが”と嘲笑されそうな予感が」
そりゃそうだ。
お前さんは毎日が仮面舞踏会なんだからな。
「俺は笑わない。フリでも喜んでおけよ。
そうすりゃ煽てた奴は油断する。器用な連中はそのやり取りを第三者に見せびらかす。
二人といない親友との茶会に誘うのさ。美しい友情物語の始まりだ」
「……やっぱり皮肉じゃないですか」
「お前さんの住む世界は太陽が光ってないらしいな……笑えよ、ロナ」
「まったくこのクソ野郎は、童貞捨てて吹っ切れたんだか、調子こいてんだか……」
ロナは両手の人差し指を突き合わせながら、目をそらして唇をとがらせる。
お互いの初めてを捧げあったんだ。
もう少し、明るく楽しくやってくれてもいいだろう。
「お前さんが苔なら、俺は岩だぜ」
「お二人がついにベッドインと。境遇的に身体を許すとは思えませんでしたが」
「境遇……お前さん、どこまで調べたんだい? 一度もそんな話はしなかった筈だが」
ハラショーエルフの奴、俺の目を見ようとしねぇ。
別に構いはしないが、迂闊にそういう事を言うべきじゃないぜ。
それとも、そうやって口を滑らせたのも策略かい?
「……とりあえず先ほどの件は、くれぐれも内密に願いますぞ。我輩の信用問題に関わりますからな」
白々しい事を抜かすハラショーエルフに、ロナは肩をすくめた。
「信用? もう無いでしょ」
「えー? 無いですかな?」
「そんだけワルをやってたら、悪評なんてすぐですよ。すぐ」
なんて指摘も、ハラショーエルフはものともしない。
ステッキを得意げに回して、平坦な胸を張る。
「我輩が直接手を下さずとも、部下に入れ知恵すればどうとでもなりますぞ。
そも、我輩は初めからカモの前には出ませんからな。普段はヒゲを付けた変なエルフで通っておりますぞ。
誹謗中傷の類は死活問題なので、信頼と実績で黙らせますな」
「スーさん。この外道を地獄に送りたいのですが」
指差すロナの肩を、俺は抱き寄せる。
「そしたらこいつは地獄を牛耳るだろうな」
「始末に負えないですね」
「こいつも黒焦げになったキャベツだ」
「うはは。そのようなキャベツは雪山にでも捨てておく事ですな」
そうしたいのは山々だが、それじゃあ報酬がフイになるだろう。
道端に捨てるのとはわけが違う。
まったく、食えない奴だぜ。