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Final Task 真実を突き付けろ


 さて、パンツ姫。

 種明かしと決め込もうぜ。


「サキュバスにヴァンパイア、管狐くだぎつね、更にはウサギの獣人の血まで混じった、吸精のサラブレッド……」


「やめろ、それ以上は……!」


 パンツ姫はハラショーエルフを突き飛ばし、頭をかきむしりながら苦しむ。

 もちろん、俺はやめない。


「その強烈過ぎる副作用に、理性は耐え切れなかった。サボテンを胃の中で育てるようなものさ」


「――! う、ぐ、あぁぁぁあっ!」


 蜂蜜のような金髪は長く伸びながら、血を薄めたような薄紅色へ。

 日焼けしていない綺麗な肌は更に色が抜けて、屍蝋のような白へ。

 見る奴が見ればそそる(・・・)光景に違いない。


「心が破裂して廃人になる寸前のところに乗り移った、一つの魂……それが、お前さんだ。

 可哀想に……お前さんの魂が典型的な男だったなら、素直になれただろうに。

 残念ながら、お前さんはユニークな女だった。苦悩も人一倍ってわけさ」


「やめて、やめでぇ……! ぼ、ボクが、ボクじゃなぐなっぢゃうぅ……!」


 奴が頭を抱えながら膝をつくと、すぐに頭の左右から二本の巻き角が伸びていく。

 耳は変形して狐とも兎とも付かない形に。

 同時に、背中からはコウモリの羽が、腰の後ろからは狐の尻尾が生えてくる。


「――本当に解放されるべきなのは、お前さん自身じゃあないのかい?」


 スレンダーな体つきも少しずつ膨らんで、有り体に言えばすっかり“オンナ”の身体だ。

 小ぶりだった胸は大きくなり、ブラは今にもはちきれそうになっている。


「んっ、うくっ……」


 汗で濡れたロングヘアを揺らしながら、パンツ姫が顔を上げる。

 両目の黒く細長い瞳、そしてその周りには夕暮れのような紫色に縁取られた、金色が囲んでいる。


「ほむ。サラブレッドというよりも、キメラですな」


 ハラショーエルフは値踏みするようにパンツ姫を眺め、対するパンツ姫は長く伸びた牙を剥き出しにする。


「全部……思い出しちゃったよ。前の持ち主、ジョジアーヌが何を思って、心を封印したのかを……キミ達のせいでその封印が解かれてしまった!」


「人のせいにするのはやめようぜ。どっちにしろ限界だったんだ。

 あの時、俺達の接近に気付かない程に熱中するくらいだったからな」


「それでもジョジアーヌは、ずっと封じ込められていたかった。心が融け合った今なら、それが解る」


「その代償に乙女の下着を味わうってか? 足掻いても無駄さ」


「無駄かどうかは、ボクが決める!」


 無手でありながら、パンツ姫は牢屋から出てきて俺に襲い掛かる。

 まったく、世話の焼けるお嬢さんだぜ。


「カァアア!」


「おおっと」


 なりふり構わない一撃が、俺のすぐ横を掠める。

 なるほど、人間の姿を捨てたんだ。

 並の人間じゃ不可能な事ができてもおかしくはない。


「ボクは、勝ちたい……勝たなきゃいけない!」


 奴は手の平を水平にし、突きを放ってくる。

 それも、何の力も借りない奴からすればきっと目に見えないほどの速さで。

 俺はそれを次々と弾く。


「ロナを、ボクに、寄越せ!」


「嫌だと言ったら?」


 両手を掴む。

 さて、どう出たものかね。

 さっきまでの俺の余裕が嘘みたいだ。

 こいつが目覚めてからの動きが読めない(・・・・)


