プロローグ
新作、上げました。
こっちは過去作に比べると作風が違うかもしれませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
某ダークファンタジーゲームの闇霊プレイ動画みたいなものだとお考え下さい。
気が付けば、うらぶれたバーのような所の、片隅にあるテーブル席で俺は突っ伏していた。
「やっと、お目覚めか。愛しの亡霊ちゃんよ」
しわがれた声に気付いて、俺は顔を上げる。
声の主は、ここからは見えない。
「……あ?」
俺は確かに、くたばっちまった筈だ。
そこに至るまでには、ちょっとだけ複雑ないきさつがあった。
前職では、通勤中に見つけた痴漢から高校生の女の子を助けたかと思ったら、痴漢の犯人が前職の取引先で揉み消された挙げ句に、俺が“冤罪を被せた責任で”退職させられた。
退職金なんて出なかったもんだから、途方に暮れながらも安アパートの家賃を稼ぐ方法をすぐに探さなきゃいけなかった。
で、見つけたバイト先の先輩が、中学校時代に俺をナイフ投げの的にしてくれたクソ野郎だった。
会うなり真っ先に謝られたから俺は許した。
そんな先輩が交通事故で入院して、店長命令でその見舞いに行っていた。
――『お前、あいつの後輩だったんだろ? きっと喜ぶから、行ってやれ。大丈夫だ、店は任せろ。バイクで行けばすぐだろ?』
俺は断らなかった。
いや、断れなかったのか?
何にせよ世間様の風潮じゃあ、更生したやつをいつまでも許さないのは『ダサい』ことになっていた。
怪我をした奴には店をほっぽり出してでも見舞いに行く。
義理だ人情だと人は言うから、それが世間様のルールという奴なのだろう。
ここまでは、問題なかったと思う。
……俺はバイクで真っ先に駆けつけたが、日が悪かった。
途中で通り雨に降られた。
その時、コトは起きた。
突風が吹いて、歩道側でビラ配りをしていた奴の手元から、大量のビラが飛んできた。
そいつが運悪く俺のヘルメット、しかも正面に引っ付いた。
気が動転した俺は急いでビラを剥がそうとするが、これが上手く行かなかった。
やっとの事でビラを剥がしたと思えば、信号無視して横断する歩行者がすぐ目の前にいた。
俺はすぐに急ブレーキをかけたが、これもまたマズった。
バランスを崩して、俺は道路に放り出され、その上にバイクが転がった。
今日はとことん、ツイてなかった。
道端に転がっていたワンカップのビンの破片が、俺の頸動脈に刺さった。
肺も潰され、呼吸困難に陥った俺は、助けを呼ぶのもままならない。
救急車が来ても、間に合うワケが無い。
くそったれだ。
薄れ行く意識の中で視界に入ったのは、
『排ガスを減らそう!』
と大きな見出しの書かれたビラだった。
真面目に生きた、その報いがこれかよ……。
俺はいつだって、ルールには忠実だった。
軽犯罪はおろか、マナー違反だってしなかった。
忍耐強く生きるべきだと、常に自分を律してきた。
ダチからは「おりこうさんすぎる」とからかわれるくらいに。
あのビラ配りをしていた奴も運が悪かっただけだろう。
言い分は正しいし、奴自身も正義の代行者のつもりだったろうが、とにかくツイてなかったよな。
……幾つもの不運が重なって、結局ご破算だ。
何がルールだ。
何が正義だ。
こうなるくらいなら、ブチ壊してやりゃ良かった。
胸中で毒づきながら、俺は息絶えた……筈なんだが。
ありゃあ、悪い夢だったのかね?
だが、このバーは知らない。
酒はいつも家で呑んでいたから、バーで呑むような習慣は無かった。
「ああ、お前は確かにくたばったよ」
ぶっきらぼうに言いながら厨房から出て来きたのは、細面に無精髭を生やしたバーテンダー。
顔立ちは、どことなくロシア人っぽくも見える。
もちろん、知らない奴だ。
「じゃあなんで、俺はこんな所にいるんだよ」
「そりゃあお前が、未練を持っているからさ」
バーテンダーは俺に目を合わせもせず、グラスを洗う。
「あんたは神様か?」
「そんなご大層なもんじゃない。せいぜい、仲介人って所か。
知り合いのツテで、お前をここに呼び寄せたんだよ」
「詮索はするまい」
「助かる。ところで、お気に召してくれたか?」
バーテンダーは唐突に、グラスで俺を指す。
発言の意図が読めない。
いつも通りの地味な格好だった筈だ。
「どういう……」
「ほらよ」
姿見を目の前に立てられる。
俺の今の姿は、生前の姿とは似ても似つかない。
藍色がかった黒髪に、エメラルドグリーンの目。
何より、顔立ちは西洋系だ。
「お前が生前にやっていたテーブルトークRPGのキャラクターを参考に再現してみたんだ」
「あー……」
黒いシャツに、灰色のベスト。
紫色のスカーフ。
灰色のスラックス。
そしてその上に黄色いコート。
黒い革靴と革手袋。
どこかで見たことがあると思ったら、大学時代にサークルでやっていた非電源系ゲームのキャラクターか。
少ない情報からよくここまでやったもんだ。
「こりゃあ、気の利いたサプライズで」
「気に入ってくれて何よりだ。ところで、新しい名前は決めてあるか?」
「それよりもまず、この世界について説明してくれ」
「せっかちな坊やだ。しょうがねぇ、えっとだな……」
……この世界もといバーは、あらゆる異世界にアクセスできるらしい。
住人はここを起点に、世界を渡る者……“ビヨンド”として活動する。
ビヨンドは他の世界から出された依頼をこなして、報酬を稼いで生活する。
いわゆる賞金稼ぎって奴さ。
依頼の内容は色々あるらしい。
善人サマや正義のヒーローの手助けや小間使いなんかも。
そしてもちろん、その逆……汚れ仕事も色々ってわけさ。
じゃあ俺のやる事は、決まりだ。
名声への執着なんざ俺とは無縁だ。
汚れ専門でとことん突っ走ってやる。
ゲームのプレイスタイルと同じように、欲望に忠実に。
俺は誰にも縛られない。
ルールにも、マナーにも。
「決まったぜ、新しい名前」
ネット小説にはあまり馴染みがないが、用語の知識は皆無ってワケでもない。
二次創作において原作のキャラの活躍を喰っちまう奴は、メアリー・スーと呼ばれる。
で、メアリー・スーの男性名はマーティ・スーだ。
マーティ・スーが主役を喰っちまうなら、俺は敵役を喰っちまおう。
あちこちの世界に文字通りお邪魔する存在……名付けて。
「――ダーティ・スー」
今からそれが、俺の名前さ。
首を洗って待ってやがれよ、主役の諸君。
俺がお前さんがたの正義を検証してやる。
「ダーティ・スーだな。登録しとくよ」
バーテンダーはカウンターの向こうへ歩きながら、メモ帳に書き込んでいく。
途中で、俺のほうへと振り向いた。
「俺は……そうだな、スナージとでも呼んでくれ。スペルは、こうだ」
奴がメモ帳を俺に見せる。
そこには“SUNAJ”と書かれていた。
逆から読むとヤヌスか。
また、随分と小洒落た名前をしている。
ローマ神話に登場する、二つの顔を持つ神だ。
物事の始まりを司ると言われている。
なるほど、おあつらえ向きだ。
じゃあ、早速だが依頼を確認しようじゃないか。