中二と山
俺の夏休み。リラックスできると思って田舎に帰省したはいいけどよりによって初日でいつもの5倍は疲労を感じることになった。
わけのわからない連中に追われ、狐にわけのわからないことを頼まれて、またわけのわからない連中に、今度は襲われる。
俺は認めない。そのわけのわからない連中が妖怪の類だなんて。
そんなこんなでバカ黒兄弟からずっと離れた山道を俺は睦月に蛇の螭をほとんど担いだ感じで逃げてきた。
「ねぇ、俺がくたくたになって走ってんの、いい加減飽きるだろ。」
「己の極限に挑め!それが漢だ。」
「ろくに走ってもねー奴に言われても説得力ねーよ!」
「カスタマーをぶち壊せ!」
「眼鏡をぶち壊す」
俺が睦月を放すと螭は自分から地面に降りた。ぐっと墓地への傾斜のある山道を走って来たから俺の膝はガクガク。でも、あとはこの道をまっすぐ行けば20分もしないうちに墓地に着く。
「あんたを送ったら、俺達帰っていいんだよな?」
ズズッ・・・
螭はうにょうにょと地面を滑るみたいに前に進む。こうやって見てもやっぱり只の白蛇にしか見えない。
「あぁ、しかし一つ忠告があるが」
ズズッ・・・
「やるなといったら・・・やるだろう!!」
「うん、りゅうちゃんのノリはいいから。睦月、良い子だからおとなしくしようね。」
ズズズッ・・・
俺達はいったん足を止めた。前を向いたまま睦月に声をかける。
「あのさぁ~」
「何も言うな。光太、お前の言いたいことはわかっている」
「マジーッ?じゃあ俺達何で止まったんでしょ~うか?」
「漢は進まなければいけないものだ・・・しかし、時として後ろを振り向くもの。それは・・・己の危機を真に受け止めるときだ!」
俺達は互いの頭を砲丸投げをするくらい激しく後ろに振り返った。けどそこには何もなく、ただただ田舎の山や森が広がって遠くのあっちこっちに民家らしいものが見えるくらいだ。
いい加減気づくのが当然だけど・・・。
シカト決め込もうかと思ったけど・・・。
「睦月君よ~。これはあれかね?『志村後ろー!』だよね?」
「もう8時は過ぎているが」
「時間の問題じゃねーよ!」
山の景色を背にして歩いている時、さっきから『ズズズッ・・・』って山全体に響く地響き。それに何かデカすぎる気配。
「急ごうか・・・。」
睦月に目で合図を送ってまた歩き出す。一、二歩進んですぐまた振り返った。
やっぱり・・・。何かデカいものが見切れて視界から消えた。
目で合図また歩き出す。
「何してると思う?」
「・・・アイーン?」
「・・・あぁ・・・。なぁ、螭。あれなんだ?」
「でいだらぼっちじゃ。賢さのなさと無駄な怪力しかもたん」
1,2分がめちゃくちゃ長く感じる。見てみたいじゃないか。気になるじゃないか。ジブリ影響だよ!ちくしょう!?
正体を知った今。さっきまではただ見切れていただけだけど。もしかしたら今度振り返ったら今度は今までの奴みたいに襲ってくるかも。
とりあえず、俺達は山道を歩いた。後ろでめちゃくちゃ『ズシン』とか『ヒュー』とか色々効果音が気になる。
「アピールしてんのかな?」
「進撃されたらこちらは一巻のおわりだ」
「そうだな。俺もさすがにあれは倒せねー。」
「しかし・・・見たい。すっごく見たい!」
「やめろ、睦月。冗談抜きで俺勝てる気しねぇ!」
「戦う気あったの!?」
俺の言ってることもいまいち意味わかんないけど、俺は後ろを向こうとする睦月の頭を前に向かせようと両手で掴むので精一杯だ。
「あ、光太。くしゃみ・・・」
「わ、マジかよ!」
「ぷくしゅん!!」
なんだそのくしゃみ!?
手を放していたからそのまま睦月は後ろに顔が向いてしまった。
「あっ」
つられて向いてしまった俺。目が合った人物はやっぱり巨人。これがでいだらぼっち。
一言で・・・・めちゃくちゃデカッ!
