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ジグが三面鬼と猿狗に追い立てられていた冒険者の元へ辿り着く。

包囲するように後ろへ回り込んでいた猿狗の首を挨拶代わりに刎ね飛ばしてそのまま駆ける。

鈍い音と共に宙へ舞う狗の首。

それに気づいた冒険者……リザが驚いたように振り返った。


「代わろう」


すれ違いざまに一言伝えると、彼女が振り向いた隙を狙って飛び掛かった来た猿狗へ。

一気に距離を詰めると長剣で爪を弾いてさらに接近。

勢いを止めぬまま前に出て左アッパーを顎に叩き込んだ。バトルグローブの魔術刻印が起動し、炸裂した衝撃が猿狗の頭部を綺麗に吹き飛ばす。



「っ!? 任せた!」


声を掛けた冒険者が即座に下がる。

ジグが倒して開いた道を残る体力を振り絞って走っていった。


(判断が早いな。腕のいい冒険者だろうか)


装備からして恐らく後衛。

この数を後衛でありながら凌いでいたのは彼女の実力の高さ故だろう。



ジグは上から降り注ぐ猿狗の血を避けながら戦況を見る。

残る魔獣は猿狗が三、三面鬼が一。

猿狗の一匹がジグの後ろへ視線を向けた。

懐から硬貨を取り出すと、逃げた冒険者を追う様子を見せた猿狗の鼻っ柱を指弾で打ち注意を引く。

鼻先を強かに打たれ怒った猿狗が吠えながら突っ込み、残る二体も跳躍して木を伝って追従する。

飛び掛かる三体。

ジグはタイミングを見計らって地を蹴った。

正面の突っ込んできた猿狗を躱すと、姿勢を低くして一気に速度を上げる。

慌てて二匹の猿狗が樹上から飛び掛かるが、タイミングを外されたその爪はジグへ届かない。


三体をやり過ごしたジグが三面鬼へと走る。

三面鬼は近づくジグへ威嚇するように咆哮を上げると、その棍棒を叩きつけた。

斜め左へとステップし棍棒を回避したジグが三面鬼の腕を斬りつける。

長剣が当たる直前、氷の盾が魔獣の右腕を覆った。

構わず振り抜く。

長剣は氷盾を砕いて腕へ斬り傷をつけるが、勢いを削がれた斬撃はそこで止まってしまう。


傷をつけられて怒った三面鬼が棍棒を横に振るう。

後ろに下がりやり過ごすとジグが視線を険しくした。


「意外に反応がいいな」


こちらの回避と反撃を見越しての氷盾までやってくるとは。

本気で打ち込めば盾ごと斬れるだろうが、猿狗もいる状況でその隙を作れるかどうか。

業物ではあるが、この長剣では力不足を否めない。

バトルグローブで止めを刺そうにもリーチが違いすぎるのでリスクが高い上、確実に仕留めないと反撃を食らうのは必至。


何かないかと視線を巡らせるジグの視界にある物が映った。


「……悪くないな」


だが場所が悪い。

目当てのものは三面鬼の後ろにある。

何かで気を引ければいいのだが、あいにく他の冒険者は自分たちの事で手一杯のようだ。


「さて、どうするか」


時間を掛けて浅い傷を作り魔獣を消耗させれば倒すことはできる。

しかし今はその時間が惜しい。

多少強引だが、強行突破するしかない。

ジグが方針を決めると腰を落として気を窺っていたその時、魔獣の絶叫が響き渡った。


猿狗のものとは声量からして違う、腹の底に響く音。その出所はシアーシャの黒みを帯びた岩槍で胴体に風穴を空けられた三面鬼だ。

人にとっては異形の咆哮。しかし彼らにとってみれば仲間の慟哭。


その叫びは冒険者のみならず、魔獣たちの気すら引いた。




ただ一人、ジグを除いて。

彼の視線と意識は片時も目の前の敵から逸れていなかった。


「っ!」


自分から視線が外れたのを認識した瞬間、全力を込めて右足で地面を蹴る。

蹴り足の反動で地面が割れ、弾けるような音が鳴る。

二歩目で軌道を修正し、三歩目でトップスピードへ。

三面鬼の目は複数あるため、ジグへの視線を完全に外したわけではない。

しかし意識は一つだけだ。それが逸れれば反応は遅れる。


意識が逸れたのはまさに一瞬。

その一瞬の間をジグの踏み込みが食いつぶす。


我に返った三面鬼が棍棒を振り下ろすが、遅い。

回避行動すらせず真っ直ぐに突き進むジグの後ろを叩いただけだ。

長剣を構えたジグが懐に入り込んだ。

危機を察知した三面鬼が防御に集中する。

棍棒を手放し両腕で首などの急所を守り、更に氷の盾を作り出し覆う。



一方的に斬れる絶好の攻撃の機会。

