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Task1 臥龍寺紗綾に“挨拶”しろ

 ごきげんよう、俺だ。

 今回晴れてDランクに昇格した俺をご指名頂いたのは、可愛いお嬢さん。

 小高い丘の上、赤レンガの洋風な屋敷に住んでいる。


 最初にお嬢さんを見た時は、ぶっ飛んだぜ。


 空色の髪はウェーブを描いたツーサイドアップで、両目は灰色。

 ちょいとばかり不健康な肌の色だが、そこは深窓の令嬢なら仕方のない事さ。


 服はゴシックロリータと表現される、フリルをふんだんに用いた黒と緑のツートンカラーのドレスだ。

 金色のアラベスク模様がアクセントになっている。


 ……服装はともかく、この髪色と目で日本人とはね!

 不思議な世界もあったもんだ。


「はじめまして、ダーティ・スーさん? わたくしが依頼主の、臥龍寺紗綾がりょうじ さあやですわ」


「お前さんかい。俺に、家庭教師をして欲しいと言った奴は」


「こら! 口の利き方に気を付けろ! 紗綾お嬢様は、臥龍寺財閥の御当主の令嬢であらせられるのだぞ!」


 こりゃ参った。

 執事の爺さんに怒られちまった。


「御免遊ばせ、とでも言えばいいのかい。扇子を口元に当てて」


「き、貴様……!」


「ああ、うちの者が失礼いたしました」


 今にも殴りかかろうとする爺さんに、ロナが前に出て手で制す。

 肩越しに一瞬だけ振り向いたロナの視線は「勘弁してくれ」って声が聞こえてきそうだ。


「当方から、きつ~く叱っておきますので、どうかご容赦願えませんか?」


「構いませんわ。この高貴なるわたくしと対等に接しようと涙ぐましい努力をなさっているのですもの。

 それに免じて、ここは許して差し上げましてよ! おーっほっほっほっほ!」


 お嬢様は左手を腰に手を当てて、右の平手を口のやや左横に当てながら胸を張る。

 嫌いじゃねぇぜ、そういうの。


『このクソ野郎。しょっぱなからタメ語で話すからこじれるんでしょうが』


『いつもありがとう。助かるぜ』


『……許す』


 念話が一区切り付いた頃には、高笑いをやめたお嬢様が、探るような視線を俺達に寄越していた。


「で、何から教えりゃいい? あいにく、魔法は専門外だぜ」


「お嬢様、本当に大丈夫なのでしょうか……」


「爺。中庭は片付いていましたわね」


「まさか、仕合を!?」


「直接やり合えば解りますでしょう。下賤の者とはいえ、このわたくしが教えを請う相手ですわ。

 その実力をしっかり知っておくべきではありませんこと?」


「……そう簡単にお嬢様が負けるとも思えませんが」


「ええ、もちろん手は尽くしますわ。全力でお相手する事こそが、臥龍寺財閥令嬢の高貴なる務めですもの。

 それに万一、手を抜いた結果として負けたら、それこそ臥龍寺一族の恥でしょう?」


 自信たっぷりな口ぶりとは裏腹に、その視線は落ち着かない。

 そして違和感はロナも気付いているらしい。


『妙ですね。傲慢な口調の割に、よくよく聞けばどことなく謙虚じゃないですか』


『今回も“混ざりモノ”って事さ。胸糞悪いぜ、まったく』


 塗り潰して可能性を奪う?

