前へ次へ
22/270

Task4 己の傑作なアイデアに従い、鍛冶屋の娘を拉致しろ


『作戦はいよいよ大詰めだ。準備はオーケーかい?』


『あってないような作戦じゃないですか。付き合わされるこっちの身にもなって下さいよ』


 色々回って日が暮れて、そこらの酒場に立ち寄って。

 そうして俺達は、出された料理を黙々と口に運ぶそぶりを見せながら、念話で作戦を練っている。

 本来ならバラバラで座るのがいいんだろうが、あいにく席が一つしか空いてない。


 とはいえ傍から見れば、無口な冒険者程度にしか見えないだろう。

 俺が黄色でロナが黒と、服装のコントラストは派手だが、他の冒険者共が地味かと言えばそうでもない。

 花畑に雑草が混じっていたとして、それに気付くのは経験の長い庭師くらいのものさ。



『えっと、アレですよね。まずあのクソ野郎……じゃなかった。

 キックマンが時間通りに店を訪れたのを見計らって、あたし達がそこに殴りこみ、煽って、大事に発展させて、衛兵を動員させたら蹴散らして?』


『そこで“俺達をしょっぴくなら冒険者に頼めばいい”と言えば、奴らは出て来る。終わる頃には、獲物は箱の中だ』


『獲物……雪ヘビでしたっけ。確か、夜明けにならないと現れないんですよね?』


『冷え込むのがその時間帯だから、雪ヘビも動きやすいんだろう』


 そっちの事情なんざ、俺は知ったこっちゃない。

 指定された時間にコトを起こせばいいだけの話だ。



「――しかし、才能が無ければ剣を打たせる事などありえましょうか?

