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走り去っていく背を呆然と見送る

その間に先ほどジグへ矢を放った者達が駆け寄って来た


「エルシアさん!無事ですか!!」



現れたのはアラン達だった

彼らは油断なく周囲を警戒しながらエルシアを守るように囲む

術の得意なリスティとマルトが回復術をタイロンにかけて治療に専念する


「立てますか?」


「私は大丈夫よ……タイロンとザスプをお願い」


眼のおかげで消耗こそしているが目立った攻撃は受けていない

アランはふらつきながらも一人で立ち上がるエルシアを見て問題ないだろうと判断する


「分かりました。ライル、そっちは任せる」


「あいよ」


周囲に敵影がないのを確認するとライルは治療中のタイロンの具合を見た

脇を抉った傷は深く、本来ならばもう少し塞がるまであまり動かすべきではない状態だ

しかし未だ脅威が去ったと確信できる状況ではない以上、悠長にしているわけにもいかない

ライルとマルトで支えてゆっくりと立ち上がらせる


「リスティ、先行してくれ」


「分かった」


そう頼むライルの声はいつになく硬い

彼の額にはじっとりと嫌な汗が滲んでいる


(冗談じゃねえぞ……三等級パーティーを壊滅させるほどの敵が出るなんて聞いてねえっつうの)


元より等級を上げるために評価値の高い代わりにリスクと稼ぎの少ない調査依頼を受けたのだ

それが蓋を開ければどうだ?

三等級でも有数の実力者たちが地を這っているではないか

割に合わない、などというレベルではない


ライルはマフィアがこれほどの戦力を持っているなどという話は聞いたことがなかった

多勢に無勢で倒したというのならばまだ分かる

しかし戦闘痕や足跡を見るにさして大人数には見えない


「戦闘用ドラッグを使ったとはいえ所詮はマフィア……そう考えていたんだがなぁ」


危険度も認識も大きく改めなければならないようだ

最悪評価が下がることを承知で破棄することも視野に入れなければならない

もうすぐ昇級だという所で依頼破棄は非常に残念ではあるが、命には代えられない


「ったく、ツイてねえなあ」


それでも悪態が出るのを抑えずに前を見るとリスティが何やら考え込むようにしている

警戒は怠っていないが彼女にしては珍しいことだ


「どうしたリスティ?」


「……ううん、後で話す」


何かあるのか声を掛けると首を振って歩き出した

その様子に違和感を覚えたが今はここを離れるのが先決だ

疑問を仕舞いこむとアラン達はその場を後にした








アグリエーシャのアジト

薄暗くなり始めたそこにいくつもの火花や光が散っては消える

バザルタとアグリエーシャの構成員たちが怒号をあげながらぶつかり合い、そこかしこで血が流れている

マフィア同士の抗争、その最前線に立っているのはイサナ達だった


「はぁ!」


翠の雷を迸らせながら振るわれた刀が飛来する魔術と矢を斬り払うと、その隙間を縫うように差し込まれた曲刀を受け止めた

手首を反して刃を逸らしながら横へ流すと返す刀で相手へ斬り込む

鋭く斬り返されたマカールは慌ててそれを躱すと距離を取る


「ああ!畜生が!!どうしてこう上手くいかねえぇ!?」


「旦那、口より手を動かしてくれよ!」


「てめえの援護が足りねえんだよジャイコフ!」


「俺に当たるなって!」


曲刀のマカールにジャイコフと呼ばれた大弓の男

口喧嘩をしながらも二人の連携は確かなものでイサナは思うように攻め込めずにいた

ちなみにどうやったのか、ジグに斬り落とされた腕はくっついている


(どちらか片方ならどうにでもできるのに……)


マカールによる力任せの鍔迫り合いから刀を横に逸らしていなす

至近距離なので刃ではなく柄頭で相手の腹を強かに突いた

怯んだところに鋭い袈裟斬りをお見舞いする

マカールはバックステップで距離を取ったが避けきれずに腹から胸にかけて斬られ、少なくない量の血を流す

追撃に移ろうとしたところにジャイコフの矢が放たれ止む無く足を止めて対処する

その間にマカールの傷は塞がり始めていた


(なんなのあの再生力……ドラッグってこんなヤバい代物なの?ギルドやマフィアが躍起になるのも納得ね)



消耗狙いで傷を作ってもすぐに再生してしまう

相手の力も速度もかなりのものだが、技は勢い任せで荒さも結構目立つ

しかしその穴を埋めて余りある再生力が非常に厄介だ

一撃で仕留めようにも作った隙をもう一人に埋められて一太刀で首を刎ねることは難しい


(不本意だけど、足止めが私の役目か。機は必ず来る)