もうそれ以上何もコメント出来ない。強いて言うなら・・・あっ、ダメだ。マジデカいしか言えない。あ~、でもこうして見てみるとまぁ・・・うん。大げさに「デカい」と言うほどでもないかな~・・・。これなら説明できそう。
体長50メートルほどのデブなおっさん。バーコードみたいな頭に上半身はぶでっと裸。しかし、下はすててこ履いたすね毛の足。
まるで・・・風呂上がりのおっさんだ。
「・・・。」
もちろん沈黙。互いに沈黙。だって突然すぎるから。おっさんに至っては今しがたあたりまえ体操でもかまそうとしていたところだ。両腕を腰わきでかまえ、つま先立ちしている。
ポカーンと見てるとどんどんでいだらぼっちの顔が赤くなっている。
睦月も俺もそっぽを向いた。
「睦月、どうする?前より動けなくなったぞ!」
声を押し殺して話す。出来るだけ唇を動かさないように。
「知るかっ!?オレ知らない。全然知らない。オレは・・・・もう戦場に帰る資格すらないんだ・・・。」
「・・・ここから突き落としてやろうか?」
「お前達早帰りたくはないのか?」
沈黙を破ったのは螭の何気ない言葉だ。あまりにも澄んだ声だから妙に響いた。
「ぬぁ~・・・螭かぁ?」
「久々だな。でいだら」
「・・・。あぁー・・・お久しぶりです。こんな格好で・・・すいません。ど、どうでしたか?休暇の方は・・・?」
「ふむ・・・。まぁまぁだな」
なんだこのリーマンとその取引先の上司的な感じ。
「ところで、この山を動かしたのはいつだったか?でいだら」
「はい・・・。確か150年前かと・・・はいぃ・・・。」
「うむ。では隣の山は。」
「つい最近向の山と交換いたしました。はぃ・・・。」
「それは後ろの山とではなかったか?
「!っ・・・申し訳ございません!?直ちになおさせますので!?」」
態度改まったか、へこへこと平謝りのでいだらぼっちに対し、妙に大きく(実物はでいだらぼっちと比べたら本当に小さいが)螭は鎌首を堂々ともたげる。なぜだか向こう側に慌ただしいオフィスの景色が見えた。
「オレ、将来あんな大人にだけはなりたくないな。なったら、負けな気がする。」
「シッーーー!!バカ、聞こえるだろ!?」
でいだらぼっちの方を見ながら結構大声で言った睦月の脇を小突く。が、遅かった。すでに聞こえてしまったらしい。でいだらぼっちはこっちをめちゃくちゃ睨んでいる。目から火の七日間並の光線でも出しそうだ。
「でいだらよ。次に失敗は許されぬ。ところであのこれより先の山はここいらで一番大きいが運べるか?」
螭が一瞬俺に目を配ったのを俺は見逃さなかった。
もしかして、合わせろってことか?
「はぃぃ・・・。ご意見の通りに・・・。」
「お話中に失礼いたします。私、本日付けで螭会長の秘書になった。大林です」
「同じく、五十嵐と申します。」
俺達は螭を真ん中に一歩後ろで立った。
「螭様が先ほど東京にあるスカイツリーをパリにあるエッフェル塔と交換出来るかとお考えの用ですが」
何無茶言いやがる、睦月!
「うむ、いかがか?でいだら」
「はぁっ!直ちに取りかかります。しばしお待ちを・・・・はぃぃ・・・。」
でいだらはまた頭を下げるとさかさかと行ってしまった。方角を正確に確認出来ないけど、きっと奴は東京に向かってる。
「い、いいのかよ?ニュースに出ちゃうだろ。しかも、いろんな意味含めて」
「ついにオレの名が大々的に世界へ」
「大丈夫じゃ。江戸までは日の出までに着かんじゃろう。奴は日の光を浴びたら消える。そして次の夜にはまたこの地に戻っておる。そうゆう決まりが私たちにあるのだからな。」
「どうやらリアル『進撃の●人』はまぬがれるんだな」
俺はとりあえず安堵の息をついた。
にしても、ここまでで会ってきた奴等ってイメージとずいぶんかけ離れてて、なんかがっくり。いや、俺は認めた訳じゃないけど・・・。