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「何なんだ、あの男……」


リザはその光景を信じられない面持ちで眺めていた。


突如として現れたあの男。

大柄な体に不釣り合いなほど普通な長剣のみをたずさえている。


その男は瞬く間に猿狗を片づけると退路を確保した。

そこまでならば腕の良い冒険者で済む。

だがあの男はそれのみならず、魔術を全く使わず三面鬼を相手に真っ向から押し込んでいる。

種類にもよるが、三面鬼の力は同等の魔獣と比べても強いほうだ。

仮にそこまで強くなかったとしても、それ以前に魔獣と力比べをするなど命知らずもいいところ。


あれではどちらが魔獣か分からない。


記憶を辿るがあのような冒険者がいるという話は聞いたことがない。

初めは自分の知らない高位の冒険者かとも思ったが、恐らく違う。

あれだけ目立つ体格や戦い方で全く噂になっていないというのは考えづらい。

それに何より……


「あんな一歩間違えば終わりの馬鹿な戦い方をする冒険者など居てたまるものか」



あの男の戦い方は非常に危うい。

仲間の援護があるのならばともかく、誰のフォローもない一人での戦闘ならばもっと慎重に魔術や飛び道具を使って削っていくべきなのだ。

まるで何でも自分一人でやろうとする新人臭さすら感じる。


冒険者の立ち回りとしては稚拙な、それでいて戦闘の技術だけは非常に洗練された動き。

男の戦いからはそんなちぐはぐな印象が感じられた。






ジグの渾身の剛撃が三面鬼の棍棒を文字通り木っ端微塵に吹き飛ばす。

破滅的な音とともに木片が弾丸のように飛び散っていく。

真正面から打ち負けた三面鬼がつんのめったようにたたらを踏んでよろめいた。

武器を破壊された勢いで体勢を崩した相手へ止めを刺すべくハルバードを振り下ろす。



「ちっ!」


ハルバードが三面鬼の頭を打ち砕こうとした瞬間、舌打ちと共にジグはその軌道を横へと変える。

強引に軌道を変えて斜めに振り下ろされたハルバードは横合いから迫っていたもう一匹の三面鬼、その棍棒を食い止めていた。


縦に割れた口を怒らせて吠える三面鬼が押し込もうと力を込める。

ジグは鍔迫り合いをしながら、その三面鬼が先程の個体に比べて小さいことに気がついた。

止めを刺そうとした三面鬼は見上げるほどの巨体だったが、今正面で吠えているのはジグよりも多少大きい程度。



この戦闘が始まる前にシアーシャの言っていた言葉が脳をよぎった。



「……家族、か」



膝をついた親を守ろうと必死に力を込める魔獣。

聞いていた以上に情の深い魔獣のようだ。



「だが、戦うことを選んだのはお前たちだ」



何の感情も浮かべずにそう言ったジグが力を緩め体ごとハルバードをずらす。

突然力を流されて前のめりになる小型とすれ違うように立ち位置を入れ替えて、背後から迫っていた大人の三面鬼の拳を躱す。



子供とぶつかりそうになって動きの止まった大型、その左足に刺さる長剣の柄頭に蹴りを叩き込む。

長剣が肉を抉り根本まで深く突き刺さり、血が噴き出す。



(ちゃんと赤いんだな)


