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Task6 早草るきなと接触せよ

 まだまだ続きます。


 特訓を始めてから二十日間。

 お嬢様もロナも、ようやくサマになってきた。


 体力、反射神経、どっちもいい具合に仕上がってきている。

 ここまで存外に早かったからスケジュールに余裕ができた。



 そこで、黒幕を気取るならやっておきたい事がある。

 偵察だ。


 お嬢様にはその間に、奴自身が一番必要と思ったものについて勉強させている。

 補佐役としてロナを付けさせた。

 流石にボディガードや召使い共にその仕事をやらせるのは、俺が仕事したうちに入らないからな。


 ありがたい事に、今のお嬢様にはこの世界に関係する重要な知識がある。

 それは、いずれ相手するだろう魔法少女共の活動範囲だ。

 曰く“そういう設定だから”で片が付くそうだ。


 早草るきなは、この時間はよくお友達と遊びに行く。

 閃きが丘商店街という所が、奴の目的地だ。

 臥龍寺財閥諜報部からお嬢様経由で知らされた俺は、早速そこへ向かう。



 程なくして、俺は早草るきな――つまりレジェンドガールを見つけた。

 お友達の女の子が一人、それと……。


「なあ、暇してるなら遊ぼうぜ~?」


「俺、車持ってっからさ! 車!」


 面白そうなオマケが二人。

 オマケコンビは髪を染めていて、俺に負けず劣らず派手な服を着ている。


「えっと、その、予定があるんで……」


「逆に? いいじゃん、夏休みだよ? 思い出作りしなきゃ!」


 たじろぐ乙女達に、お構いなしのクソガキ共。

 ……出やがったぜ、このお約束。

 じわじわと裏路地に追い詰めたりなんかして、一体全体何をしようというのかね。


 これでパンツ姫だったら颯爽と登場して助けに入るんだろうが、そいつは俺のやり方じゃあない。

 俺は俺のやり方で、この小さなタスクにケリを付けよう。


 クソガキ共は俺に背を向けている。

 俺は路地に入り込み、その背中に軽く触れる。


「お前さん達、やめといたほうがいいぜ」


「は……? 何調子こいてんの? ぶっ殺すよ?」


「邪魔しないで欲しいんですけど~?」


 振り向いたガキ共は、いかにも怒っているふうな顔を作ってやがる。

 生前の俺なら容赦なく殴られていただろう。

 残念だったな、今の俺で。

 一度くたばってからは、肝が据わっちまったんだ。


「そいつは魔法少女だ。不屈の魔法少女、るきな。化け物共と云十年も戦い続け、親玉をぶっ殺した、正真正銘のレジェンドだぜ」


 俺は、るきなを指差す。


「奴は、かの臥龍寺財閥が手に入れる予定だ。お前さん達みたいなドブネズミが食っていいチーズじゃないのさ」


 みるみるうちに、奴らのツラが青ざめていく。


「は!? いや嘘でしょ! そんな魔法少女がすぐ近くに――」


「――それとも、揉み消しの手間をかけさせるつもりかい」


 奴の言葉を遮り、銃を取り出して目の前で弾を一発ずつ装填してみせる。

 おもちゃの銃と思われちゃ面倒だし、こうして弾を見せたほうが早い。

 もちろん銃刀法違反だが、奴らがそれを言いつけたとして誰が腰を上げてくれるのか。


「最近ご無沙汰でね、手が滑るかもしれん」


 銃口を突き付ける。


「ひっ……やべぇ! に、逃げろ!」


 一目散に走り去っていくガキ共を見送り、俺はるきな達に視線を戻す。

 奴は、まるでドブの中のイトミミズを掴むような目で俺を見ていた。


「……おじさん、臥龍寺財閥の関係者ですよね?」


「あいにく、名刺を持っていない」


 俺は愛銃をくるくると回し、コートの裏のホルスターに入れる。


