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なにやらとんでもないことになってきました。ものすごい数の感想、ありがとうございます。
全てに返信することはできませんが、全てしっかり目を通しています。天狗にならないよう気をつけつつも、これからは自信を持って執筆できそうです。
依頼の受注などの手続きや冒険者同士のがなり合いといったギルドの喧騒が外にまで聞こえてきた。最近は別の依頼を受けていたこともあってこの空気も久しぶりだなと感じたジグがシアーシャに目を向ける。
それに気づいたシアーシャがするりとジグの腕をなでて猫のように目を細めた。
「今日はとことん付き合って貰いますよ?」
「望みのままに、お姫様」
満足いく答えにコロコロと笑う。
彼女は艶のある黒髪を上機嫌に揺らしながら扉を開けると物怖じすることなく中へ入っていく。
お預けを食らっていた割には機嫌がいいようだが、何かいいことでもあったのだろうか。
不思議に思ったが、彼女の機嫌が良くて自分が困ることもないかと考えるのをやめて後に続く。
武器の手配と防具の新調をした翌日、ジグはシアーシャと共にギルドへ来ていた。
その背には双刃剣ではなく肉厚な長剣が一本吊るされている。武器の作成には時間がかかるのでそれまでの代わりとして店側がレンタルしてくれたものだ。
“レンタル代はサービスしてあげるけど壊したら別料金だからね?”
そう言ってこの剣を渡した時のガントは髭だらけの顔を愉しそうに歪めていた。
まるでもう壊すのが確定しているかのようなその表情にこめかみをヒクつかせたまま有り難く受け取った。それでも今回は壊さない、などと言えない程度にはジグは自分のことを理解している。
ニヤついたガントはマイアにグーで殴られていたから溜飲も下がった。
渡されたのは手が足りないときに店に言われて渋々作ったという汎用的な長剣。特にこれと言った特徴はないが、頑丈で壊れにくく信頼性の高い武器だ。シンプルながら見事な出来で、握りや重心の配分にガントの技量の高さが見て取れる。
まともな武具の質も十分いいじゃないかと感心したほどだ。
これで使用者のニーズに合わせたものを作れば引く手数多だったろうに……まあ、それも含めての彼の力量か。
彼女の後をついて入ったギルドではいつものように冒険者がそこかしこで仕事の選別や準備をしていた。
「仕事取ってきますね」
「頼む」
仕事を探しに行ったシアーシャを見送り適当な椅子に腰を下ろす。
「……またか」
ジグが座ると同時に何人かがこちらに近づいてくると無言で向かいに座った。
入った時から視線は感じていたので特に驚くようなことでもないが、その組み合わせには興味があった。
正面の二人……エルシアとベイツが睨み合う。
二人は用があるはずのジグそっちのけで威嚇し始めた。
「よう眼帯の。悪いが俺が先だ」
ベイツが目つきも鋭くエルシアを恫喝する。
並みの冒険者ならばそれだけで無言で回れ右しそうな迫力であるが、エルシアも負けていない。
「何言っているのよハゲ。どう見ても私が先でしょうに」
ベイツの眉間に青筋が浮かぶ。
「ハゲじゃねえ剃ってんだよ似非アマ!」
「誰が尼よ神なんてクソ喰らえだわ!」
売り言葉に買い言葉。
高位冒険者の剣幕に巻き込まれまいとした周囲がさっと距離を取る。
「……お前ら何しに来たんだ」
朝から品のない奴らだとため息をつくジグ。
眼帯越しに器用にガンを飛ばし合う二人を放っておいても話が進まない。
ジグは懐に手を入れると蒼金剛の硬貨を取り出し指で弾く。
硬貨の軽い金属音が二人の注目を集めながら宙を舞い、ジグの手の平に落ちた。
それを握り込んだジグが二人に問う。
「表か裏か」
「表だ」
「裏よ」
意図を察した二人が即座に応える。
開いた手に乗る硬貨の向きは―――
「やった、私が先ね」
「チッ……」
勝ち誇るエルシアに舌打ちして引き下がるベイツ。
彼女は居住まいを正すとさっきまで言い合っていた表情を引き締めてジグを真っ直ぐに見た。
「この前は世話になったわね。おかげで仲間はしばらく入院生活よ」
「なに、お互い様だ。俺も先日は少し寝苦しかった」
「それと一緒にしろっていうの?」
「死人に口なしでも、俺は構わないぞ?」
それを持ち出されればエルシアは何も言えずに黙るしかない。
ジグに皮肉は通じないと理解した彼女は本題に入ることにした。
「……例の件について大体の調べは付いたわ。あなたのことも、今回はあくまで護衛をしていただけの傭兵として処理されている」
「ほう、それは随分理性的な対応だな。あの時もそう動けていればもっと早く話が進んでいたものを」
「……否定はしないわ。結果的にあなたたちの言っていたことは正しかった」
挑発とも取れるその言葉にエルシアの眉がピクリと動く。
