Intro 不穏なる者達
これよりMISSION02です。
投稿ペースが遅くなりますが、どうか今後もお付き合い頂ければ幸いです。
「マキト、この道で間違いないのだな?」
女騎士イスティ・ノイルは、隣に立つ魔法使いの少年に尋ねる。
「地図によれば、その筈だけど……」
魔法使いの少年津川巻人――マキトは、首を傾げる。
その視線は地図と、緑の生い茂る遺跡とを行ったり来たりしていた。
「リッツとリコナは、どう思う? この辺の地形は詳しいと思うんだけど」
エルフのリッツ、猫人のリコナは互いに顔を見合わせ、それから同時に首を振った。
「わたくしは、あくまで故郷が森の中というだけで、ここの土地勘は無いです」
「残念ながら、アタイも……ガキの頃は奴隷だったし、その後は街でこそ泥やってたし」
五人のうち四人は、どんよりと淀んだ空気を纏う。
先が思いやられるとは、まさにこの事だった。
だが、残る一人は違った。
「情けないのう! 儂ならどんな鉱山でも瞬時に見抜いてやるぞい」
ふさふさのヒゲを揺らし、ドワーフはカラカラと笑う。
その様子を面白く思わないリコナは、耳と尻尾の毛を逆立てて牙を剥く。
「あ゛? 今は森の中の話をしてんだろうが。ケツに鉄鉱石ぶっこんでろよ」
「あぁん、マキト! 儂、いじめられてる! 助けて!」
「喧嘩を売ったのはブロイじゃないか」
身体をくねらせて、ドワーフ――ブロイはマキトに泣きつく。
マキトはそれを冷ややかに横目で見やり、リッツは溜息をつきながら肩をすくめた。
「窘めたって無駄ですよ、マキトさん。“オラモンドのブロイ”は忘れん坊の代名詞なんですってね」
一同は苦笑交じりに進んで行く。
遺跡は広範囲に作られており、終りが見えない。
そろそろ引き返そうかとマキトが振り返るが、獣人リコナがそれを手で制した。
「あー、ちょい待ち。声、聞こえて来ない?」
「ですね。行ってみましょう」
―― ―― ――
一行は、その声の元をたどる。
そこには幾つもの切り株に腰掛ける複数の人々と、ひときわ大きい切り株を壇上にして教えを説く者の姿があった。
「――不穏なる陰が近付きつつありますが、決してそれに応じてはなりません。
罵る声があれば優しく諭してあげましょう。武器を手にやってきたなら、泉へ案内してあげましょう。
飢える者には食事を与え、肥え太った者には寝床を与えましょう。
悪逆を為す者達に施す事は悪ではありません。静寂の尊さを教え、そして私達の家族として受け入れる事こそが、森の神々の教えであり……」
リッツはその演説の内容に耳を傾け、やがて確信したように頷いた。
「“森教”ですか……」
「リッツ、何か知ってるの?」
「ええ」
マキトの問いに、リッツは頬を緩める。
残る三名はリッツの長講釈の予感に、揃って顔を見合わせながら肩をすくめる。
「故郷の近くの村に、そういう教えがありました。わたくし達エルフを人間が崇めるっていう教えです。
もう百年も昔に途絶えた筈……珍しい事もあったものですね」
「興味深いのう。儂も崇められてみたい。“石教”とか名乗って」
「硬そう」
ブロイが冗談めかして言うのを、リコナが更に茶化した。
水を差されたブロイは、人差し指を咥えて首を傾げてみる。
「えー。駄目かのう」
マキトは彼らの緊張感のなさに辟易しつつも、今は声を荒げるべきではないと考えた。
今この場で出せる、自分なりの最適解は何か。
「……とにかく、目的の村である事を祈ろう」
マキトにとってそれは、ここまでのやり取りを放り投げて、前に進むよう促す事だけだった。
一行が森教の者達へと近付く頃には、司祭らしき老人が長い顎髭をなでてくつろいでいた。
だが、老人は一行の姿を見ると、すぐに立ち上がり一礼する。
「よくぞお越しくださいました。皆様を歓迎します。皆様の旅路に、森の加護のあらん事を……」
老人は胸の前で指を動かし、上向きの矢印のような軌道を描く。
「「「森の加護のあらん事を……」」」
信徒達もそれに倣う。
リッツは興味津々といった様子だが、他の四名は呆然と見ているだけだった。
「“樹霊章”……世界樹を象った、祈りの印ですね?」
「よくご存知で」
リッツの問いに、司祭の老人は満足気に頷く。
呑気な会話に痺れを切らしたイスティは、司祭を睨んだ。
「日が暮れる前に本題に移りたいのだが、よろしいか?」
マキトは彼女の肩を叩いて、それを諌める。
「イスティ、訊き方が良くないよ。えっと……ごめんなさい、司祭さん。その、僕達の来訪には理由がありまして……」
彼らがここへ来た、ただ一つの理由。
それは、とある人物を打倒する為だった。
盗賊ギルドを離反した者達による麻薬密売騒動。
ギズウィックから脱走し、森に迷い込んだ奴隷。
ルーセンタール帝国から派遣された帝国兵団先遣隊の失踪。
遺跡に近寄る者達を次々と葬り去る“キラーラビット”と呼ばれるモンスター。
それら全てを辿っていくと、どれもが彼に辿り着いた。
今や多大な恐怖と共に“落日の悪夢”の異名を轟かせる、ダーティ・スーという仇敵。
彼を、今度こそ仕留めねばならない。
「よし! 盟友に恥をかかせた罪、償わせてやるぞ!」
「イスティ。落ち着いて。森教の人が見てるから。不穏がどうとかって言われてるから」
マキトはイスティの決意を理解しつつも、胃薬が恋しくなっていた。