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Intro 運命的な出会い

 日頃からご愛読頂きまして、誠にありがとうございます。

 これよりMISSION05です。

 よろしくお願い申し上げます。

 緩やかな傾斜の続く山脈に作られた、緑豊かな山道。

 南の街ギズウィックと小さな村、そして山の麓のマロースブルクを一直線上に繋ぐこの山道は、馬車こそ通れないものの歩いて行くには近道だった。

 数十年前に大きな街道が敷設されてからは、人通りも途絶えて久しい。


 ……かのように思われていた。

 久々に、そこを駆け抜ける者がいたのだ。


 籠いっぱいの果物を抱え、三つ編みの赤毛を揺らしながら逃げる、一人の少女だ。

 不幸な事に、彼女は大収穫に浮かれてこの近道を選んでしまった。


「はぁ、はぁ……!」


 そして、その少女を追いかけるのは小さな影。

 それも複数だ。


「イヒー! ヌベスコイダリマキ!」


「ソベンヌョゲベテラサパコヌキ!」


 少女を追う者達は、毒々しい緑色の小さき者達……ゴブリンだ。

 その双眸は左右別々を向いており、また歯を剥き出しにした口元からはだらしなく涎を垂らしている。

 控えめに言って、とても正気ではない。

 意味不明な言語を叫び、ゴブリン達は粗末なナタを振り回す。


「ベヂョアモマキリシニキ! ヒーヒヒヒヒーヒー!」


「ひっ!? あっ……!」


 少女は木の根に足を引っ掛けて転ぶ。


「あ、ああ……」


 振り向いた少女は、絶望に目を見開く。

 ゆらゆらと揺れながらにじり寄るゴブリン達の獰猛な殺意に、少女は死を覚悟した。

 だが、その時だった。


「アチ!」


 接近しつつあったゴブリンのうち一匹の頭に、横から一本の矢が刺さる。


「アチーアチチチチーアチー!」


 泡を吹きながらゴブリンは倒れた。


「ゲボバゾゾンヌョ! アチー!」


「バヒバヒバヒバヒ! バッヒーアチー!」


 残る数匹も、次々と射抜かれて絶命する。

 最後の一匹が倒れた。


 少女は我を失っていたが、横合いから声が掛かる。


「キミ、大丈夫だったかい?」


 鼓膜を溶かすような、ふわりとしたソプラノボイス。

 少女は木漏れ日に照らされた救世主の顔を見上げる。


 手を差し伸べるのは、肩口で切り揃えた蜂蜜のような金髪と、昼の青空のような碧眼を持った美少年だった。

 スラリとした手足、まだあどけなさの残る甘いマスク。

 そんな美貌が首を傾げて、心配そうにこちらを伺っているではないか。


 まるで、お伽話に出て来る白馬の王子様だ。

 少女は己の顔が熱く火照っている事を自覚した。

 ましてや涙を清潔なハンカチで拭かれれば、胸の奥底が切なく締め付けられるのを誰が禁じ得ようか。


 すっかり、少女は彼の虜になっていた。


「その……ありがとうございました」


「キミ達を守るのがボクの使命だ。礼には及ばないよ。ああ、怪我をしているようだ。見せてごらん」


 少女は言われるままに、スカートをたくしあげて膝を晒す。

 美少年は、しげしげとそれを見つめ、やがて深刻そうな顔で少女を抱き上げた。


「手当てをしなくては。この近くに治癒の泉がある。案内しよう。そこでみそぎをすれば、明日にはすっかり治っているよ」


「まあ、王子様ったら……そこまでして頂いても、よろしいのですか?」


「大丈夫さ。キミはまた隣町にやってきて、買い物に行く姿をみんなに見せてあげて」



 美少年は泉の前へと辿り着くと、少女をそっと抱き下ろす。


「じっくりと身体中を洗って、ボクがいいと言うまでは出ないように」


「それは、何故ですか?」


「穢れを洗い落とすには、充分な時間が必要だからね」


 少女は一切の疑いを持たず、美少年の言葉に頷いた。

 そして、美少年は少女に背を向けながら腰のレイピアを引き抜いた。


「でも、その間に野盗が現れたらコトだ。ボクはここで見張りをしているよ」


「ふふ……ありがとうございます、王子様」


 蕩けた笑顔のまま、少女は服を脱ぎ、そしてほとりに畳んだ。


 少女は自らの空想に耽る。

 ああ、王子様は何かの間違いで、ありのままの私を見て下さらないかしら、と。


 美少年は自らの過ちを嘆く。

 名も知らぬ美しき娘よ、頼むからこっちを見たりはしないでくれ、と。



 しかしその数分後、彼らは最も歓迎されるべきでない者達に目撃される。

 野盗や野良犬であれば、まだ良かった。


 今や騒乱の象徴とされる、黄色い外套を纏った男。

 ――“落日の悪夢”。


 かの者が現れた時、必ず大きな波乱が引き起こされる。

 災難の大小は様々だが、いずれにせよ災難は災難だ。


 そして美少年に振りかかるそれは、彼にとって何よりも致命的なものだった。




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