前へ次へ
28/270

Task3 包囲網を脱出せよ


 渡り廊下や中庭を抜けて、木々の生い茂る墓地に辿り着いた。

 案内役の首無し鎧が振り返る。


『主が目的という事は、あなた方は王国に雇われたのですよね?』


「ああ、そうとも」


 俺の返答に、首無し野郎はにわかに殺気を放つ。

 正確に言えば、殺気はずっとあった。

 ……それが表に出てきたってだけの話さ。


『主を消すつもりだったのは、存じ上げておりましたよ。それが王国のやり口でしょうから。私が素直に応じるとでも?』


「そう来ると思ってたよ」


 俺の演奏(・・)に、あれだけ熱烈な挨拶をしてくれたんだ。

 そう簡単に従うってタマでもあるまい。


「え!? ちょっ! 倒して、トドメも刺さずに助けたのに、何故!」


 ロナは首無し野郎の本心に気付いてなかったのか、後ずさりしながら構える。

 当の首無し野郎はといえば、ロナには見向きもしない。

 首がないからそう見えるだけかもしれんがね。


『悪足掻きですよ。無為に従えば主に義理立てできません。

 あなた方のお目こぼしは、またとない好機……有効活用させて頂きたい』


「刺し違えてでも俺達を止めるって?」


『然様。無手でもやりようはあります』


「俺達がやり合わずに逃げるとは考えなかったのかい」


『それならばここまでは来なかったでしょう。存外、素直に掛かって頂けましたね』


 墓地のあちこちから、クロスボウを構えたゾンビが睨みを効かせてやがる。

 で、これが首無し野郎の策と。

 残念ながらお見通しさ。


「ロナ、引き返そうぜ」


「え、あ、はい!」


 足元を何発ものボルトがかすめていくが、途中で煙の壁を展開すればこんなのはこけおどしにもならない。



 渡り廊下の途中のT字路を、俺達が通らなかったほうへ。

 ハメようとしていたのだから、俺達に見せたくないルートがあるのは当然さ。


『どこへ行くつもりですか!』


『ツアーガイドの話に耳を傾けながらショップのウィンドウを眺めるのは、旅行の楽しみ方の一つだ』


 それはMI6のエージェントだってやっているだろう。

 ターゲットはいつだって、俺達を見ている。


 フリードリヒ・ニーチェはこう言った。

 深淵もまた見つめ返していると。


 崩れた渡り廊下に煙の足場を掛ける。

 俺とロナが渡りきったら、その足場を起こしてバリケードに。

 窓越しに見えた鐘楼を目指す。


 途中で壁に穴がぶち開けられて、横から首無し野郎が現れる。


『どうやって脱出しようというのです!』


『ライオンに追われたシマウマは、草むらの模様に隠れる。俺は、ここの“草むら”を見て学んだ』


 続いて指をパチン。

 煙の槍で天井を崩し、後ろの通路を塞ぐ。

 瓦礫に埋もれた首無し野郎は、たいそうご立腹だ。


『忌まわしき暴君の尖兵め、姑息な手を!』


「俺に追いついたらご褒美にキスしてくれてもいいぜ!」


「あいつ、頭が無いから無理でしょ!」


「そうだったかな」


 首無し野郎が、瓦礫を脱出したようだ。

 やたら重たい足音が、再び聞こえてくる。


『私自身は別に、気には留めません』


 すると、何だ。

 未練があるから動き回っているとしたら、結婚式の牧師様にでもなりたかったのかね。


 鐘楼の螺旋階段を登る。

 年寄りにはキツいだろうが、ビヨンドなら余裕だ。

 同時に、亡者共にとっても余裕らしい。


「何やってんですか! この前みたいに高いところから飛び降りるつもりですか!」


 階段を登りながら、ロナは不満を漏らす。


「他に何だと思ったのかね」


「ふざけんな!」


 世話の焼けるお嬢さんだ。

 このまま腰抜かして取っ捕まるのも寝覚めが悪い。

 俺は少しだけ引き返し、ロナを抱える。


「ちょっと、お姫様抱っこですか!」


「人攫いがクセになった」


「ああ、そう。好きにしてください」


 おとなしく運ばれてくれるだけ、前よりは楽だった。

 鐘楼の屋上まで登り切ったら煙の壁で蓋をして、仕込みは完了だ。


「ちょっと周りを確認してみてくれ。その間に、俺はサプライズを準備する」


「また碌でもない事を考えてますね」


 ここは鐘楼だ。

 つまり、鐘がある。

 支えを煙の槍で壊して、取り外して……。


 さて、そろそろ防壁がオシャカになる頃だ。


『追い詰めましたよ。我々の仲間になって頂きましょう。

 私は王国騎士団とは違って、誰かを裏切り、捨てるような真似はいたしません』


「もうなってる」


『何を……』


 俺は鐘を放り投げた。


「お近付きの印だ。持っておけ」


『ふざけないで頂きたい!』


 あ、横に捨てやがった!

