Task4 進行状況を依頼主と確認せよ
首都襲撃――そして壊滅から、およそ十時間。
俺は再び、フィールドを優雅にお散歩だ。
基本的にビヨンドの仕事というものは、時間制限が無い。
さっさと終わらせたければそれでもいいし、依頼主を怒らせない範疇であればいくらでも引き伸ばせる。
もちろん、休憩は自由だ。
依頼主が許す限りで。
俺は、いらないがね。
『そろそろヘバッて来るんじゃないか』
『冗談。あたし、その倍の時間をクエストに費やした事もありましたし』
『廃人とは。おっかないね』
『休みの日だけですよ』
世の中には、レアなアイテムの為に数日単位で張り込みをしてモンスターを狩る奴がそこそこいる。
このゲームがある世界では、それこそ文字通り死ぬほどのめり込む奴も珍しくないんだろう。
で、俺は今、そういった連中に狩られる立場にある。
ついさっき返り討ちにしてやった奴らも、たぶん廃人なんだろうな。
動きの統率が見事だった。
あれは参考になる。
集団を各個撃破するコツを掴むには、もってこいだ。
『ちょっと動画サイト見てきましたけど、ヤバいですね、あんた』
『悪いが俺は見る事ができない』
『ああ、そうでした。えっと……どいつもこいつも“黄衣のガンマン”の噂で持ち切りですよ。罪人レベル500の超大物って』
『そんなに凄いのかい』
とにもかくにも数字で凄さを語りたがるのは、幼稚園児から会社の役員までまるきり一緒だな。
サン・テグジュペリ先生も寝転びながら数学書を読みたくなっちまうに違いない。
『今までの罪人ランクの最高が、せいぜい300止まりでした。
そのレベルになるまでに、数多くの人達が目撃して、何度も討伐されるものなんです。
それを、たった一日で誰にも討伐されずに500とか……馬鹿げてますよ』
『願ったり叶ったりだ。業界最大手が、ヨダレを垂らしてやってくるぜ。
それも、とびきりのごちそうを胃袋に収めたままだ』
『フォアグラと腸詰め、どちらがお好みで?』
『どっちか一つと誰が決めた?』
報酬も叩き潰す快感も、どちらも美味しく頂くに決まってるだろ。
人は誰でも特別でありたいものさ。
そして俺だってそれは例外じゃない。
だが、皿の中身にゃ限りがある。
誰かが涙を流さなきゃいけないならば……それは俺じゃなくて、俺に奪われる誰かだ。
そうあるべきだ。
『この欲張りさんめ。早くも毒されてきましたよ。
あんたのクソッタレなボキャブラリーは、一体どこからやってくるのやら』
うんざりした口調とは裏腹に、声音はどこか嬉しさを含んでいる。
一体何を期待しているのかは知らんが、この程度の質問には答えてやるか。
『言葉の苗床を心に宿すのさ。大概の口喧嘩は小鳥のさえずりと変わらなくなる』
『なんです、苗床って。エロ同人の話ならやめて下さいよ。反吐が出る』
『偉人達の魂を切り刻み、深淵に放り込むだけだ。そうすりゃ奴らは勝手に生えてくる』
『はぁ……そうですか』
通話はここで一度、途切れる。
またしても獲物を見つけたからだ。
本日は電子の箱庭ツアーにご参加頂き、まことにありがとうございます。
前方に見えますは、憐れな犠牲者が一団。
ライオンのような外見の怪物を仕留め、戦利品の分配をしておいでのご様子ですね。
さて、
どうやって料理してやるかね?
手に取りますは先刻、首都と呼ばれる人がゴミのように集まる全ての掃き溜めの国にて頂戴いたしました巨大な弓。
この大弓はレアリティと呼ばれる希少価値が低く、コモンアイテムというカテゴリにあります。
ではこれを構えて、巨大な弓に見合った、槍ほどの大きさを持った矢をつがえてみましょう。
あとは標的へ目掛けて、山なりの軌道を描くように放つだけ。
――なんということでしょう!
『外しちまった』
死体の背中に刺さっても、何の意味も無い。
『……ばーか』
『だろ? じゃあもう一発、外してみよう』
次は連中の足元をかすめて、古びた城壁に土煙を上げさせた。
美しい。
見事な外しっぷりだ。
牽制には充分だろう。
連中はようやく気付いたらしく、辺りを警戒し始める。
続いてもう一発だ。
今度は、分厚い鎧を着込んでいる奴を狙う。
そいつの左手には身の丈ほどの四角いタワーシールド。
目論見通り、そいつは防いでくれた。
『まさか。普通の襲撃者は、まとまった相手を同じ場所からは狙いません。あんた、もしかして』
『俺が間抜けだって?』
『そうは言ってません。あんたはさっきから、秒単位で色々な事を企んでいる』
『ご想像にお任せするよ』
大弓はこの程度でいいだろう。
持って帰れば、小遣い稼ぎにはなるか?
指輪の中に収納して、次の武器に切り替えよう。
射撃はやっぱり、銃だ。
こんな事もあろうかと、俺は拠点で弾薬を買っておいた。
口径がどうのとかホロウなんとかだの、ややこしい話は抜きにしよう。
一番安いやつでも充分さ。
元より人を相手に使うにゃ、いささか過剰な代物だ。
うーん、それにしても。
この“バスタード・マグナム”は面白い構造だ。
弾を込める箇所……シリンダーの周囲の小さなネジを緩めると、込められる弾薬の大きさを変えられるようだ。
メンテナンスの為に工具一式を買っておいて良かったぜ。
物陰に隠れながら、後をつける。
奴らは相変わらず、警戒しながら進んでいく。
奴らにも拠点やらはあるだろう。
にもかかわらず瞬間移動のようなものを使わないのは、何故だ?
俺のやってたゲームの一つは、侵入者というやつが来ていると移動できない仕様だったが……まさか同じ仕様なわけがない。
とはいえ、逃げる気がないなら好都合だ。
煙の壁を垂直に展開して足場にしながら、奴らの予想の外側から静かに追いかける。
城壁をよじ登り、俺は銃を構えた。
「ごきげんよう、俺だ」
ズドン。
さっきは矢を盾で防いでいた重戦士が、胸に風穴を開けて倒れる。
やっぱり、そうだよな。
どんなに分厚い鎧でも、銃弾までは防げない。
魔法じゃないから、魔法を防ぐようなスキルも意味を成さない。
そうとも。
矢とはわけが違うのさ。
俺に気付いてくれてありがとう、迷える子羊共。
「史上最悪のゲストが華麗にお出ましだ。お前さん達のもてなしに期待しているぜ」
振り向いた子羊共は、俺の顔を見て絶望に顔を歪めた。