幸いあの二人はこの中で一番の実力者のようだ

もう一人出来る奴がいるが、そいつはシュオウが相手をしてくれている

他は数こそ多いがドラッグで強化した寄せ集めばかりだ

達人とまではいかなくともジィンスゥ・ヤの精鋭が負けるはずもない

バザルタのマフィアたちも多対一の状況を作り出し数で劣るジィンスゥ・ヤを囲まれぬようフォローしている

一部の構成員が逃げようとしたところにまた新手が立ち塞がった

道を塞がれたマフィアがやぶれかぶれに剣を片手に突っ込む


「よぉ、どこ行こうってんだ?お楽しみはこれからだろ!」



蒼みを帯びた刀身をもつ短刀で剣を払うとカウンターのハイキックが決まる

力は弱くとも遠心力を乗せた硬いブーツで頭部を蹴られれば効かないはずもない

カクンと落ちた膝を払って転がせば取り巻きの男たちが止めを刺す


「アタシに手を出そうとした落とし前はつけさせてもらうよ!」


アグリエーシャは遅れて駆けつけたカティアたちにより完全に逃げ場を失った



「クソがぁ!」


徐々に減っていくアグリエーシャの陣営

時間はこちらに有利に働く状況

相手もそれを分かっているのか、決着を焦っているようだ

そこに勝機がある

イサナは冷静にその時を待った





「クソ、クソ、クソぉ!!」


マカールが湧きあがる衝動を曲刀に乗せて目の前に叩きつける

しかしその全てが暖簾を叩くかのように手応えがない


(昨日の野郎といい、なんだってこんなのがポコポコ出てきやがる!)


口でも内心でも悪態をつきながら剣を動かすが相手を捉える気配もない

隙を見て風刃を放っても着流しの裾を傷つけるのが精々

力は流され、技も、頼みの速度さえも上を行く相手への対処法をマカールは知らなかった

薬で昂っていた全能感が急激に薄れていき、代わりのように苛立ちがつのる




「こりゃ、まずいねえ」


絶好のタイミングで放った矢が三度防がれてジャイコフが独り言ちる


マカールは間違いなく強者だ

ドラッグ無しでも国の騎士すら手玉に取り、隊長格でも単身で渡り合えるほどにはできる

そのマカールをこの女はまるで子供扱いだ

目の前の白髪女だけでなくその取り巻きも手練れのようで、ドラッグで狂化した下っ端を危なげなく処理していく

マフィアの抗争らしからぬその洗練された動きは自分たちの本拠でもそうそうお目にかかれるものではない


(異民程度と舐めていたらとんでもないのが出てきやがった。もっと驚いたのはそんなのと古参のマフィアが手を組んだことだけど……蛇蝎のヴァンノ、聞いていた以上に切れ者みたいじゃない)


戦闘が激化し、血飛沫舞うこの状況でもヴァンノは粘ついた薄笑いを浮かべたままだ

周囲の手下がどんどんと倒されていくのを横目にジャイコフが舌打ちして逃げの算段を打つ


「旦那!ここまでだ、退こう!」


「……っ!!」


虚仮にされ放題で退けるか!


マカールはそう叫びたかったが、彼のほんのわずかに残った冷静な部分がその激情をギリギリのところで押しとどめた


血走った目でイサナを睨みつけてちぎれんばかりに唇をかみしめる

偶然近くにいた手下を掴みよせ、イサナに向かって強引に投げつけると踵を返して走り出した

ジャイコフも矢を放ちながら後ろに下がり始める





「…………すぅ」



ここが勝機


イサナは迫る敵と矢に構わず刀を鞘に納めると一つ息を吐く

体の強化に神経を注ぎ、遠ざかる敵と自分の間合いを正確に見切る

瞬く間に夥しいほどの魔力が集まり彼女の髪がふわりと浮かび上がると、眼が翠玉の輝きを放つ



刹那、いかずちが走った



周囲の人間がまるで捉えきれぬほどの速度で放たれたイサナが真っ直ぐにマカールへ向かう

正面に迫っていたアグリエーシャのマフィアと矢は抜く手すら見えぬ一刀で斬り払われ、なおも速度を緩めることなく進む


「旦那ぁ!!」


「なっ!?」


ジャイコフの叫びにマカールが雷光を伴って接近するイサナに気づいた

だが、遅すぎた

仮に間に合っていても結果はそう変わらなかっただろうが



再度納められていた刀が音すら置き去りにして解き放たれる

抜き放たれた刀は翠雷を帯びたまま高速で迫り、マカールが咄嗟に掲げた曲刀をバターのように斬り飛ばす

勢いそのままに体を一回転させ再びの逆袈裟斬り上げ

反射的に防御した両腕が何の抵抗もなく宙を舞った


まさに手も足も出ない状況にマカールの瞳に薬でも隠し切れぬ恐怖が浮かんだ

イサナは振り抜いた刀を流れるように大上段に構える



「覇ッ!!」



裂帛の気合と共に振り下ろされた刀は断末魔すら上げさせることなくマカールを頭頂部から股下まで一刀両断にした




雷の強化術を推進力とした電磁抜刀術

翠雷を纏った刀の軌跡が美しいとすら感じさせる三連撃に両陣営が戦いの手すら止めて息をのむ


血を払い残心を解くと同時、二つに分かたれたマカールの死体が血と臓物を撒き散らしながら倒れ伏した


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