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「出たぞ、猿狗だ!!」


猿狗の縄張りに入ってから数分後、遂に魔獣と遭遇した冒険者が出た。

鏃型に展開していた冒険者たちの右端の方で接敵を知らせる声と、遅れて戦闘音が響き始めた。


ジグたちは隊列の左端にいた。


「私達からは距離がありますね」

「ああ。だがこちらに来るのも時間の問題……いや、もう来た」


ジグは森の奥を睨むと指をくわえて指笛を吹いた。

鋭く響いたその音にワダツミの冒険者たちが身構える。


指笛が鳴りやまないうちに木々の間から大小様々な石が飛来してきた。

身構えるジグを制してシアーシャが前に出る。

詠唱の一節を口にしながらトン、と足を踏み鳴らせば呼応するように捲れ上がった土が二人を隠す。

飛来した石はその土壁に阻まれて二人に触れることなく地に落ちた。



ジグは土壁の端からちらりと様子を窺うとすぐに身を隠す。

見えたのは木々にぶら下がる猿狗が六匹ほど。いずれも地面に降りた様子は無く遠間からこちらの出方を窺っている。


犬の頭から猿のようなひきつった甲高い吠え声が森に響いた。

横を見ればセツやケインたちも猿狗と接敵していた。セツを筆頭に魔術を放ち応戦している。



「杭では面倒な相手ですね」


土盾を生成したシアーシャが投げられる石を防ぎながら新たに術を組む。

土が周囲に浮かび上がると女性の腕ほどの大きさをかたどり先端を尖らせる。


籠められた魔力の濃密さに猿狗達が仲間に危険を呼びかけるように鋭く吠えた。


二十ほど浮かべたシアーシャが猿狗へ向けて指し示す。

それを合図に岩槍が弾けるように打ち出された。


迫る岩槍に慌てて散開する猿狗達。手足を巧みに使い岩槍の射線から逃れる。

一匹が逃げ遅れて体を貫かれ、もう一匹が木を盾にしようとして木ごと頭部を吹き飛ばされる。

それでも視界の悪さと地形、そして身軽さをもって四匹が岩槍から逃れた。


岩槍の発射から一拍遅れてジグが駆けだした。

腰の長剣を抜き放つと猛然と生き残った猿狗へと迫る。


迂闊にも石を拾おうと一瞬地面に足を着いた猿狗へ間合いを詰めるとその両足を薙ぎ払った。

着地の瞬間を狙われた猿狗は為すすべなく足を失い地を転がる。


ジグは転がった猿狗には止めを刺さずに次の標的へと走る。

追撃が来ないことに気が付いた猿狗は四本の腕を使って這って逃げようとしたが、次弾の準備を終えたシアーシャが二射目を放つ。

猿狗は身を丸くして防御をしたが、抵抗虚しく防御ごと岩槍で全身を撃ち抜かれ肉塊と化した。



猿狗の最期を見届けることなく走るジグは長剣を左手に持ち替え、腰の手斧を右手で抜いて下手投げ。

木々を二対の腕と一対の足で自在に動き回る猿狗を捉えるのは難しいが、ジグの狙いは猿狗ではなく移動先の枝だ。

掴もうとしていた枝に手斧が突き刺さり、驚いた猿狗が枝を掴み損ねるが、即座に別の腕が動いて近場の枝を掴み落ちるのを回避した。

猿狗は落下こそしなかったが動きが完全に止まってしまった。

そして動きの止まった猿狗などシアーシャのいい的だ。


猿狗の悲鳴を背に走るジグに残る二匹が殴りかかった。

左右から同時に襲い掛かる猿狗。

ジグは急ブレーキをかけると左に跳んだ。

右の猿狗をやり過ごし、猿狗二匹とジグが直線に並ぶ位置関係へ回り込む。

左にいた猿狗が向き直り右腕二本の大振りフックを繰り出す。

速度はあるが動作の分かりやすいテレフォンパンチをバックステップで躱すと即座に距離を詰める。

それを見た猿狗が振った腕を逆に払ってのバックナックル。

魔獣の膂力が強引な軌道変更を可能にする。


踏み込みと同時の避けきれないタイミング。

側頭部と腹を狙った横撃をジグは右肘を立てて受け止めた。

鈍い音を鳴らして猿狗の腕が押しとどめられる。

ジグの腕力と虹龍蝦の手甲は猿狗の爪をものともせずに受けきっていた。



攻撃を止められた猿狗が慌ててもう片方の腕を振るおうとするが、それよりもジグの長剣が突き込まれる方が早かった。

胸の前で矢を放つように構えられた長剣が真っ直ぐに突き出される。

刃を横に向けられた長剣は上腕と中腕の中ほどに突き刺さると骨を掻い潜るように進み、肺や心臓付近を致命的なほどに破壊する。

猿狗は口から血と泡を零しながら呼吸ができずにのたうち回った。


一刺しで致命傷を与えたジグが長剣を引き抜いてもう一匹と対峙する。


両腕を上から叩きつけるように迫る猿狗。

対してジグは半身で左手に持った長剣を後ろに向けると横にステップして回避。

叩きつけた腕とは別の腕で追撃する猿狗。

迫る爪にジグは右腕の手甲をバックラーのように構える。

初撃を手甲の表面で滑らせるようにいなし、二撃目に動く。


「ふっ!」


