中二と髪
ふと気になった。
睦月の髪が前より伸びている。人間だから伸びるのは当たり前なんだけど。元々目にかかっていたんだけど、最近ではヘアピン、ちょんまげ、後ろはしっぽみたいに縛る等々をしている。それでやっと気づいたんだ。
「睦月、そろそろ髪切り行くぞ」
睦月が持っていたアイスを落とす。カップだからなんとか被害は免れた。
「・・・光太・・・今、なんて言った・・・?」
「美容院、行くぞ」
睦月はものすごい勢いで後ずさりした。ビタンッと壁にぶつかる。ふるふる首を横に振って、目は涙が落ちそうだ。
皆さんもお気づきのように、睦月は極度の先端恐怖症者。美容師さんが使う鋏はもう、だめったらだめらしい。そしてもう一つ、問題が。
「オレの後ろに立つな」
お前はどこの殺し屋だ?
どうやら初対面状況に近い人が後ろにいるのが嫌らしい。つーか極度に緊張するらしい。女性の美容師さんならなおさらだ。おまけに美容師さんは場を和ませるのに世間話を振ってくる。これは一般的に当たり前だけど、やっぱり睦月にとっては“次元が違う”になる。
つまり、総合的に言うと“美容院”イコール精神拷問部屋”という形式が睦月の中で成り立つ。だから毎回連れて行くのが大変なのだ。
「ちょ、いいから、一回櫛通して長さ確認すぞ」
「い~や~!!やめて!やめて!!刺さないでぇ~!!いや~~!!」
「お前のその声、一回正式な機関に調べてもらえよ」
俺は櫛を一回咥えて、睦月の顔を両手で掴む。睦月は抵抗しているけど、腕力はどうしたって俺の方が上だから。
「ひっふほふへほ、むらひふほふほ・・・・ははふほ。(言っとくけど、無理に動くと・・・刺さるぞ)」
櫛を咥えたままだったけど、睦月は理解したらしい。抵抗するのをやめたからだ。
パッと離してやると睦月は引きつった顔のまま尻餅した。
「ほーれ、こんなに伸びてんじゃねーか」
睦月は小さく連続で頷く。
睦月の前髪は鼻の下まで伸びていた。よくこれで生活していたもんだ。うざったるくてしかたないだろ。気づかない俺も俺だけど。
「おれ、準備しろ。知り合いの美容院行くから。」
「い、嫌だ・・!!今日こそは、屈したりするものか・・・屈するものか!!ここで・・・ここで倒れるわけにいかないんだよ!!」
「たかが美容院で何言ってんだ。この先端恐怖症!?」
睦月の首根っこを掴んで引きずる感じで俺の家を出た。
で、美容院。幸いだかなんだか、客は俺たちだけだ。
ここは小児科の注射するとこですか?っていうくらい睦月は叫んで、喚いて、暴れていた。
「ちょ、大林さん。これじゃあ、切れないよ。彼、今日やめた方がいいんじゃ・・・。」
「睦月、これ我慢したら、お菓子かってやるから」
睦月はまだ喚いてる。喚きながら「やだ-!」って抵抗しやがって。
「わかった。31アイスも買ってやる!」
まだ叫ぶ。これじゃあ本当に、注射前の5歳児相手だ。と、言ってもいつもはこれで何とか収まるんだけど。今日はとことん抵抗するみたいだ。
「睦月、すぐ終わるから!ほんと、あっとゆう間だから!?」
「大林さん・・・やっぱ本人も嫌がってるんだから・・・。」
いや、ここで降参したらコイツは図に乗る。そしたら次に髪に来るときは今日以上に難しくめんどくさくなる。いっそ、自尊心へし折る気持ちで行かなきゃ。今も図に乗りまくりだから。
「睦月~、お前も前髪目に入って痛いだろ~?な、目瞑ってりゃあ大丈夫だから」
「痛くないもん!!鋏の気配が近くにあるだけで・・・オレは・・・。」
睦月は間を置いた。
「まぁ、宇宙の四分の三私に寄越すというなら、考えないでもないな」
俺は睦月の鳩尾に思いっきりアッパーを入れた。睦月はガクッと半目で気絶する。
「さっ!!今です!思いっきり刈っちゃつてください!!」
「彼は動物か何かですか!?てか、目に髪入っちゃいますよ!?」
「大丈夫です!眼鏡は目のバリアです」
15分後・・・。
31アイス三段重ねを泣きながら食べる睦月。髪は短いときと同じだ。
なぜ泣いているかというと、俺に気絶させられた時とにかく鋏に切り刻まれる夢を見たらしい。
めちゃくちゃ怖いな、それ・・・。
とにかく、暑くなってきた今日この頃。俺の隣の奴はなんとか見苦しくはなくなった。
おまけ・・・
髪を切る前日。
シャンプーの時、髪をいじっていたオレはつい・・・ツインテールにしてみた。
「美少年戦士、セーラーム・・・。」
なぜか、光太のいつもの怒った顔が脳裏に走った。
髪を結ぶとき、ピンで留めるときなんかもだ。
これは・・・髪に対して不吉の前兆とみた。
後日オレは無理矢理髪を切られた。