Task2 ガールズトークを鑑賞せよ
中庭の一角にあるベンチに三人で腰掛ける。
俺が真ん中。
右にロナ、左にお嬢様だ。
お嬢様から色々と聞いた話によれば、どうやらここは格闘ゲームの世界によく似ていて、お嬢様の“中身”はそれのキャラクターデザインを担当していたイラストレーターだったらしい。
大筋は予想した通りの内容だが、予想以上にややこしい問題もある。
“中身”が取り憑く前のお嬢様は、この世界で最強の魔法少女に喧嘩をふっかけたらしい。
しかもたちの悪い事に、その過程で色々とやらかしてきた。
ただたんに挑むだけでは負けるから、俺がコーチとして呼ばれたという。
実にクソッタレな話だぜ。
「ところで、紗綾さんは享年何歳でした?」
「27……」
「あたしは25……」
お嬢様は少しだけ口元を引き攣らせ、すぐに胸を張る。
「ふっふーんだ! わ、わたくしだって、今はぴっちぴちの16歳でしてよ! 現役の生JK!」
「い、言い方がおじさんですって……」
「そうですわ! わたくしが変なお嬢様ですわ! 身体は乙女、心は年増!
ああ、なんという事でしょう! 仕事に没頭するあまり、恋にも恵まれず……!
どなたか、素敵な殿方がわたくしを拾って下さらないかしら?」
27が年増?
クソ食らえだ。
そして何より、頬に手を当ててもじもじしながら横目で俺を見るんじゃねぇ。
同郷がいなくて寂しかった気持ちは解らんでもない。
だが、俺はその世界出身とは限らないんだぜ。
「スー先生も同じくらいの精神年齢でして?」
「無神論者である俺が神に誓って言わせてもらうが、中身がいくつだろうとそんなものは些細な問題だ。
俺は俺さ。好きな年齢を想像してくれていい」
「まあ! ミステリアスな殿方も、魅力的ですわね!」
「俺以外の誰かに期待しな。たとえば、そろそろ来ると思うんだが……流石に、二度目は無いか」
「あいつですか。やたら話の長い、あの」
ロナは察しが早い。
恐ろしいぜ。
「そう。あの野郎だ」
あのチョコレート肌のエルフ、クラサス・リヴェンメルロン先生は転生のスペシャリストだ。
どういう因果でその分野を極めたのかは、想像したくもない。
「何の話ですの?」
当然ながら、蚊帳の外なお嬢様は呆然と首を傾げる。
「こういう話をしていると、どこからともなくやってくるのさ。この手の専門家が」
「転生の専門家と。なるほど、面白そうですわね」
などとお嬢様は呑気に両足をぱたぱたさせて空を仰ぐが、俺からすれば願い下げだ。
あのカラス野郎はいつだって、隙を見て長講釈を挿し込んで来やがる。
「俺は関わり合いになりたくない」
「そうですね。まぁ他人からすればスーさんも大概でしょうけど」
「そんな奴の隣にいようとするゲテモノ食いがいるらしいな」
途端に、ロナの得意げなツラが引き攣った。
まるで淹れたてのブラックコーヒーを一気飲みしたみたいな、あのツラを見せる。
「言うな」
「ふふ、お仲がよろしいのですね」
「「いや、それはない」」
クソッタレ。
ハモっちまったじゃねぇか。
俺とロナは顔を見合わせて、すぐにそっぽを向いた。
「……ほら」
くそ、どっかで見たぜ。
視線をロナに戻せば奴は舌を出しておちょくっているので、俺はその舌を指先でつまむ。
「穴あき泥船マニアなんざに好かれても、ちっとも嬉しくねぇ」
するとロナは俺の指をかじった。
仕方がないから指を引っ込めると、今度は俺の脛を蹴ってくる。
「うるせぇ、クソが。黙ってあたしを隣にいさせろ。いちいちあたしを事ある毎に試しやがって」
「まあ素敵! という事は、スーさんをわたくしが奪っても、誰にも咎められませんわ!」
「「いや、それはない」」
――おいおい、勘弁してくれよ。
この俺様が一体、何をしたっていうんだ?