 きっと、お父上は貴女に期待しておいでですよ」


 バーテンダーがカウンター席に座る客と何やら話をしている。


「そうかなあ……あ、おかわり」


 などと言うのは、声の高い女だ。

 既に結構な量を飲んでやがるのか、バーテンダーは苦笑いするような声で、


「あまり飲み過ぎてはお身体に障りますよ」


 と、たしなめる。


「私だって、半分はドワーフだもん」


 声のほうを見やる。

 見るからに弱そうなちんちくりんの娘っ子が、グデグデに酔っ払ってやがった。

 あちこち回ったが、ドワーフの鍛冶屋と言えばあの“バズリデゼリのお店”だけだ。

 他にも鍛冶屋はあったが、人間か、さもなきゃトンガリ耳の弓矢専門店くらいのもんだ。


 天啓を授かったとは、まさにこの事なのかね。

 俺は無神論者だが、今だけは運命って奴を信じてやってもいいぜ。


『おい。聞いたか』


 ロナに視線を戻す。


『聞きました』


『作戦変更だ。絡め』


『何をさせるつもりですか』


『送り狼って知ってるかい』


『あたしにあの酔っぱらいを運べと。キックマンはどうするんですか』


『あんなの放っておけ。俺が機を見て、哀れな娘をご立派な時計塔にご案内だ。

 お前さんは、鍛冶屋へ突っ込んで、娘の危機(・・)を報せるのさ』


『馬鹿と煙は――』


『――高い所か? 俺は別にそんなに好きじゃない。目立つのが好きなだけさ』


『出たよ。とびきりの大馬鹿』


『馬鹿にならなきゃ人生の半分は損するぜ』


『まあ、もう死んでますけどね』


 そりゃ言いっこ無しってもんだ。

 ……よし、奴の隣の席が空いた。

 便所にでも行ったんだろう。


『よし、今だな』


『人使いの荒いこって』


 悪態をつきながらも、ロナはドワーフ娘の隣へと向かう。

 ロナのコルセットから伸びる燕尾の隙間から見えるVラインの食い込んだ尻は、なるほど絶品だ。

 いずれは離れるとあれば、ちょっと惜しいと思わなくもない。


 だが、長いこと何かの下敷きになって生きてきたんだ。

 丸まって寝るような場所からは、さっさと出て行くべきだろう。


 行き掛けの駄賃に尻を撫でるくらいはいいと思うがね。



「――はい、お勘定、ここに置いときますよ。マスター」


「確かに頂戴しました。ギーラさんをよろしく頼みます、えっと」


「ロジーヌです」


「はい、ロジーヌさん」


 始まるぜ。

 俺達の夜通し妨害大作戦(ナイトパーリィー)が。




 ―― ―― ――




 さて、舞台は再び路地裏だ。

 無計画な発展を遂げた町に、入り組んだ路地裏は付き物さ。


『そろそろだぜ、ロジーヌ』


『やめて下さいよ。あんな偽名』


『ロナでも良かっただろ。顔も割れてるんだから』


『何となく嫌だったんですよ。で、屋根の上ですか。やっぱり高い所が……』


『ここならありとあらゆる営みが、靴底から聞こえてくる』


 念話で軽口を叩きながら、しっかりとターゲットを観察する。

 その間に、ロナはギーラと話し合っている。


『よし、やれ』


 ロナが立ち止まる。


「……ごめんね」


「ふぇ? あれ? どうしたの?」


 いたいけな犠牲者の頭上に振りかかるのは雨でも植木鉢でも、ましてや鳥の糞でもない。

 それよりたちの悪い何か(・・・・・・・)さ。


「ごきげんよう、俺だ」


 突如として路地裏に降り立った何者か。

 奴の目には、そう映っているに違いない。

 酔っぱらいのお姫様は足がもつれ、あっという間に尻餅をついた。


「ひっ!? 誰!? 何!? どうするつもりなの!?」


「こうするつもりさ」


 お姫様を抱える。

 そうすりゃ歯車は勝手に咬み合ってくれる。


「だ、誰か助けてッ!! 人攫い!」


 いいぜ、もっと喚け。

 それだけ騒ぎが大きくなる。

 あの鍛冶屋の親父さんが冒険者ギルドに依頼を出せば、あっという間に包囲網の完成だ。


 目先の雪ヘビ退治に目が眩む奴もいるだろう。

 ライバルがいなくなれば、それだけ怪物を狙いやすくなる。


 だが、そっちの対策は練ってある。

 扉にちょっとした細工をしてやったのさ。


 煙がたっぷり詰まったドアノブは、蹴破っても簡単にはぶち破れない。

 幸運の持ち主と努力家はその限りでもないだろうが。


 だがそんな恵まれた連中は、このさほど大きくない町では一握りだろう。

 雪ヘビは本来、一人や二人じゃ太刀打ち出来ない化け物らしい。


 万一、命知らずが突っ込んだとしても、依頼主の手駒がどうにかしてくれるだろうさ。

 契約には時間稼ぎをしろとだけあった。

 ネズミの一匹や二匹、大した問題じゃあない。



「離せ! 離せってば! この! なんて馬鹿力! 私これでも半分はドワーフなのに!」


 よく暴れるお姫様だ。

 じゃじゃ馬は嫌いじゃないぜ。


「いたぞ! あそこだ!」


 衛兵が山ほどやってきている。

 ……早いな。

 ロナの奴、本気で走りやがったな?


 まったく嬉しいサプライズだぜ!

 俄然、やる気が出て来るってもんだ!


「そこの黄色い奴! 大人しくギーラを解放しろ!」


 追手の先頭から声が上がる。

 一人は酒と女の味を知り始めるくらいの坊やで、もう一人は背の高い犬耳の女。

 誰かと思えば、昼間に見た二人組の冒険者だ。


「どうだった、俺の華麗なるしょっ引きショーは! マスタードパイが欲しくなっただろ?」


「ふざけんな! 結局、衛兵に引き渡さなかっただろ! 同胞を泣かせた罪を償え、このバナナ野郎!」


 おっかねえワンちゃんだぜ。

 あんなに牙を剥いたら、喜ぶのは食肉加工されるのが趣味のジャーキー野郎ぐらいのもんだぜ。


「逃げられちまったのさ」


「お前からは嘘の匂いしかしない!」


 この先の曲がり角を、右に!


 さあ来い、亀さん!

 ウサギはもうすぐ塔の上だ!




前へ次へ目次