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Task5 サイアンとの決闘に勝利しろ


 約束の日の夕刻、ギズウィックの街にある“蒼天の柱”にて。

 大げさに柱と銘打っちゃいるが、二階建ての建物に囲まれただけの、四方が100メートルくらいの大きさの広場でしかない。

 その建物にしたって、赤レンガのありふれた造りだし、足元の石畳は灰色で代わり映えしない。


 そしてどこから集まったのか、大勢の観客共が広場の端に陣取っている。

 何故かバニーガールがシルクハットを逆さに持ちながら、その観客共から金を集めていた。


 広場の中央を見れば、王子様気取りのパンツ姫が仁王立ちしていた。


「約束通り来てくれたね……評判では、もっと不誠実な奴だと思っていたけど」


「あたしとしても思い当たるフシがありすぎて、気になりますね。どんな噂が?」


 俺の隣を歩いているロナが、首を傾げた。

 どうせ碌でもない噂だろうよ。

 大歓迎だぜ。


「山賊を馬車に詰めて焼き、その匂いで魔物をおびき寄せたとか」


「いいねえ。くたばっても惜しくねぇ連中だ」


 おびき寄せたのは衛兵だし、燃やしたのは依頼主の商売道具だがね。

 今思えば、勿体無い事をした。


「一流の冒険者が集まる街を一夜で滅ぼしたとか」


「あー……多分アレの事ですかね。誰がこの世界に伝えたのやら」


 ゲームの世界での事なんだが、同業者がこっちで広めやがったか?


「鍛冶屋から一品物の武器を奪う為に娘をさらって、塔の上から突き落としたとか!

 衛兵が嘔吐するまで腹を殴り続けて、止めに来た人を腐りかけの杭で突き殺したとか! 全部が全部、極悪非道だよ!」


 観客共は口々に「そうだそうだ!」と喚き立てる。

 いいねえ、まさしく公開処刑にふさわしい舞台だ!


