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Task2 カイエナンを探索し、作戦を立てろ


 俺は何度かロナを止めた。

 それこそ、斜面を滑り落ちる丸太を、今までそれらを縛っていた縄をたぐり寄せるようなものさ。


 結局、止まらなかった。

 ロナは頑として俺に付いて行くと言って聞かなかった。


 勘弁してくれよ……。

 俺は一人で動くほうが気楽なんだ。

 どうせアンデルトとやらの中身(つまり元カレ)を捨てて、その埋め合わせが俺だろう。

 さっさと新しい男でも見付けて、過払い金を取り戻して何処へなりとも転生しちまえばいい。


 確かビヨンドを引退する時に転生先を選べると、スナージが言ってたな。

 実に素晴らしいシステムだ。

 俺には縁のない話だというのが、実に素晴らしい。



 今回の依頼は、冬将軍と名乗る錬金術士からか。


 ■概要

 依頼名:冒険者陽動

 依頼主:錬金術師“冬将軍”

 前払報酬:0Ar

 成功報酬:8000Ar

 作戦領域:ラエダン公爵領カイエナン

 敵戦力:冒険者

 作戦目標:別働隊の目標達成までの時間稼ぎ


 依頼文:

 ダーティ・スー殿を優秀なビヨンドと見込んで、依頼する。

 貴殿を指名したのは他でもない。

 この小さくも度し難き悪業を、貴殿ならば成し遂げてくれるだろう。

 我々の派遣する別働隊が“雪ヘビ”の素材を回収する。

 が、商売敵の冒険者共が問題だ。

 奴らは既に“雪ヘビ”討伐依頼を請け、作戦区域にて活動を開始している。

 貴殿には奴らの足止めをして頂こう。

 具体的な方法は貴殿に任せよう。 ← (ボンセム・マティガンの件同様)