「さっきの不良をけしかけるなんて、臥龍寺財閥ならお手の物。

 以前もそうやって、配下の魔法少女が私の危機に駆け付けたと装って、勧誘してきました」


「だったら、お前さんが変身すれば済む話さ。何故やらない」


 そもそも「魔法少女って何の話ですか?」とすっとぼけりゃ丸く収まっただろうに。

 だが、そんな余裕は無さそうだ。

 両手の拳を強く握って、わなわなと震えるこいつには。


「私は……! 普通の女の子でいたいんです。普通に学校生活やって、普通に、恋をしたりして」


「お前さんの意志は関係ない。世界中の悪意はお前さんに釘付けだ。

 今に、雑巾絞ったバケツを水槽にぶちこむより酷い事になるぜ」


 その問いかけから数十秒。

 返答は無かったが、代わりに奴の眉間には深いシワが刻まれていった。


「……行こ、あいり」


「う、うん」


 やがて、奴はお友達の手を引いて俺の横をすり抜けていく。

 無視するのは感心しないな、レジェンドガール。

 俺は指をパチンと鳴らして、奴らの進路上に煙の壁を作る。


「……っ!?」


 振り向いた奴らの表情は、様々な感情を含んでいた。

 侮蔑。

 懐疑。

 そして、恐怖だ。


「――平穏、栄光、恋人、友人……何もかもを手に入れた今、お前さんは自由だ。

 路傍に転がる石を蹴飛ばす事も、放っておく事もできる」


 俺は足元の石を拾って、ゆっくりと歩を進める。

 一歩進むたびに、奴らは目を見開いていく。


「だがもしもその石がいたずら好きで、馬車を転がす事を喜びとしていたら?

 間もなく馬車がやってきて、そこに貴婦人が乗っていたら?」


 俺の問いに、奴は答えない。

 答えをそもそも持っていないのか、或いは考えているのか。

 だが、それでこそやり甲斐がある。

 初めから悩まない奴はよっぽどの馬鹿か、運の良かった奴だ。


「御者は石に気付かない。哀れ、貴婦人は馬車と一緒に真っ逆さま。

 貴婦人は己の不幸を呪うだろう。あそこに石が無かったら、と」


 レジェンドガールの足元に石を放り投げ、そして指差す。


「どうする、レジェンド。石はすぐそこにある」


「そっと掴んで、どかせばいい」


「なるほど。それもいい。結果としては蹴飛ばすのとさして変わらない。

 それじゃあ、やってみな。よく灼けた石だ。注意深く掴む必要があるぜ」


「……おじさん、名前は?」


「ダーティ・スー」


「へぇ。クリント・イーストウッドには似ても似つかないね」


 レジェンドガールの声は震えているし、作り笑いも引きつっている。

 精一杯の虚勢を張る程度でも度胸があれば充分だがね。

 “今日はツイてるか”ってか?

 ……いい趣味してやがるよ、まったく。


「そいつぁダーティ違いってもんだぜ。俺はあいつほどナイスガイじゃあない」


 煙の壁を解除して、俺は手を振りながら踵を返す。

 奴らは来なかった。


 収穫は上々だ。

 お嬢様の二番煎じにもなりかねないが、そこはいい。


 俺の顔を覚えさせた。

 奴は、俺を恐れた。


 コートを羽織った露出狂の連中にも聞かせてやりたいぜ。

 ナニを見せるより遥かに効果的だ。


 しかも、この世界での警察は臥龍寺財閥に心臓を握られている。

 汚職、揉み消し、何でもやりたい放題だ。

 実に素晴らしいね。

 お陰で、後からどうとでもできる。



 さあ、これから忙しくなるぜ。

 あのレジェンドガールの正義を検証し、お嬢様から見せ場を奪う。

 誰一人として、俺のシナリオを邪魔はさせない。


 この世界は、俺がイニシアティブを握る。

 つまり賭けに勝つのは、この俺さ。




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