しかしジグはそれを無視すると魔獣の背後へ駆け抜ける。

剣を構えたのはフェイント。本命は、今まさにジグの手の中にある。



「借りるぞ」


ジグは地面に突き立っていた武器……斧槍ハルバードを引き抜いて不敵に笑った。

握りを何度か変えると確かめるように一振り。

長剣を振っていた時とは違う、空気をかき分けるような重低音。

その重量感と頼もしさに満足げに頷く。



「やはり長物は手に馴染む」


長剣を左手に下げ、斧槍を肩に担いだ。


ハルバードを持つジグを見た魔獣が憎々し気に一吠えして縦に並んだ目を細める。

その行動に怪訝そうな顔をするジグ。


「ふむ……これに嫌な思い出でもあるのか?」


ジグの問いに氷槍で返す三面鬼。

迫る魔術にジグが動く。


射線から一歩横に移動すると短く持ったハルバードで的中弾のみを捌きながら前に出る。

三面鬼の放つ氷槍の後を追うように動き出した猿狗。

先程の反省を生かしてか三体とも地面を走っている。


それに対してジグのとった行動はシンプル極まりない。

柄を長く持ち直すと走る速度を上げて上段から叩きつける。

接敵速度とリーチが変わったことで間合いを読み違えた猿狗を一刀で叩き潰した。

防御など無意味な力任せの一撃に掲げた腕ごと真っ二つにされる猿狗。

ハルバードは両断した勢いそのまま地面にめり込んだ。


「せぁ!」


気合いとともに腕の筋肉が盛り上がる。

叩きつけたハルバードを足を踏ん張らずに右腕だけで引っ張ると、ジグの体が前に跳ぶ。

斧部分を地面に引っ掛けアンカーのように使い、動きを止めずに距離を詰める。


攻撃の硬直を力技で殺したジグが猿狗に向かって滑る。

左逆手に持った長剣ですれ違いざまに首を刎ねると姿勢を低くして残る一体の爪を回避。

下がりながら地面に突き刺さったハルバードの斧部分を脚甲で蹴り上げ、引き抜く。


猿狗の腕は人に比べて長いが、ハルバードには及ぶはずもない。

突き出された槍の穂先が、追撃を加えようとする猿狗の胸を突いた。

体を押しとどめられた猿狗の腕が空を切る。


斧が引っかかり貫通こそしないものの、根元まで突き刺さっている。

駄目押しとばかりにジグが柄を上から殴りつけると、刺さった穂先が胸から股下までを縦に引き裂いた。


腹を掻っ捌かれた猿狗が倒れる前にジグが大きく後ろへ跳んだ。

三面鬼の振り下ろす棍棒が先ほどまでジグのいた地面を猿狗ごと叩き潰した。


あの魔獣にとって猿狗は仲間という認識ではないのだろう。

邪魔な駒を使い潰すように切り捨てた三面鬼は忌々しげに棍棒に引っ付いた肉塊を振り払った。



「図体の割に、小さい奴だな」



漂ったのは刺激臭ではなく鉄の匂い。


左腕に氷の盾を纏わせた三面鬼が体の前に構え、棍棒を右手に下げてこちらの出方を窺う。

まるで人間のような動きにジグが口の端を歪めた。


「人の真似事か?」



唸りながらジリジリと距離を詰める三面鬼。

棍棒とハルバード、武器の長さはほぼ同じだが腕の長さなどを考慮すればリーチは圧倒的に相手が上。

だがジグは臆さずに一歩を踏み出す。


焦れた三面鬼が先に動いた。

叩きつけでは先ほどのように避けられると考えた三面鬼は足元から胴を払うような横振りを繰り出す。

そうなればジグは下がるしかない。

三面鬼は相手が下がったのをいいことに攻め立てる。

二回三回と同じ動きを繰り返したところでジグが動く。


いつの間に取り出していたのか硬貨を手にしたジグが指弾を放つ。

眼球を狙ったそれはかざした盾に弾かれるが、同時に投げた長剣が三面鬼の腿に浅く刺さった。

動きの鈍った瞬間を逃さずにジグが走る。


ハルバードを警戒した三面鬼が近づけさせまいと棍棒を滅茶苦茶に振り回し始めた。

その間合いの前でジグが体を回転させて武器を振りかぶった。




地を走るハルバードが火花を散らし、タメを作る。

突進の勢いを踏み込んだ足から膝へ、回転させた腰がその力を余さずに上半身へと伝えていく。

大地をカタパルトにして射出されたハルバードが重量と遠心力をその先端へ集約させる。



「はぁあああ!!」



ジグが吠える。

渾身の力を籠めて打ち出された一撃は弧を描いて三面鬼の棍棒に直撃。

その大部分を爆散させた。


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