何とはなしにそんな感想を抱いたジグが軸足を入れ替え、今度は柄を横から蹴りつける。

深く刺さった長剣が足の肉を力任せに切り裂き、ぶちぶちと筋繊維が引き千切れる音が聞こえてきた。


一際大きく鳴いた三面鬼が膝をつく。

ふくらはぎ上部に当たる部分の肉がほとんど断たれており、前面の骨と皮でかろうじて繋がっているだけの状態だ。


倒れ伏す親に近づくジグを必死で威嚇する三面鬼。

興奮で血走った複数の眼がせわしなく動き、縦に裂けた口が痙攣している。



醜悪とは思うまい。奴らも必死で生きようとしているだけだ。

状況だけならば自分の方がよほど悪党と言えるだろう。


近寄るジグに子供が恐怖を押し殺して飛び掛かった。

力はそれなりにあるが、親と比べれば貧弱と言っていいそれ。


合わせるように刺激臭が漂う。


人間ならば出血多量で死んでいてもおかしくないほどの血だまり。

それでも流石は魔獣と言うべきか、戦う意思を失ってはいなかった。


最後の足掻きとして近距離で生み出された氷槍は、しかし事前に察知していたジグを仕留めることは叶わなかった。


瀕死の反撃を弾き、決死の特攻を柔らかくいなす。


子供の三面鬼が振り下ろした棍棒を止めきれずに地面にめり込ませる。

もう一度と持ち上げようとしたが、腕は上がっているのに武器はそれについてこない。

不思議に思って下を見ると、そこには腕が付いたままの棍棒が転がっていた。


遅れてやってくる痛みに叫ぼうとしたが、今度は声が出せずに視界が回っている。

周る視界の中で、首と腕のない自分の体を見たのを最後にその意識は暗闇へと落ちていった。




我が子が目の前で動かぬ屍とされた三面鬼が悲痛な叫びをあげる。

取れかけの足を無理矢理に動かしてでも憎い相手を殺さんとその手を伸ばした。


「慌てずとも、すぐに会わせてやる」


怒りと悲しみをないまぜにしたようなその慟哭は、振り下ろされるハルバードで終止符を打たれた。






二体の三面鬼がシアーシャの操る土のかいなに捕らわれている。

必死にもがいて脱出しようとするも、拘束は頑として緩まない。


「意外に頑張りましたね」


破壊された土の盾を再生させながらシアーシャがそう独り言ちる。

三面鬼は壊しても壊しても出てくる土の盾を突破しきれずいるうちに足を取られ、手を拘束され今に至っていた。


十枚まで粘ったのは流石魔獣と言うべきか、それまでに無駄だと気づけなかったのを所詮魔獣と言うべきか。

そんなことを考えながら彼女が手を握り締めていくと、それに合わせて土の腕が三面鬼を締め上げる。


ミシミシと音を立てながら強まる圧。

唯一動かせる頭部を狂ったように振り乱して抵抗していたが、やがてその動きも小さくなり穴という穴から血を滲ませ始めた。


「うんしょっと」


シアーシャが最後の一押しとばかりに徐々に閉じていた手を一気に握り締める。

急速に強められた圧。

三面鬼の口から潰れた内臓が顔を出し、間欠泉のように吹き出る血が周囲を赤く染める。


土の盾を傘のように使って血の雨を凌いだ彼女は視線を彼の元へ向ける。


「流石ジグさん、問題なさそうですね」


口ではそう言うが、元より心配はしていない。

ただ他の冒険者の安否よりも、そちらを確認することが優先事項だっただけだ。


三面鬼最後の一体はセツたちによりほぼ死に体。

ならば残るは取り巻きの猿狗のみ。


彼らは律義にも最後の三面鬼を援護して逃走していない。


「忠犬……猿?魔獣って意外と義理堅いんですかね」


首を傾げながら魔術を組むと狙いを定めようとする。


「邪魔ですねぇ。まとめて薙ぎ払ってしまいたい……」


岩槍をいくつか浮かべるも冒険者たちが射線に入ってしまい思うように撃てない。

確実に当たらない位置にいる猿狗を狙って何発か撃つも木を伝い簡単に躱されてしまった。


その猿狗が手を叩いて引きつったような声で鳴いた。

まるで笑っているかのようだ。


「……」


無言で眉間に皺を寄せたシアーシャが続けて放つも器用に避ける猿狗。

随分と身軽な個体のようで、避けながら何かを投げつけてくる余裕まで見せるほどだ。


飛来したそれは石ではなく、土盾で受けるとべちゃりという音がした。

それと共に漂う異臭。

土盾を見れば、茶色い泥のような物が付着していた。


糞だ。



「……ふ、ふふふふふ」


肩をぷるぷると震わせたシアーシャの髪の毛がざわざわと波打ち始める。

揺らいだ魔力が陽炎のように立ち上り、その行き場を求めて渦巻いている。


「私をここまで怒らせたのは、あなたが初めてですよ……!!」



怒気とともに放たれる岩槍を巧みに躱していくと、猿狗は冒険者を射線に入れるように移動した。


「くっ……!」


かろうじて残っていた理性で魔術を止めるシアーシャ。

わなわなと震えた彼女は目を見開いて魔力を練り上げる。


「えぇい!!」


苛立ちが頂点に達したシアーシャは膝をつくと両手を地面につけて術を行使する。


友人はああ見えて優秀なので、生かしておくのが得策なんです……

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