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戦いの喧騒の中、鋭い笛が三回響き渡る。
「この音は確か……新手だったか?」
「はい。どうやら猿狗が引き連れた魔獣が出てきたみたいですよ」
行きましょうと進むシアーシャの後に続き、情報共有のためワダツミのパーティーに近づく。
丁度猿狗を仕留め終えたケインたちがシアーシャの接近に気づいた。
猿狗の頭部から剣を引き抜いたケインが持ち手の血を拭う。
「そっちも片付いたか」
「何があったんですか?」
「走りながら話そう。皆、これから他パーティーの救援に行くぞ!大型の魔獣が複数、油断するな!」
剣を納めぬまま仲間たちに指示を出すケイン。
彼らと並走しながら進む。
「猿狗共が連れてきたのは三面鬼だったらしい。それも複数……小規模な群れだ」
「三面鬼とはまた……あれとどうやってコミュニケーション取るんですかね」
「分からない。だが危険度は想定していたよりずっと高い。猿狗が魔獣を群れごと引き込んでいた例はほとんど聞いたことがないんだ。引き込んだというよりもいい様に使われているのかもしれない」
三面鬼の名はジグにも聞き覚えがあった。
先日資料室で借りた魔獣大全で見かけたばかりなので記憶に新しい。
大きな体とそれに見合った力、複数の眼球による広い視界を持ち冷気の魔術を得意とする強敵だ。
厄介なのは小規模とはいえ群れを作ることで、四~六体での行動をしているのがよく見られる。
本来もっと寒冷地帯に住んでいる魔獣と書いてあったはずだが。
「最近では群れと言うより家族なのではないかという説が有力らしいですよ?必ず雄雌混在かつ若い個体もいるとかで」
「家族で狩りか。働き者だが、狩られる方はたまったものではないな」
途中セツたちも合流して援護に急ぐ。
「セツさん、三面鬼と戦ったことはありますか?」
「はぐれの一匹と一度だけ。雄の蒼双兜と同等くらいの強さかと」
「なるほど」
三面鬼のおおよその戦闘力を聞いたシアーシャが少し考える。
「では私たちは魔獣の殲滅を目的として動きます。冒険者の救援はそちらにお願いしても?」
「丁度こっちもそれを提案しようとしていたところだ。魔獣は任せる」
ジグとシアーシャは強いが二人だけだ。
人手が必要な時にはその能力が大きく制限される。
それを理解していたケインはあらかじめそう動こうと考えていた。
「助かります。倒した手柄と救援の恩は山分けということで」
「いいのか?」
「揉めている時間がありますか?」
「違いない」
短いやり取りで済ませるケインとシアーシャ。
振り返ったシアーシャがジグに微笑んだ。
「ジグさん、張り切りましょう」
「魔獣の殲滅を優先目標、了解した」
方針を決めたところで戦況が見え始めた。
魔獣たちとの戦いは拮抗していた。
元より猿狗が未知の魔獣を引き連れていることは想定した面子を揃えていた。
それを考慮した戦力を揃えていたのに拮抗しているというのは想定外であるということの証でもあるのだが。
冒険者たちと魔獣がぶつかり合う怒号と悲鳴がそこかしこから聞こえる。
三面鬼の数は七体。
そのうちの二体が倒されていたが、冒険者たちも少なくない損害を出していた。
欠けた仲間を補い合うように別々のパーティーが協力し魔獣と交戦している。
その中で孤立した冒険者が一匹の三面鬼と猿狗相手に交戦していた。
「シアーシャ、奴は俺が。他を頼む」
言うや否や返事も待たずに駆け出すジグ。
あっという間に離れていくその背を微笑みながら見送ったシアーシャが視線を横に向けた。
そこでは冒険者たちが必死の形相で戦い、ケインたちが怪我人を運び、セツが押されている冒険者たちを援護している。
「やれやれ、ですね。人助けなんて柄じゃないんですけど……ジグさんを見習って仕事と割り切りましょう」
人と交わるようになっても彼女の根元は魔女のままだった。
大陸は違えどかつて自分を追い立て続けた人間を何故?