タイミングを見計い、猿狗の腕が最も勢いに乗る直前を狙ってその手首を勢いよく弾いた。

弾かれた腕が浮かび上がり無防備に隙を晒す。


それと同時に後ろに構えた長剣が動く。

弾く手甲と振り下ろす長剣の動きは間断がなく、別の腕が動き出す間すらない。

半円を描くように振るわれた長剣が、弾かれて力の緩んだ腕を中ほどから断ち斬った。

猿狗の腕が宙を舞いその軌跡を追うように血が吹き出る。


大きな悲鳴を上げながら滅茶苦茶に腕を振り回す猿狗。

ジグは冷静に一歩下がりそれを見極め、腕が振り切られた瞬間を狙ってもう一本の腕を落とす。

さらに激しく暴れるが、出血と痛みで動きが雑になった猿狗などもはや敵ではない。


大きく踏み込み、振るわれる腕を掻い潜り懐に潜り込む。

長剣を両手で持つと地を踏みしめ、身を上げつつ腰を入れての逆袈裟斬りをお見舞いする。


強烈な一撃は防いだ腕ごと胸部を叩き斬り猿狗を絶命させた。




「強さはそれなり……数が揃うと厄介だな」


残心を解いたジグは猿狗の戦力を大雑把に分析する。

立体的な動きができるので聞いていた強さよりも処理に時間が掛かっている。遠距離攻撃もできる点を考慮すると嫌われるのも無理はない面倒さだ。



長剣を大きく振って血を払うと戦況を見た。

ワダツミはケイン、セツ両名のパーティーが危なげなく処理している。これぐらいならば態々連携をとる必要もないと判断したのだろう。


セツは氷槍を放ちながら肉薄し、回避した硬直を的確にサーベルで突いている。

意外と言っては失礼だろうが、ケインも見事な手並みで魔獣を減らしていた。

個人の力量としては他の者に比べてそこまで優れているというわけではないが、彼は非常に戦況を見るのが上手い。

的確に仲間のフォローに周り、十分に相手を仕留め切れるだけの下地を整えている。


あの時も、真っ先にジグの武器になっていなければもっと苦戦していただろう。

彼の意外な才能に驚きながらも視線を巡らせた。


他の冒険者たちは所々で協力して処理している様子が見られる。

投擲などで多少怪我をしている者もいるが大きな損害は出ていないようだ。



危急で援護の必要な場所がないと判断すると武器の調子を確認する。

流石はガント作といったところか、これぐらいではびくともしないようだ。


ジグは長剣を鞘に収めぬまま上を向く。

木に刺さった手斧を回収しようとしたが思ったよりも高いところにある。

どう取ろうかと悩んでいるとシアーシャが歩み寄ってきた。


「お疲れ様です。結構楽そうですね……」

「なぜ残念そうに言う?」


言葉の内容とは裏腹に彼女の表情は浮かばないものだった。

ジグの問いにシアーシャは一節唱えて指先をクンと上に向けた後ジグザグに動かす。

するとジグのすぐ脇に階段状の土壁が生成されて手斧が刺さった木までの道を作った。



「想定外があったほうが報酬も美味しくなるじゃないですか」

「その分リスクも高くなって犠牲者も出るかもしれないぞ?」



彼女に片手を上げながらその階段を登って手斧を回収すると飛び降りる。

腰に手斧を下げながら近づくと彼女は蒼い瞳を輝かせて楽しそうに笑った。


「その方が恩も売れて一石二鳥じゃないですか」


手甲の傷を確かめていたジグは一瞬動きを止めて彼女の顔を見た。

冗談で言っている様子は微塵もない。


「そういう考え方も……あるかもしれないな」

「でしょう?」



ジグの同意を得られたと思い嬉しそうにするシアーシャ。

喜んでいる彼女にどうしたものかと頭を掻いていると遠くで怒号と叫び声が聞こえた。

猿狗と戦っているにしては戦闘音が激しい。


身構えるジグと喜色を浮かべるシアーシャ。



「ほら来た!」



(ほら来た、ではない)


被害にあった冒険者に殴られてもおかしくないことを、そんなに嬉しそうに言われても困る。


「……あまり他人の前でそれを言ってはいかんぞ?」

「……? はい、分かりました?」



ジグの指示は理解できても、何故そう言われたのかは分かりかねるといった様子のシアーシャ。

不思議そうに首をかしげる彼女を見て先は長そうだと感じるジグであった。


「それは追々、か。ともかく行くぞ」

「はい、楽しみですね!」



皆様のおかげでハイファンタジー部門の日間、週間、月間ランキング一位達成させていただくことができました。

執筆当初ではとても想像できないことでしたが、これも日々読者様のささえあればこそです。

この場を借りてお礼申し上げます。



些事ですが作者用のツイッターを開設しました。

進捗度など呟いております。活動報告にリンクを張っておきましたのでよければどうぞ。


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