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「ここが、異大陸?」


シアーシャが目を凝らして見る

少し霧がかかっているが、いたって普通だ


「近くに人が住んでいる形跡はないようだな」


水夫に借りた望遠鏡を使いながら周囲を探るが船が一隻あるだけだ

先遣隊の物だろう

慌ただしく動き回る水夫に指示を出している船長を見る

大きな声で出しているそれを聞くに、どうやら接岸するらしい


流石というべきか、多少の霧をものともせずスムーズに船が岸に着けられた

ただし二隻だけで、他の船はある程度距離を置いて未だ海にいる


「私たちは斥候というわけですか」

「気をつけろ。先遣隊の姿が見えないということは何かしらのトラブルがあったはずだ」


残された船には誰もいなかった

連絡が取れないのはともかく、誰一人として残していないのはおかしい

傭兵や外様の多い船に安全確認させるのはさせるのは当然と言えた

水夫を一部残し船を降りる


「地面が柔らかいな」

「その割には荒れてますよね。普通なだらかになりません?雑草も少ないですし」


こういった湿った大地は緩やかで草やコケが多いのが普通のはずだが、ところどころ隆起し足場が悪い


「こっちは草木の生態系からして違うのかもしれんな」



この船は傭兵や護衛の兵士が多く、寄せ集めとはいえ戦力としては十分だ

十人ほどの隊に分けられ周囲を探索するように指示される

ジグたちは上陸してまっすぐ行った小さな丘を登って遠くを見渡す

遠くの方に村が見える


「歩きだと半日くらいか?」


人里が見えたことに安堵しながら目星をつけているとわずかに揺れた


「地震か?」


しかしそれ以上の変化はなく、ジグは隊の方へ戻る

シアーシャが離れたところで座り込んでいたので近づく

地面を調べているのか掌に土を乗せて眉間にしわを寄せている


「どうした?」

「おかしいんですよね」


立ち上がると周囲を見る


「ああいう地面のひび割れって乾いたところじゃなきゃすぐに元に戻っちゃうんですよ。これだけ水気のある所で残ってるのは不自然です」

「つい最近できたということか。地震か何かじゃないか」

「うーん…そういうのとは違うような。地面がひび割れるするほどの地震だと岸の方とかもっと崩れていると思いませんか?」


確かに船から降りた時にそのような形跡は見られなかった

またわずかに、揺れた


「おや、地震ですか?」


嫌な予感がする


「そこの二人、隊に戻れ。一度報告に向かうぞ」


隊長が離れていた二人に声を掛ける

しかしジグは応えずに思案する


そうだ、先遣隊はどうした

いないのはこの際構わない

何かしら事情があって移動したのだろう

しかしその痕跡が全くないのはどういうことだ

それなりの人数が移動したはずなのに足跡一つ無いはずがない


また少し、しかし先ほどより大きく揺れた


今まで気にも留めていなかった地面のひび割れを見る



―何かが、蠢いた


「下だ!」


戻ろうとしていたシアーシャを抱きかかえて横に飛ぶ

直後、地面を突き破り長い何かが飛び出す


シアーシャを降ろすと即座に反転、双刃剣を抜いて斬りつけた

ぬるりとした手応えとともに切断されたそれが転がる


「なんだこいつは!?」


長さは見えているだけで三メートル、太さは大人の胴ほどか

目はなく、筋肉をむき出しにしたようなピンクと赤の混ざった色と質感

円状の口には無数の牙が生えていた

とげのように生えた牙は獲物を切り裂くためでなく逃がさないための物

がっしりした顎ではなく関節の緩い飛び出すような口

つまり、この生物の捕食方法は丸吞みだ


「こいつが犯人か」


丸呑みにされ、地面をかき回せば痕跡はきれいさっぱり消える


「助かりました。って何ですかこれ!?気持ち悪い…」

「気をつけろ、まだいるぞ」


警戒しながら周囲を確認する

あのサイズでは成人男性一人も食べればいい方だろう

先遣隊が何人いたか知らないが十数匹、悪ければ数十匹はいるとみていい


