Extend2 この子はグレーテ・ザムザなのだろうか
大変長らくお待たせいたしました。
これより、更新を再開したいと思います。
私、加賀屋紀絵は、るきなと買い物をしている。
ちょっとショッキングなものを見てしまった私を気遣ってか、みんなが気晴らしにと提案してくれたのだ。
るきなにとっても、まさかあの時に戦った紗綾が私だったと知ってショックだった筈。
……でもこの取り合わせだと、私もるきなを傷つけてしまうかもしれないのに、とも思う。
ロナちゃんには、何かあった時に備えて遠くから見守ってもらうように頼んだ。
もちろん、るきなが怒るから彼女には内緒。
ダーティ・スー先生は野暮用があるとの事で、別行動。
盗聴防止に走り書きのメモを見せてもらったけど“Zちゃんねる”ってなんだろう?
この世界の大型掲示板は “チェキpod”で、そのユーザーの総称は“チェキ民”というのを伝えたけど……何をするつもりなのかまでは、教えてもらえなかった。
それにしても、スー先生は走り書きになると途端に字が汚くなるなぁ。
そこがまた、ちょっと可愛い。
……閑話休題。
紗綾はクラサスさんがホテルで見ていてくれる。
ダークエルフでも男だから、何か間違いがあったら困るなとも思った。
けれど私の悩みを目ざとく見破ったスー先生ときたら「そいつはセックスの代わりに長講釈を垂れ流す事で性欲を解消するオナニー野郎だから挿入にゃ興味無いぜ」などとのたまった。
まったく、女の子が四人もいるのに堂々と言うんじゃありませんっ!
……いや、今更か。
ロナちゃんと風呂場でファックファックファッキンガム宮殿ぐらい下品なトークを散々繰り広げてきた私からすれば、あの程度は序の口だ。
―― ―― ――
「魂だけ、私達の世界に流れ着いて紗綾に憑依したわけじゃないんですね」
「うん……」
私は、百貨店で買い物をしながら、るきなと話をしていた。
私が紗綾に乗り移った事、スー先生に関する事。
なるべく、紗綾を悪者にしないように……。
今のあの子なら気にしないかもしれないけど、ビヨンドであるスー先生を頼ったのは他でもない私だ。
「そう、だったんだ……」
「騙して、ごめんね」
……君は、私と友達になってくれると、言ってくれたね。
けれど私には、そんな権利なんて無いんだ。
私は嘘つきなのだから。
「で、でも! 仕方ないと思いますっ! だって、死んだと思ったらいきなり、別世界の誰かに乗り移って、しかも自分一人じゃどうしようもなかったわけですし!」
顔を上げて、必死に手をぶんぶんしながら力説する。
「それに、どうせあの人のことだから、何かしらでっち上げて、精一杯悪ぶってみせたんじゃないですか?
ロナって子を、わざわざ人形だのクローンだのって嘘ついたくらいですから」
鋭いね……正解だよ。
けれど、その嘘に私は救われたんだ。
あのまま私が、紗綾としての運命をなぞっていたら、きっと臥龍寺家は滅亡していただろうから。
私はその先を知っている。
その人生を、受け入れたくなかった。
それなら、勝つために異世界から召喚した何者かが、紗綾を利用したという事にしてしまえばいい。
甘い嘘に寄りかかったまま。
……本当に、それでいいのだろうか。
「――うぐ、けほっけほっ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「うん、ありがとう、るきなちゃん……だい、じょう、ぶ――ッ!?」
胸が痛い。
頭が痛い。
何かが、私を責め立てる。
――まだ隠し事が山程あるだろう。
――たかだか一度死んだ程度で償ったと思うな。
――罰を受けろ、受け入れろ!
「汗、これで拭いて下さい」
「ありがとう……」
じわり、じわり。
脂汗が滴り落ちるたびに、私は、忘れていた何かを、取りこぼした記憶を、思い出す事ができなくても自覚させられた。
罰……罰……私は、何の罪を犯した?
忘れちゃいけない筈なのに、出てこない。
急流に浮かぶ葉っぱのように、記憶が遠ざかっていく!
私はそれを、思い出さなきゃいけない筈なのに!
――『いいかい、紀絵。悪い奴というのは、心が弱いから悪い奴になるんだ』
――『でも、パパ。悪いことをしているのに、自分ではそれが正しいと強く信じている人は?』
違う、これは、違う。
私が思い出したいのは……この記憶じゃない……!
――『それは……きっと、そうだね、悪い事だと解っていても、それを正しいと思いたいんだよ』
――『本当に、そうなのかな』
――『紀絵。後ろめたいからこそ、自分のした事が正しかったんだと思い込もうとしてしまうんだ』
もうやめてよ。
よりにもよって、こんな時に……!
消えてよ。
消えろ、消えろ。
消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!
消え――
「――今日はもう、帰ろう?」
私、どうしちゃったんだろう。
「るきなちゃん……ごめん……ごめんなさい……」
「私は、大丈夫ですから。ゆっくり、歩いて、深呼吸して……そう、いい感じですよ」
足が、真っ直ぐ進まない。
酒が回ったかのように、私の頭は熱を発して、こめかみが脈打つような感覚に陥った。
――まるであの日のように。
……あの日?
いつだったっけ?
少し壊れかけなくらいが丁度いいんです。(白目)