「無理やり奪ってみせる!」


 俺の手をひねってからの、回し蹴り。

 これには驚いた。

 もちろん、奴の言葉にも。


「お前さん……時を遡って今までの言葉を自分で聞いてみろよ」


「その必要が? ボクの心はブレてなんかいない!」


 自分で何を言ったか、それを解った上でそれを信じて疑わないのか。

 つまり最初から、こいつは自分の欲望に忠実である事を認めていたわけだ。

 故意犯にして確信犯と来た。


「大した面の皮だ」


 俺は煙の槍を何本か空中に呼び出し、顔面を狙う。


「伊達にしてやるぜ、お姫様!」


「当たるもんか!」


 奴は上体を左右に逸らしながら、一気に間合いを詰めてきた。

 俺は組み付かれ、首筋に何かが刺さる。


「初黒星、といいたい所だが……臆したな、お前さん」


 それは、奴の牙だ。

 俺が奴のツラを片手で押しのけると、その表情は驚愕に彩られていた。


「どうして……効かないの? 記憶が正しければ、これが一番の筈……」


「俺がことわりの外側にいるからさ。

 俺を消せばロナが悲しむとでも思ったようだが、その理屈が通用するのは普通の人間だけだぜ」


 容赦なく殺して奪えば、本人の気持ちはどうあれお前さんのモノにできただろうに。

 俺を魅了しようだなんて、浅はかな奴だぜ。


「ダーティ・スー……!」


 奴の恨みがましい視線は、すぐに消えた。

 どうやら無理が祟ったらしく、その場に倒れちまった。


「ボス、ご無事で!?」


「レンタル品のブツをお持ちしました! 檻に使う奴も!」


 おそろしく早いタイミングで、店員共が拘束衣と何らかの装置を運んできやがった。

 その口ぶりからすると、どれもあらかじめ用意していたらしい。


「ご苦労! すぐに実行するのですぞ! ダヴァイダヴァイ!」


「「了解!」」


 すぐさま、パンツ姫は拘束衣を着せられた。

 檻が閉ざされ、入り口に装置が付けられる。

 ハラショーエルフはその様子を見ながら、赤いハンカチで冷や汗を拭った。


「ふう……一時はどうなるかと。追加報酬として、ジョジアーヌ殿……いや、サイアンの処女を貰ってはくれませんかな?」


 取ってつけたような言い方をしやがる。

 どうせ、最初から利用するつもりだろう。


「……もともと、こいつを連れ戻せればそれで良かった契約だ。用は済んだ。帰らせてもらうぜ」


「然様ですか。勿体無い」


「ホムンクルスを作る為に、どうにかするって算段だろう。てめぇの穴で試す事さ」


「おお! それもやぶさかではありませんな!

 我輩も三百年の間、独り身でしたからな。欲望は全て研究のほうに振り切っておりました。

 がっつり熟成! エルフの辞書に売れ残りという言葉は存在しませんぞ!」


 ……どうだか。


「気が向いたらな」


 俺とロナの懐中時計が光る。

 ハラショーエルフのしょげかえったツラを拝みながら、俺達は帰った。




 ―― ―― ――




 いつものうらぶれたバーにて。


「別にいいんですけどね。あの雌豚共よりも前に……最初にあたしとシてくれるなら」


「なんだって」


「言いませんでした? 元カレとは“そういう関係”になる前に、フラれちゃったんです。

 つまり、あたしも未使用って事。男の人ってそういうの好きでしょ?

 いいですよ。あたしの事、滅茶苦茶にしてくれても」


「……どういう風の吹き回しかね」


「だってあたし、奴隷ですし。破滅的な関係って、燃えるじゃないですか。

 その後は誰かに寝取られてくれても、いや、そのほうがそそる(・・・)

 悲劇のヒロイン、可哀想なあたし。内なる心の王子様が、夢のなかで慰めてくれるんですよ」


 笑っちまっていいのか?

 深刻そうな顔でもすりゃいいのか?


 ふざけやがって。

 こんなのって、ありかよ。


「あー、お二方。お楽しみのところ悪いんだが、そういうのは個室でやってくれるかな」


 頭を掻きながらやってきたのは、無精髭の憎い奴。

 スナージ様のお出ましだ。


「俺は何も悪くない」


「いや、お前が全面的に悪い。爆発しろ」


「やなこった」


 くだらない押し問答の末に、俺はやっとの思いで酒にありつけた。

 スナージの野郎、俺がDランクに上がった事をついでのように抜かしやがって。




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