「私に地面から奇襲をかけるなんていい度胸してますね…」


大地を操る魔女の癪に障ったのか、シアーシャが術を組み始める

あたりを刺激臭が漂い始めた


「よせ、人目が多すぎる。何のためにここまで来た」

「む、でも…」

「気づかれないように防御だけしていろ。俺はお前の護衛だぞ?」

「…わかりました」


術を解除し、代わりに別の術を組む


「地中に私の魔力を走らせました。索敵は任せてください」

「頼む」


隊がいた方から悲鳴が聞こえた

シアーシャを引き離さない程度に走る


たどり着いた状況を一言で表すなら、地獄絵図


隊列を乱され反撃もままならない状態でなすすべもなく丸呑みにされていく

地中から襲い来る未知の敵にパニックを起こしている者も多い

逃げ出した男の足元から複数の化け物が飛び出た

打ち上げられた男の体に化け物が食らいつく

足を咥えられ、ぶら下げられた男が必死の形相で抵抗する


「は、放せっ!はな…」


その頭に別の怪物が食いついた

手足をバタつかせる男を奪い合うように地中に引きずり込んでいった

背筋を震わせる光景に隊がバラバラに逃げ出した


「落ち着け!孤立するな!本隊に応援を―」


大声で指示を出していた隊長の声が途絶える


「これは、だめだな」


崩壊した隊を見てどうすることもできないのを理解する

隊を襲っていた化け物がこちらに狙いを変える前に移動しようとしたジグをシアーシャが止めた


「静かに。そのまま動かないで下さい」


意図は分からなかったが何か理由があってのことだろう

ジグは口をつぐみその場にとどまった


化け物たちは何かを探すように顔を振っている

その顔がこちらを向いたとき背筋に汗が伝った

しかしこちらに気づいた様子はなく、地面に潜ってしまう

地面が揺れる

揺れは逃げた者たちを追うように遠ざかっていった

それでもしばらくは動かない

完全に気配が去った頃、シアーシャが息をついて体の力を抜いた


「もう動いて大丈夫ですよ。あ、でも大きな音は立てないでくださいね。声も小声で」

「…なるほど、音か」

「はい。熱かとも思いましたけど、隊長さんや走っている人に群がっていたので」


あの化け物には目が見当たらなかった

地中で過ごすのには不要なのだろう

その分音を頼りに獲物を探しているようだ


普段は地中深くにいて獲物が迷い込んだ時に出てくる化け物


「これが異大陸の生物か。生態系が違う、どころの話ではないぞ…」

「いやぁとんでもないところに来ちゃいましたね」


他人事のようにシアーシャが笑う

護衛の難易度が想定以上に高くなりそうなことを悟ってジグが天を仰ぐ

異大陸でも空は青かった


「よし、一旦船に戻るぞ。海上までは追ってこれまい」

「………」


気を取り直して次の行動に移ろうとするが返事がない

怪訝に思いシアーシャを見ると魂の抜けたような目で海の方を向いていた


とても、嫌な予感がする


見るべきではない

だがそうも言ってられない

振り向きたくない衝動を何とか押さえつけてゆっくりと振り返った



角の生えた鯨だ

ただし大きさは角抜きで五十メートルほど

その鯨が、本隊の巨大な船を角で貫いていた

体を海から半分以上でるほどの突き上げを食らってくの字に折れたあとバラバラに崩れ落ちる

周囲の船はその衝撃で転覆、あるいは沈没する

無事だった船もいたが、よく見ると船体に何かが取り付いている

人型だが、その姿は人間とは程遠い

体は鱗で覆われ指や足に水かきがついている

醜悪な顔をした人型の化け物が無数に船に乗り込んでいた

岸では別の部隊がミミズのような化け物に襲われ、乗ってきた船には先ほどの鱗人間が



「……」

「……」


ジグとシアーシャはその光景をしばらく眺めていた


「…さて、と」

「はい」


二人は同時に踵を返す


「いくか」

「そうですね」


彼らの冒険は始まったばかりだ

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