<< 前へ次へ >>  更新
89/113

90

ふとみたら評価ポイント倍ぐらいになってたんですが何があったんですかね……

ジグが良く使ういつもの鍛冶屋

朝の人が多く混む時間帯は店員や職人も忙しそうにしている

メンテナンスや修理に出していた装備を取りに来る冒険者達が頻繁に出入りしている


「……」


普段ならば避ける時間帯をあえて選んだジグはその混雑に紛れるようにして動く

足音を最小限に、なるべく気配を薄くしてするりと流れるように店内へ


巨体に反してその動きは滑らかで素早い

重心を巧みに動かし人ごみの隙間を縫うようにして奥へ行くと丁度手の空いた店員へ声を掛ける

初めて見る店員だ


「今いいか?」

「いらっしゃいませお客様。本日はどのようなご用件でしょうか?」


店員はジグの体格にわずかに驚くがすぐに営業スマイルを浮かべて対応する


「防具を見繕ってもらいたいんだが」

「はい。……あの、もしかしてジグ様でしょうか?」

「……以前会ったか?」


突然名前を呼ばれたので記憶を漁るが彼女の顔は出てこない

彼女は口元に手を当てクスクスと笑う


「いえ、シェスカから聞いておりまして。そうですか、あなたがあの……」


あの、とはどういう意味だろうか

どうやら噂になっているらしいが詳細を聞くのはやめておくことにしよう


「シェスカ呼んできましょうか?」

「……いや、それには及ばない。忙しそうだからな、手を煩わせるのも悪い」

「もしかして、装備を壊されたとか?」


店員の指摘にジグの動きが一瞬止まる

当てずっぽうで言ってみただけだった店員がその反応にあらまあと笑った

やれやれと肩を竦めたジグが観念して降参のジェスチャーをする


「本当に聞いていた通りのお方のようですね。ちなみに、いつ購入したものか聞いても?」

「……昨日だ。壊して昨日買って、その日のうちにまた壊した。流石に気まずい」

「それはまた……」


あまりの破壊ペースにちょっと引く店員

シェスカが”色々な意味でいいお客様”と言っていたが実によくわかる

彼女はこのお客のことを気に入っていたようだが、今回は自分が対応してみるのも面白いか




気を取り直したジグが用件を切り出す


「防具はまあいいとしてだ。武器も壊れたから頼みたいんだが、双刃剣……両剣はあるか?」

「在庫を確認しますので少々お待ちください」


両剣ですか……また珍しい武器を


在庫一覧表を確認してみるがそれらしい武器は見当たらない

記憶に引っかかっていたので前の在庫表を確認すると、二つだけあった在庫は両方とも売れてしまっていた

では製造予定はどうだと見てみるが、生産はもちろん他店からの取り寄せリスト含め見当たらなかった



「申し訳ありません。確認したところ両剣は在庫、生産・納入予定どちらもございません」

「そうか……困ったな」

「もしよろしければ、当店の職人と交渉してみますか?オーダーメイドなので多少お値段は上がりますが、優先的に作ってもらうことも可能です。追加料金でお急ぎ製作プランもございますよ」