 以上だ。

 期待している。


 ■枠外追記

 世界管理番号:26855

 世界名称:ファーロイス



 商売敵から獲物を横取りするから、その時間稼ぎがしたいとは……随分と刺激的じゃないか。

 面白い事に、具体的な方法は任せると来た。

 しかも“ボンセム・マティガンの件同様”というコメントも枠外に添えてだ。


「管理番号が26855……履歴を見ましたけど、スーさんが初仕事した所と同じ世界に呼ばれるんですね」


「なんでも数字を付けさえすれば管理しきれるっていう、お偉方の悪い癖さ」


 別に、剣と魔法とピザの世界でいいだろうに。

 七面倒臭い管理番号なんざ要らねぇ。

 そんなのは、宝くじだけで充分だぜ。



 このラエダン公爵領カイエナンの町並みは、石畳に白い壁が立ち並ぶ中に、色とりどりの花が添えられている。


 行き交う人々も、バラエティに富んでいる。

 人間だけじゃなくて、背の低い寸胴の奴、耳の尖った奴、何かしら犬やら猫みたいな耳と尻尾を付けた奴、トカゲ野郎と様々だ。


 固有の種族名称が有ろうと無かろうと、俺が呼ぶ名前は俺が決める。


『えっと、確か町の外にある巨人の井戸って所に、二足歩行する二枚貝の怪物が現れたんですよね?』


 重要な情報は口に出さず、こうやって念話で伝えてくる。

 流石にロナも、伊達にアマチュアのインターネットブートキャンプで鍛えちゃいないらしい。

 サプライズを一人で演出できねぇのは残念だが、そこは自立支援への先行投資として諦めるしかあるまい。


『依頼書の通りだ。相手がハメようとしてくるか、とびきりの間抜けじゃなければの話だが』


『うわぁ……やっぱりここでも、のっけから疑って掛からなきゃならないんですね』


『職場なんざ何処へ行っても同じさ。口に合うか合わないか。それが重要だ』


『あ、そこはヒネらないんだ』


『今回は素材の味を活かした調理だ』




 ―― ―― ――




 宿屋でも探しながら町を散策していると、何やら他とは雰囲気の違う建物を見つけた。


「“バズリデゼリのお店”ですか。看板の割には、可愛らしい名前ですよね」


 剣に金槌を打ち付ける絵柄の看板がある。

 武器屋ないしは鍛冶屋らしい。

 或いはその両方かね。

 直売店なら金をかけるのは材料と設備と人件費くらいだから、原価も安く済ませられそうだ。


「冷やかしに行こうぜ」


「いや、買えし」


「やなこった」


 どうせ大したものは無いだろ。

 戦利品にするなら奪わなきゃ駄目だ。



 店内は薄暗くて、まるで小さな火山だ。

 熱くて、喉が乾いちまう。

 その中に並べられたのは、大小様々な武器だった。


 ロナは店内を落ち着きなく見回す。


「すごい……どれも……」


 どれも本物だって?

 そりゃそうだ。


「やめておけ。その辺のは委託販売の奴だ。あんまりいいものじゃない」


 奥から声が聞こえてくる。

 低いダミ声だ。

 沼の真ん中で太鼓を叩いたかのような。


 俺は声の主を覗きこむ。

 そいつは立派な髭を蓄えた、よく日焼けした寸胴野郎だった。

 壁に立てかけてある何本もの剣を、何やら仕分けしてやがる。


 見ろよ、あの上腕二頭筋……切り取って焼いたら旨そうだぜ。

 食人鬼だったら、そのように評価するに違いない。


 とどのつまり、こいつがこの店の親父さんなんだろう。

 折角だから冷やかしついでに物申してやるとしようか。


「いいか悪いかは問題じゃない。合うか合わないか、だろ」


「……まぁ、それでも買うってんなら、別に止めはせんが」


 振り向きもせず、親父さんは剣の仕分けを続ける。

 下手くそな商売をしやがる。

 男が()になっていいのは、風呂の時と女を抱く時だけだ。

 少なくとも取り引きでやるのは悪手ってもんだぜ。



「お! こいつは?」


 展示されているうち、一振りの剣を指差す。

 ようやく親父さんは俺を見たが、すぐに首を振って仕分けに戻った。


「それは非売品だ。弟子に打たせた代物でな。受取人がいる」


「へえ……」


 素人目で見ても、見事な出来栄えだ。

 他とは明らかに違う。


 柄は絶妙な装飾が施されていて、美術にうるさい専門家共のメガネがカチャカチャとざわめくのを、俺は自分の鼓動の中に見出した。


「そいつも、そんなにいいものじゃない」


 だったら何故、ここぞとばかりに飾るんだ?

 なんて間違っても訊くべきじゃない。

 気難しい奴にこそ歩み寄れ。


「だが、その弟子はいい腕をしているぜ。“課題”に合格したって事だろ?」


「……よく解ったな」


 親父さんが両目に一等星を宿すのとは対照的に、ロナは淀んだエメラルドグリーンを更に困惑で濁らせた。


『? どういう事です?』


『わざと難しい形のものを作らせる事で、モノ作りの技術を鍛えるんだろうさ』


『これだけの情報量で、よく結論に辿り着けましたね』


『この俺の推理力については、話せば長くなるから説明はしない』


『ええ、別に話さなくていいですよ。頑張って察しますから』


 そうしてくれ。

 そのほうが楽でいい。



「邪魔したな。何か材料を持ってきたら、この俺、ダーティ・スーの為に一本こしらえてくれ」


 俺が入り口の扉に手をかけた時に、親父さんはカウンターから身を乗り出した。

 何を始めるのか。


「クズ鉄なんざ寄越すなよ。鉄敷が汚れちまう」


 これだよ。

 ぶっきらぼうに言い放ちながら、親父さんは作業に戻る。

 まあ、そうだろうよ。


『感じ悪っ』


『まあ、そう怒るなよ』


 とびきり洒落た返し方を、俺は知っている。


「クズ鉄を拾ったら、その時は他所様に頼んでみるよ。とんがり耳の鍛冶屋とか」


 歓迎されないお客人を満足させるためには、どうすればいいか?

 ……然るべき場所を用意してやるものさ。


 世の中、それさえやれば全てが上手く行く。

 見ろよ。

 親父さんは髭面を歪めて目を細めている。

 俺にもドワーフジョークの才能があるって事さ。



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