「だが、その極悪非道なダーティ・スーに喧嘩を売ったのはお前さんだぜ」


「だって、ロナをそんな奴と一緒にいさせたくはないんだ」


「とか言って、どうせあたしのパンツの匂いを嗅ぎたいだけなんじゃないですか?」


「ふふ……その件については放っといてくれるかな……」


 前髪をかきあげながらあさっての方向を見て言っても、ちっともサマになりゃしねぇ。

 印象ってのは、それだけ大切なんだよ。


「さっさと始めようぜ」


「望むところだ」


 お互いが位置について、武器を取る。

 パンツ姫はレイピアを。

 俺は、ダガーナイフを。


「お前さんの正義を検証してやる。他の奴らと同じように」


 俺は指輪からバーボンのビンを取り出し、飲み干す。

 それを真上に投げた。


 くるくると回りながら、ビンは俺とパンツ姫の間で割れる。

 それが決闘の合図だ。


「――!」


「来いよ」


 決闘が始まるや、パンツ姫は踊るように華麗なステップで寄って来る。

 繰り出される突きを、俺は裏拳で弾く。


 なるほど、御大層な二つ名は伊達じゃあないらしい。

 隙のない動きは、それなりの手練れという事を感じさせる。


 俺が今まで戦ってきた相手は、みんな大振りの攻撃ばかりだったからな。

 こういう手数で攻めてくる奴は、新鮮でいい。


「検証って言ったけど、キミは誰かをいたぶって楽しんでるだけだ!」


「悔しかったら俺を牢屋にブチ込んでみな!」


 こいつも運が無いな。

 経験とはすべからく普遍的なものだぜ。

 大抵の料理に玉ねぎを入れても、そこそこサマになるのと同じさ。


 どんな戦いでも、得物は生命線だ。

 俺はなるべくレイピアの根元を狙って、ダガーをぶつけた。

 少しずつ相手の武器の重心をずらして、集中力を奪う。


 手数には手数を。

 奴の細い指じゃあ、できる事は限られている。


「そろそろ本気を出したらどうだい?」


 観客共は揃って葬式みたいなツラをしてやがる。

 いい顔じゃないか。


「ボクは最初から、本気だ……っ!」


 真正面から、突きが来る。


「獲った!」


「甘すぎるぜ、王子様」


 俺は左手に煙の槍を作ってレイピアを挟み込み、空間に固定した。


「――っ!?」


 その勢いに乗って、相手の右手首をひねる。

 指が緩んだところを、俺はレイピアを掴んで放り投げた。


()った」


 レイピアは石畳に叩き付けられ、根元からポッキリと折れた。

 テーブルにフォークを転がしたような音が、石畳に響く。

 そして俺は煙の槍をありったけ、パンツ姫の腹に叩き込んでやった。


「げぅ、うっ……!」


「ゲームセットだ、王子様」


 俺は倒れそうになった王子様の胸倉を掴み、耳元で囁く。


「俺に出会うまでがイージーすぎたのさ。

 借り物の力で雑魚を蹴散らし、たくさんの女の子に“よく頑張ったね”って、よしよしされたいんだろ?

 残念だったな。その甘い蜜をすするのは、お前さんじゃなくて、この俺だ」


 そら、反論してみやがれ。

 お前さんの正義が本物なら「それは違う」と言える筈さ。

 言った上で、奴隷を寄越せ。

 正義の責任を負うのが、今お前さんに課せられたタスクなのだから。


「ああ、旅のお方、その辺にしてやっては貰えんかね……奴隷なら他にもいるじゃないか」


 決闘保証人のおっさんが、おずおずと前に出る。

 怖いもの知らずなのは結構だが、提案の内容は頂けないな。


「カーテンコール帝国だか何だか知らんが、御大層な看板を引っ提げて喧嘩を売ったんだ。落とし前を付けるのがスジってもんだぜ」


「だが……」


 言い淀む保証人。


「ダーティ・スー!」


 立ち上がって、俺を睨むパンツ姫。


「ボクは、まだ終わってなんかない……!」


 こいつは驚いた。

 まだやる気かよ。

 更に忌々しいのは、周りの連中も乗り気だって事だ。


「いいぞ! 頑張れ“風の解放者”!」


「“落日の悪夢”を倒すのよ!」


 どいつもこいつも……。

 敵役の俺が約束を守ったんだぜ。

 どうして主役のこいつが約束を破る?


 俺は約束には寛容で忠実だが、お約束(・・・)は大嫌いだ。

 神様がいつでも奇跡を起こしてくれると思ったら大間違いだぜ。


 俺はホルスターからバスタード・マグナムを抜き取り、構える。


「じゃあ、続きはベッドの上だ」


「あ、ぐッ……!?」


 そして、パンツ姫の足を撃ち抜いた。

 生かして捕えるのが依頼だし、そもそも殺すなんて選択肢は最終手段であるべきだ。


「ダーティ・スーを殺せ!」


「「「オー!」」」


 そこら中で、観客共がビンやら手頃な物を武器にして鬨の声を上げる。

 みんなしてご立腹だ。


『ロナ。ずらかるぜ』


『……そうですね』


 夕焼け空に一発の銃弾をブチ込んで、その上でみんなの王子様の口にアツアツの銃口を突っ込み、再び撃鉄を起こす。

 その長い舌が猫舌だったら申し訳ないが、我慢してくれよ。


「不本意な奴隷解放になっちまうが、それでもいいのかい?」


 奴らはそれだけで黙った。

 俺はパンツ姫を抱えながら、ロナと一緒にギズウィックを後にする。



 ……大したもんだぜ、魅了って奴は。

 あのクソッタレのハラショーエルフが欲しがるわけだ。


 ちなみに、どうでもいい話も一つある。

 パンツ姫を手土産にマロースブルクへ向かう道すがら、何故かロナは終始にやにやしていた。




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