そう言って従業員リストと在庫表を取り出すと両剣の作成者を探す


「当店にも確か両剣の作成経験者がいたはずです。えーっと……」

「ガントのことか?」

「ガントガント……ああ、そうですそうです。お知り合いでしたか」


従業員一覧のガントを探して呼ぶ

腕はいいが需要があるのか疑わしい武具をしょっちゅう造ることで良くも悪くも有名な男だ

武具だけでなく魔具や魔装具も製作できる貴重な人材だがそれ以上に問題児でもある

腕を見込んで交渉されることも多いのだが独自の美学と独特な人柄もあり店の売上には貢献していない

ここ最近は買い手も付いて多少マシになったが少し前までは契約を見直そうという話も出ていたくらいだ



「癖のある人物ですが腕は確かです。交渉してみますか?」

「奴以外にはいないのか?」

「残念ながら」



両剣とはそれだけ使い手も作り手も少ない武器なのだ

首を振る店員にため息を吐くジグ

止むを得ないか






「だっははははは!!ジグ君また壊したの!?いやほんといいカモだよねえ君!僕よりずっとお店に貢献しているよ!」

「……」


予想通りのリアクションに苦虫を噛み潰したような顔をするジグ

シェスカとは別の意味で知られたくなかった男は腹を抱えて笑い転げている


接客が本業ではない職人とはいえあまりな態度に店員は青筋を浮かべて睨みつけているがガントはそれに気づかずジグが持ってきた防具の残骸を調べる


「すごい、粉々だ。よくこれで君は元気に歩き回れているね!もう防具着けるより体鍛えた方が早いんじゃない?」

「……」


無言でイライラを募らせるジグ

ギルドの冒険者やマフィアにいくら侮られ馬鹿にされようと全く気にならなかったが、この男の言葉はどうしてこうも癪に触るのだろうか

腕のいい職人でなければ一発殴り飛ばしてやりたい



店員が無言で動いた


「武器もどうせ壊れるならもういっそ丸太とか鋼材とかでいいんじゃない?そっちのほうがよっぽど」



言葉を遮るように響いた轟音

近くに転がっていた鋳潰す予定の一抱えほどもある端材が宙を舞ってガントの横を通り過ぎる

それを蹴り飛ばした店員がガントに向かって微笑んだ


「ガントさーん、仕事」

「……あ、はい」


笑いを引っ込めたガントがジグの方を向いた


やっと商談に移れそうだ

店員に目線で感謝しつつガントに武器のことを頼む


「以前のものが壊れたので両剣を作って欲しいんだが」

「いいけどさ。前よりいい物を作ろうと思ったらかなりかかるけど予算は大丈夫なの?」

「今回はかなり出せるぞ。仕事の報酬も入ったが、それよりこれを見てくれ」


二つ返事で承諾したガントに驚いていた店員だが、次にジグが出したものの衝撃に思わず声を出してしまった


巻いてあった布を取り払われ姿を現したのは一本の棍

白銀に輝くその武器はえも言われぬ魅力を放っており一目でただならぬ品だというのが分かる


「ちょっ……ジグ君それどうしたの!?」

「臨時収入」

「いや、僕これ使ってる人知ってるんだけど」

「ああ、そいつに武器も防具も壊されたからな。弁償費用としてぶんどって来た」

「……ねえ、僕これ関わって大丈夫なのかな?」

「心配するな、お前の武器は奴らにも通用したぞ」

「ほんと?やったね!」



掌返しで喜ぶガントと満足げに頷くジグ

一人まともな店員だけがついて行けずにいた



「こいつを売り払えばそれなりの資金になると思うんだが、どうだ?」

「うーん、かなりの逸品だけど棍もかなり使い手が少ないからなあ。まあそれでも十分いいお金になると思うよ」

「実は質に持っていったんだが、こういったものは証明書がないと正確な値段が付けられないと言われてな。書いてくれないか?」

「それならお安い御用さ。費用は七万、鑑定と証明書発行に少しかかるから後で連絡するよ」


中々いい値段だが仕方あるまい

職人の知識と経験には相応の対価が必要だ


「そうなるとかなり予算には余裕が出来るね」

「ほう、そんなにするのか」

「需要とか無視してあれに値段をつけるなら、一千万はするよ?」

「……冗談だろう?」

「魔具としての機能に加えて軽量化と頑丈さ、相反する二つを両立させようと思ったらそれくらいはかかるんだよ。現にこんなに軽いのに君の斬撃で折れなかったでしょ?」


ガントの説明に確かにと黙るジグ

これだけ細くて軽い棒が双刃剣の斬撃に耐えられるだけでも驚きだ



「そのへんは置いといて、武器の話を詰めようか」

「ああ」



その後しばらくジグとガントは予算を考慮しながら武器の素材や機能について話し合った




妙な客だ

鍛冶屋の店員、マイアはそう考えながらジグを見た


あのシェスカが珍しく一人の客のことをよく話すから以前から気にはなっていた

何度も何度も装備を壊すというその男のことを聞いたときは相当な下手くそかと思ったこともある


だが今日見たときにその認識は間違いであったと気づいた、というか一目見ればわかる

魔力による身体強化があるこのご時世に鍛えに鍛えこまれた肉体

無駄のない足運びやブレない重心

歴戦の戦士であることはすぐにわかった

その割には装備が貧弱でどうにも噛み合っていないが


冒険者ではないだろう

騎士など論外

マフィアというのも少し違うような気がする

見るからに荒事を得意とする見た目だが暴力的な雰囲気を醸し出しているわけでもない

口調こそ平坦だが職人であるガントやただの店員である自分にも敬意を払っているのを感じる


今までに見たことのないタイプの人間だ


癖の非常に強いガントとそれなりに上手くやっているのも驚きだった

彼がオーダーメイド交渉をされて二つ返事で受けているところなど見たことがない


おそらくここ最近彼の作品を買っている奇特な人物とはジグのことだろう

態度も金払いも悪くなさそうだし、何より店の売れない在庫製造係となっていたガントを売上に貢献させてくれる貴重な人物……大事にせねば


そう結論づけたマイアは話のまとまったらしい二人に声をかけるのであった


<< 前へ次へ >>目次  更新