俺とロナはまたしても顔を見合わせて、今度はお互いに肩をすくめた。
「……あら?」
「冗談は止せよ、お嬢さん。ただでさえこのゲテモノ食いが俺の母屋を陣取ってやがるんだ。
そのうえ離れにまで住まれてみろ。俺は納屋で寝るしかない」
「そうですよ。いつものポエムはともかく」
「……ああ、比喩でしたのね!」
少し間を置いて、お嬢様は両手を合わせる。
そこに、ロナは俺にそっぽを向けたまま、注釈を加えた。
「多分、あたし達に容量を割くと自分のキャラクターが保てなくなるって言いたいんですよ」
ここまでは、よくできた助手だと褒めてやりたかった。
何でもかんでもすぐ翻訳したがるのは少しエレガントさに欠けるが。
問題は、その後だ。
「それに、あたしから奪うなら、あたしが初めてを捧げてからにしてください。
そうそう、同業者に訊いたんですけど、ビヨンドは種無しの卵なしだから毎日が安全日らしいですよ?」
「お前さん……」
生々しいぜ。
俺とした事が、言葉を失っちまった。
「“生理が来ないの”って脅すネタが出来ないのは寂しいですけど。
ほら、シモネタだぞ。おっ勃てろよ。えっちな女の子は好きだろ」
などと、肘で小突いてきやがる。
なめやがって。
萎えるだけだぜ。
「俺が寝てる時に、勝手に上にまたがってくれ」
「いや、お前……寝ないじゃん」
「奇跡を呼ぶ愛だけが、本物の愛と呼べるのさ。悔しかったら神話の世界からヒュプノスを引っ張ってくるこった」
「そんなの奇跡とは言わない……」
「奇跡というより、強硬手段ですわね」
「それです」
びしっと指差すロナの仕草は、中々に堂に入っている。
小鳥達のさえずりが間をもたせながら、少しだけ俺達は黙った。
「……そういえば、わたくしの素性を聞き出した理由は?」
「俺が勝負に勝ったからさ」
「まあ! 意地悪なお方ですこと!」
などと頬を膨らませてやがるが、どう見ても楽しんでいる。
俺を挟んで反対側のロナは、俺の太腿に頬杖をつきながら身を乗り出した。
俺はテーブルじゃねぇんだぜ。
髪の匂いを嗅いでやろう。
この皮脂とシャンプーの混じった仄かに甘い香りがたまらん。
パンツ姫がお熱になるわけだぜ。
「こいつ、肝心な説明はいつも省きますからね。一緒にいたければ、まず振り回される覚悟をしたほうがいいです」
「興味深いですわ。わたくしに情報を提供して下さってもよろしくてよ」
「無理にお嬢様ぶらなくていいんですよ」
「意外とクセになりますの。ふふ……」
「あー……解っちゃうのが、つらい。ここにもロールプレイ依存症がいたか」
「だって、生前は演劇部にいた事もありますもの。何より、折角の異世界転生ですし。
それで? こちらの素敵な殿方と付き合うコツは?」
「そうですね、まずこいつのクソポエムの意味を解読する事。
ちょっとでも違和感を感じる言葉があったら、すぐに喩え話を疑ってください。
額面通りに受け取ると痛い目を見ます。危うく勘違いしかけた時はマジでひやっとした……」
「ほうほう」
「その世界に無い物を言い出したら、それは怒ってる時か探りを入れてる時だと思ってください。
本気で怒るのはそう無いとは思いますが、そこは声のトーンで――……」
――思いのほか、ロナとお嬢様は打ち解けるのが早い。
俺の両隣にいる事も忘れて、すっかりガールズトークに花を咲かせてやがる。
本格的に家庭教師の仕事を始めるのは、数十分後。
爺さんが紅茶を三つ載せたトレイを片手に、様子を見に戻ってきてからだった。
まったく、世話の焼けるお嬢さん達だ。
ここはカフェのテラスじゃねぇんだぜ。