ここに来てから幾度か人間を助けたことがあるが、そう考えることは何度もあった。
しかし今の自分はその答えを持ち合わせている。
人間は嫌いだ。
数ばかり多いくせにすぐ争うし、自分と違うモノを認めようとしない。
愚かで小さくて、そしてとても恐ろしいイキモノ。
「――それでも、好きになれた人たちもいたんです」
彼らとの縁のためにも……そして、彼らと引き合わせてくれたあの人のためにも。
そう思えば気の進まないことでも、やってもいいかなと思えるようになれた。
「そう……言わば、付き合いで助けるわけですね」
人を助けるのはただの付き合いだ。
そう語る彼女は、自分がおかしな事を言っているとは思っていない。
金で助ける傭兵に、付き合いで助ける魔女。
「実にお似合いだとは思いませんか?」
誰に問いかけるでもなく酷薄な笑みを浮かべたシアーシャが魔力を練り上げる。
その濃密さに魔獣だけでなく冒険者たちですら視線を奪われた。
複数ではなく、一本の長く鋭い岩槍を掲げた手の中に生み出す。
今までのものとは明らかに一線を画するソレ。
生成されてなお魔力を注がれ続け、圧縮された岩槍が黒みすら帯び始めた。
警戒するように三面鬼が一声吠えると氷盾を生成しシアーシャに向かって構える。
「所詮は魔獣ですか。これがどういうものかも理解できないとは」
口の端を歪めた彼女は健気にも盾を構える三面鬼を見て嘆息した。
あの魔獣はどうやらこれを防ぐ気でいるらしい。無知とは恐ろしいものだ。
シアーシャは魔力を注ぎ終えるとその岩槍を三面鬼に向かって解き放つ。
発射された推力の余波が彼女の長い黒髪をたなびかせる。
岩槍はその大きさからは想像もできぬ速度で迫り、両腕で支えるように掲げられた三面鬼の氷盾と接触。
障子紙を破るように盾を突破し、交差させた両腕ごと三面鬼の胸を貫いた。
一拍遅れて四つの目全てを見開いた三面鬼の悲鳴が響き渡る。
縦に裂けた口から大量の血を吐き出し後ろ向きに倒れると、体を痙攣させた後にその動きを止めた。
つまらなそうにその死体を見届けたシアーシャが残る三面鬼三体の視線を集めて一歩踏み出す。
黒髪がかすかに浮かび上がるほどの魔力の奔流に無意識に魔獣が一歩下がった。
「さあ来なさい化け物よ。私にその力を示しなさい」
新たに術を組みながら魔女は嗤う。
「只の人でさえ私に触れることが出来たのです。真に化け物であるお前たちに出来ぬ道理もありませんよ?」
シアーシャを見た冒険者たちが増援に喜んだのは束の間。
彼女の発する異様な気配に自分たちが本当に助かったのかどうか判断に迷い動けなくなっていた。
そこに立ち直ったセツが一喝する。
「もたもたしないで! 早く退避を!!」
「あ、ああ……」
怪我人を連れた冒険者たちが撤退し始める。
それをフォローするように近くにいた一体へ攻撃を加える。
シアーシャに気を取られていた魔獣の懐へ入り込むとその足にサーベルで斬りかかった。
「シッ!」
三面鬼は冷気魔術の効果が薄いため、セツは身体強化をフルに活用し肉を裂くと即座にその場を離れた。
痛みに気づいて魔獣が反撃するも既に距離を取っている。
あの場でセツがいち早く立ち直れたのは以前にもシアーシャのアレを間近で見たことがあったからだ。
その時はもっと恐ろしく、ベイツでさえも凍りついてしまうほどの威圧だったが。
(あれが自分たちに向けられていないのならば、害はないはず)
経験でそれを知っているセツはすぐに動けた。
手痛い一撃を貰った魔獣がターゲットをセツたちに移し一匹を引き付けることに成功。
振るわれる棍棒は力強く恐ろしい。
だが蒼双兜の賞金首に加え異常成長した魔繰蟲まで経験したセツたちにとっては、ただ強い力を持っただけの魔獣一匹など恐るるに足りない。
「芸がありませんね」
躱した一撃に合わせて大きく斬りかかる。
反応した三面鬼が棍棒から片手を放して殴りかかってくるが、読んでいたので悠々と回避。
セツの囮に引っかかった三面鬼に仲間の雷撃が直撃してその動きを鈍らせた。
連携して魔獣を追い詰める彼女たちの動きは冒険者としてのお手本とも言える程に無駄がなく、そして確実に効果を出していった。