Intro 観察者達
日頃からご愛読頂きまして、誠にありがとうございます。
これよりMISSION03です。
よろしくお願い申し上げます。
暗雲立ち込める湖畔に、静かにそびえる暗灰色の古城。
そのバルコニーに、二人の人影が佇む。
「例の用心棒はどうかしら? きっとあれは、そちらの商売の役にも立ってくれる筈よ」
ピンクブロンドの妖艶な女性は、ワイングラスに赤い液体を注ぎながら、傍らのエルフに微笑む。
異世界を股にかける賞金稼ぎ、ビヨンド。
それは二人が手に入れた、新たなる金のなる木でもある。
ちょっとした投資をするだけで、次のビジネスが山のように湧いて出る。
そんな予感をさせた。
“例の用心棒”というのは、とあるビヨンドについて、二人の取引で用いられる呼び名だった。
「ハラショー、ハーラショ! 駈け出しのEランクでありながら高名なニノ・ゲナハ殿からのご指名とは、あの用心棒もさぞかし光栄でしょうな」
銀髪のボブカットの毛先を指でつまみながら、エルフはおべっかを使う。
だがピンクブロンドの美女――ジルゼガット・ニノ・ゲナハはそれに動じない。
「どうかしら。マティガンは、ひどく疲れた顔をしていたけれど」
「ほむ。我輩も難物が一人。吾輩と彼奴が同じ天秤に座れども、それが一方に傾くなどという事はありますまい」
「期待してるわ。詐話師の冬将軍さん」
「錬金術士と呼んで頂きたいものですな~?」
「あら? ご存じないのかしら。共和国においては、どちらも同じ意味よ? だったら呼びやすいほうで呼ぶのが普通でしょ?」
「ウハーハハハ! 仰る通りですぞ! ええ、それでは」
詐話師はワイングラスを差し出す。
「難物同士の邂逅に」
ワイングラス同士が、チンッと音を立てた。
「混迷の時代に」
―― ―― ――
「うぅ……私やっぱり、才能ないのかな」
所変わって、客もまばらな場末の酒場“暮れの紅葉亭”。
そのカウンター席にて涙ながらに酒を煽るのは、小柄……というよりは寸胴な女性だった。
実年齢で言えば成人しているが、ひたすらに平坦な身体から、よく子供と間違われる。
黒髪のバーテンダーはシワの多い顔に苦笑いを浮かべながら、グラスを磨く。
この女性は常連客で勝手も知っているが、今日はいつもにましてよく飲むのだ。
「しかし、才能が無ければ剣を打たせる事などありえましょうか?
きっと、お父上は貴女に期待しておいでですよ」
「そうかなあ……あ、おかわり」
女性が空っぽのグラスを持ち上げ、バーテンダーに見せるように軽く揺らす。
かれこれ、八回はこうしてグラスを空にしている。
氷もなしに酒だけをなみなみと注がれたグラスを、である。
「あまり飲み過ぎてはお身体に障りますよ」
「私だって、半分はドワーフだもん」
半分は。
それが意味するのは、彼女がハーフドワーフであるという事だ。
このカイエナンは共和国領であり、他の共和国領と同様、亜人への偏見が無い。
隣国のルーセンタール帝国とは異なり、亜人も人間と同様に扱われる。
貴族から奴隷まで、様々な階級が存在するのだ。
公然とハーフドワーフである事を口にできるのも、そのある程度リベラルな政治形態に由来している。
だからこその問題というものは、それこそ様々な場所に散在している。
だが国民の多くは帝国の束縛に満ちた秩序と見比べて「ならば共和国を」と、その限定的な自由を享受している。
「……鍛冶屋さんなんですね」
声を掛けられ、鍛冶屋の娘は半眼で振り向く。
そこには少女が立っていた。
酔いの回った頭では全身像を把握するのに僅かな時間を要したが、どうやら冒険者らしい身なりである事は理解できた。
所々に赤いアクセントが映える、黒い革鎧。
綺麗に整えられた金髪は、首の後ろで赤いリボンによって束ねられている。
エメラルドグリーンの瞳の下にはクマができており、どこか疲れた様子を感じさせた。
「丁度、武器を探していた所なんです。紹介して貰えます?」
よかったらどうぞと、冒険者の少女が手元のグラスを勧めてくる。
鍛冶屋の娘はそれを一気に呷る。
「ぷはっ。ごちそうさま。“バズリデゼリのお店”って所です。家もその近くで」
「どんな見た目のお店です?」
「オレンジ色のレンガだから、たぶん目立つと思うんだけど」
ドワーフの娘の言葉に、冒険者の少女はすぐに合点がいった。
左掌に右の拳をぽんと置く仕草を、少なくともドワーフの娘はそのように見た。
「あー。それなら宿への通り道にあったかも。良かったら送って行きましょうか?」
「助かるよ。飲み過ぎちゃった」
少女は懐から銀貨を何枚か取り出し、カウンターに置く。
「はい、お勘定、ここに置いときますよ。マスター」
「確かに頂戴しました。ギーラさんをよろしく頼みます、えっと」
言い淀むバーテンダーに表情一つ変えず、少女は返答する。
「ロジーヌです」
「はい、ロジーヌさん」
ハーフドワーフの女性に肩を貸し、冒険者の少女は店を出る。
そのやり取りを、奥のテーブルから見つめる男がいた。
男は、黄色い外套を静かに羽織った。