 塗り潰された奴はどこへ向かえばいいんだ。

 誰の仕業か知らねぇが、反吐が出るぜ。




 ―― ―― ――




 この中庭は、これといって面白みは無い。

 見事に片付いて(・・・・)やがる。

 大部分は土が露出した地面。

 ところどころに芝生、端っこにベンチがあるくらいだ。

 あとは、暴れまわるには充分な広さがあるって所か。


「行きますわよ」


 お嬢様の奴は、懐から赤黒いペンダントを取り出す。

 奴がペンダントを掲げると、そこに光が収束し、しっぽの長いサソリみたいな杖が現れた。


 ゴシックロリータのドレスの上に、金色の鎧が付け足されていく。

 最後に赤黒いマントを羽織って変身終了だ。


「驚いた。服は変わらないのかい」


「真の強者は己を偽らないものですわ」


「嘘つけ。どうせまがい物の変身アイテムだろ」


「何故解った……と、とにかく! まずは全力で勝負ですわ。わたくしが勝ったら、授業料を半額返金。

 弱者から学ぶ事など、そう多くはありませんものね?」


「じゃあ、俺が勝ったら……」


 俺は、お嬢様の胸元を指差す。


「お前さんの中身を、ぶちまけさせてもらう」


「――! 稲光を纏う水銀の氷柱ゲフローレンメルクール・ウント・ブリッツ!」


 銀色の氷柱が狙いをつけて飛んで来る。

 しかもご丁寧に、それらの氷柱は稲妻の尾を引いていた。


 俺は避ける。

 左右に少しだけ身体をずらし、氷柱とすれ違う一瞬だけ、間に煙の壁を挟む。


 驚愕に顔を歪めたお嬢様。

 ああ、いい顔だぜ。


「お言葉だが、講師殿! 殺生沙汰を起こすなら、我々にも考えがあるぞ!」


「内臓って意味じゃないぜ。自慢のお嬢様は大変に聡明であらせられる。すぐに理解してくれるだろうよ」


「何だと!? どういう意味だ!」


 決闘の最中に水をさしてくれるなよ、爺さん。

 俺は良くても、お嬢様がトサカに来ちまうぜ。


「返答次第では今すぐに仕合を中止――」


「――爺や! お黙りなさい! 気が散って勝負になりませんわ!」


「も、申し訳ありません!」


 ほらな。

 まぁ、俺としても美女と戯れるのに片手間というのは少し申し訳ない。

 すっかり興醒めなのか、氷柱が止んだ。


「まったく……わたくしとて、遊びでやっているのではありませんのよ」


「そうだろうな」


あなたに(・・・・)申し上げたのですわ。スーさん」


「俺かい」


 にわかに、お嬢様の表情が険しくなる。


「どうやら、身体で覚えさせる必要がありそうですわね」


 今度は、銀色に光る氷のつぶてだ。

 相変わらず遠くからじわじわ追い詰めるってセコい考えなんだろうが、これは煙の壁で防ぐ。


 あっという間に辺りが土煙で覆われた。

 垂れ流していた氷の礫が止まる。


 その間に俺は、煙の槍を両手に。

 そして、俺の周りにも展開する。

 距離をゆっくり詰めていく。


 視界が晴れてくる直前に、お嬢様はひとりごちた。


「いかがでして? わたくしの集中砲火は」


 だが。


「お決まりの台詞をどうも。“やったか”よりは似合うぜ」


 奴の視界には、至近距離で完全武装した俺が映っているに違いない。

 俺は指を鳴らし、空中にある煙の槍を一斉掃射する。


「魔法……!?」


 更に、こっちは二刀流、相手は杖一本での鍔迫り合い。

 ちょいと後ろに引いて回し蹴りを食らわせると、お嬢様は杖を取り落とした。


 一瞬だけ目を逸らしたお嬢様に近づき、その頭を両手で掴む。


「――勝敗は決まったぜ、お嬢様」


「まさか、ありえない……魔物でもないのに、魔法少女を圧倒する程の力とは……!」


「あり得ないものを呼んじまったのが、お前さんだろう? 吐いてもらうぜ、洗いざらい」


 俺が手を離すと、お嬢様は観念したらしく、静かに首を振った。

 お嬢様の変身が解ける。


「……仕方ありませんわ。爺、少し席を外して頂けますかしら」


「御意に」


 爺さんが、そそくさと退出する。

 その様子を一瞥したあと、お嬢様はロナのほうを見た。


「ええっと、そちらの魔法少女さんはお弟子さんかしら?」


「くく、ふはははは!」


 こいつは傑作だ!

 確かにいつもの格好だから、魔法少女って言えばそういうふうにも見えるだろうがね!


「え! え!? 何かおかしい事がありまして!?」


「ふはは! いやあ、まさかロナが魔法少女と言われる日が来るとは!」


「あたしは何も面白くないですよ。魔法少女とか何の冗談だ」


 ふう。

 腹が痛いぜ。


「……悪い、悪い。じゃ、本題に入ろうじゃないか。依頼と、お前さん自身についてだ」


 貰っていた依頼内容は、こうだ。


“臥龍寺紗綾は、早草るきなという伝説の魔法少女と戦い、そして負ける。

 そうなれば、臥龍寺財閥は崩壊する。

 この運命を変えたい。その為の、力が欲しい”


 これはちょいと、詳しく調べないといけない。




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