ジグに怒ったのではない。彼の言葉通り、もう少し慎重に事を運んでいれば仲間が怪我を負う必要もなかった。彼女は自分の判断の甘さに腹を立てたのだ。
ギルドは二大マフィアに抗議を申し立てると共にその被害状況を明確にするべく動いている。被害が出ている冒険者で判明しているのは十五人。そのうち九人が先のマフィアの抗争で確保、あるいは埋葬された。
しかし残りの六人がどうしても見つからない。
押収された物以外は死体はおろか遺品、血の一滴に至るまで何の手掛かりもないのだ。ギルドの処罰を恐れて逃げたのならばともかく、その痕跡すら見当たらない。
元々の彼らの実力を考えればそこまで手回しがいい可能性は非常に低く、恐らく何者かに手引されたか消されたというのが推測だ。
しかしその推測も疑問が残る。
彼らはあくまでもドラッグに魅せられた被害者でありマフィアにとっての捨て駒だ。そこまでして逃がしてやる義理も、消すほどの情報を持っていたとも考えにくい。消すにしても逃がすにしても動機として不十分として目下ギルドでも情報を集めている。
その辺りの事情をギルドから聞かされていたがエルシアにとっては正直どうでもいい。
ドラッグに溺れた低級冒険者がどうなろうと知ったことではない。
彼女にとって大事なのはこの男の出方だ。
エルシアは周囲に視線を走らせる。
興味深げに見てはいるが話し声が聞こえない程度に距離を取っているあたり彼らは分別がある。こちらを見る視線は好奇のもので、忌避のものではない。
「……話していないのね。私の眼の事」
龍眼の心を読むと言われる異能は有名だ。
先を見通し、人を見通す、万象に通ずる瞳……そう呼ばれている。
自分の心を読むかもしれない相手が近くにいる、そのことを許容するのは非常に難しい。人間誰しもやましい事や知られたくないことがある。それを暴く龍眼を忌避するのは当然の反応だ。
もしジグがこのことを誰かに話していれば周囲の反応は……考えたくもない。
この街を、いや国を離れる必要すら出てくる。
「お前も話していないだろう?お互い、奥の手は余所に漏らさない……それで手を打たないか」
「こちらとしては願ってもないことだけど、随分と私に都合がいい取引じゃない?」
ドラッグは確かに違法だが、モノさえ見つからなければいくらでも白を切れる。
この男が使用していたのは目立つ液状ではなく小さな錠剤のような物だった。隠すのは容易い。
何か裏があるのかと訝しむエルシアにジグは笑う。
「いやなに……お前から貰ったあの棍のことだがな?随分いい金になったからな。これ以上は流石に罰が当たるというものだ」
ほくほくという言葉がこれ以上ないくらいに合ういい笑顔でジグが言い放った。
貰ったじゃなくて奪っただろう!
そう言おうとしたエルシアの額に嫌な汗が浮かぶ。
「え、ちょっと待ってよ……私の武器、一体どこに売り払ったの!?」
「質屋」
「どこの!?」
「繁華街で南の端にある一番でかい所だ。鍛冶屋の証明書を持っていったら気前よく二百万も出してくれたぞ」
「に、にひゃく……」
眩暈がする。
アレを作るのにその五倍近くかかっているというのに。
今すぐにでも取り戻さなければ質流れしてしまう……!
「私急用ができたから帰るわ!手打ちの件、乗った!!じゃあね、覚えておきなさいよ!」
そう言って立ち上がると捨て台詞と共に法衣を振り乱して走り去って行った。
驚きと困惑が混ざったような顔でベイツが禿頭を撫でる。
「何だったんだアイツ……ジグ、あの似非僧侶となんかあったのか?」
「ふむ……」
ジグは顎に手を当てて思案する。
込み入った事情や依頼の守秘義務、エルシアとの手打ちのことも考慮すると話せることはほとんど無いといえる。
しかし、結局のところ……
「不幸な行き違いによる無益な争い、と言ったところか?」
ベイツは目を丸くした後、噴き出す。
つられてジグも笑った。
「なんつぅか、あれか……ウチと同じか……」
嫌そうにするベイツに声無く笑うジグ。
恨めしそうにこちらを見るベイツがため息をついた。
「ここまでくるともう勘違いされるお前の方が悪くねえ?」
「否定はしないぞ?俺も自分からこの手の仕事に首を突っ込んでいるわけだからな。だが、早とちりをして先に手を出すのはいつも俺以外の人間だ。まったく、血の気が多い奴らには困ってしまうな……」
もはや突っ込む気にすらならないベイツ。
そこに依頼をとって来たシアーシャが戻って来た。彼女は依頼書を持って突っ伏すベイツとジグを見て小首を傾げた。
正直ここまでの事態になるとは思っていなかったので、これを期にしっかり設定を詰めて皆さんにお見せできる形で一度出したいと考えております。世界観、力関係、魔術の仕組みなどなど、気になったことがあったら活動報告の「なぜなに魔女さん」へお投げかけください。