 しかもまた中指立てやがった。


『先刻から戯れ言ばかり並べ立てて、このマザーファッカーめ! 尻を舐めるのはあなたのほうだ!』


 オー! 神様!

 お前さん所の聖職者は、こんなんでいいのか!

 まぁ、嫌いじゃないが。


「あたしも同感ですね。いっつもそう!」


 何を言う。

 俺はいつだって真面目だぜ。


『まあ聞けよ。これ以上の被害をご主人様自身が(・・・・・・・)出さなけりゃ、全てが丸く収まる』


『一体、何を』


『お前さんに新しい仕事を紹介してやろうと思ってね。本業と副業だよ。

 さて、生ける屍の皆さんは物を考える頭をお持ちかな?』


『それは、侮辱ですか?』


『そう思いたければ、思えばいいさ。相互理解の為の対話か、或いは友人の忠告とも取れるだろうがね』


 実際、どっちでも構わねぇ。

 友愛を示すのが親善大使のお仕事だ。

 有り難く受け取ってくれ。


『詳しくお聞かせ願えませんか?』


 できれば打算なしに素直に従ってくれりゃいいんだが。


『お前さんはその鐘を持ちながら、各地を駆けずり回れ。

 運命に導かれた二人組を見付けたら、愛の試練を与えろ。そうすりゃ勝手に伝説が出来上がる。これが本業な』


 そうだ、頷け。

 それでいい。


 このダーティ・スーの有り難いアドバイスを黙って聞いていればいいんだ。

 そして黙って負けて、その次は叫んで勝て。


『副業は、各地の亡者と井戸端会議だ。奴は武力で王国に勝てなかったからここへ引っ込んだ。

 ペンは剣よりも強しって言葉がある。偉大なる先人が遺した、重要な発見の一つさ。アドバイスはこれで終わりだ』


 首無し野郎の手首を掴み、俺の胸倉へと運ぶ。

 ロナも呼び寄せて、同じようにさせた。

 ロナの奴、存外に素直だな。


「ほら、望みを果たせよ。投げたきゃ投げろ。さもなきゃ空っぽの鎧がクソで満たされるぜ」


 後はどこにでも投げ捨てればいい。


「おえっ……」


『……あなた方は一体、どちらの味方なのでしょうか』


『お前さんの友人達を思い浮かべろ。その次に、死ぬほど憎い奴を。俺はそれ以外の味方さ』


『なるほど。あなたのご好意に甘えさせて頂きましょう。それに、提案自体は魅力的でした』


 今度こそ素直に応じてくれよ。

 敵に塩を送るのは今回限りだ。

 次からは灰を送ってやる。


『主とやらに伝言だ。摂理の外側にいる奴だけが、その摂理の全容を見渡せる』


『しかと承りました』


 視界が大きく一回転する。

 足元には空を。

 頭には地面を。


 もちろん、こんな辺鄙な場所の土に俺の血液と脳漿をくれてやる訳にも行かない。

 煙の壁を背中にぶつけて減速し、ロナの襟首を引っ掴む。


「ぐえっ」


 うーん。

 淑女に手荒な真似をするのはもはや慣れっこだが、欲情はしないな。

 もうちょっと色気のある声で啼いてくれたら、その限りでもないだろうが。


 引き寄せて抱き上げて、おまけに一回転して着地だ。

 あの首無し野郎、情熱的すぎるぜ。

 こんなに遠くまで投げやがって。

 山奥から脱出しなきゃ、ホームパーティに誘われちまう。


「舌を噛むんじゃないぜ。血の味のするキスは満月の夜にとっておけ」


 ロナは涙目で恨みがましい視線を寄越す。

 まだ喉をつまらせているらしく、しきりに喉元を指先でいじっている。


「今更言うな。誰がお前なんかとするか……この、鬼畜……悪魔、ドS野郎……」


「俺がお前さんとするとは言っていない」


 冗談じゃない。

 俺なんかと一緒にいたら、二人して骨の髄まで凍っちまう。




前へ次へ目次