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大変お待たせいたしました。

落雷で会社の冷蔵庫が沈黙してしまい忙しくしていまして……

エルシアが素早く周囲に視線を走らせる

状況はかなり悪いが、それでも冷静さを失わないのは彼女の高位冒険者としての経験ゆえだ



(ザスプは意識を失っているけど外傷も少ないし命に関わる怪我じゃないわね。問題はタイロン……出血が酷い。彼の回復術じゃその場凌ぎにしかならない……すぐに医者に診せないと)


しかしそれを目の前の男が許すとは思えない

先程からタイロンを狙う素振りを見せてこちらに揺さぶりを掛けている

もしかしたらあの傷の深さは意図的なものかもしれない

やろうと思えば剣を捻り、内臓をかき回して致命傷を与える時間はあったように思える

深手だがまだ助かるラインを狙うことで足手纏いを作り出しこちらの戦力を削ぐ

実に効果的だ


(もし狙ってやったのだとしたら……なんて狡猾な男なのかしら)


エルシアの額を脂汗が伝う

冷静に状況を分析すればするほど取れる選択肢は限られてくる

最も利口なのは仲間を見捨てて逃げることだが、それが出来れば苦労はしない

いくつかの可能性を考慮したエルシアが意を決して口を開く



「大したものね。正直、ここまで出来るとは考えていなかったわ。どうやったらマフィアがあんたほどの人間を雇えるのかしら?」


「……時間稼ぎか。仲間が倒れているのに随分悠長だな……増援狙いか?」



無感情に言い放ったジグの言葉にエルシアの肌が粟立つ

馬鹿な、今のやり取りだけでそこまで見破られているというのか


戦いの場数が違う

相手の男も自分と似たような眼を持っているのではないかという疑問が浮かぶほどだ


そんなエルシアを余所にジグは目を細めて口を開いた


「……俺の質問に答えている間ならば、その時間稼ぎに乗ってやってもいいぞ」


「え……?」


あまりに想定外の事を言われて思わず間の抜けた声が出る

相手を見ればこちらへの戦意とは別に興味津々といったように自分を見ている


正確には、自分のこの凶眼に視線を注いでいる



「その眼は、なんだ?」



端的な質問

下手な言い訳や引き延ばしをすれば即座に襲い掛からんばかりに構えている

彼女にとって話したいことではない

それでも今はほんのわずかな時間すら惜しい


悩んでいる時間は無い

こちらが口ごもるようなことがあればすぐにでもあの男は襲い掛かってくるだろう


「龍眼……そう呼ばれているわ。発生原因は不明で遺伝でないことは確か。保有者自体かなり稀で、強いて言うなら共通点は魔力保有量に優れていることくらいかしら」


「ほう……」


興味深く聞いているジグが視線で先を促す

エルシアは少しでも時間を稼ぐために自分の知っていることを事細かに説明する



「亜人やそのハーフに発現したって報告は過去になくて、人間だけに起こる特異現象で……」


「肝心なところを言え。が見える」


ジグの直球にエルシアがわずかに躊躇いを見せた

しかし彼が仲間に視線を移すと止む無く口を開く


「……少し先の光景を見ることができるわ。任意ではなく、強制だけど」


「制御できているわけではないのか?」


「そうよ。あの眼帯はそれを抑え込むためのもの。それでも偶に暴発しちゃうけど……」


「……なるほどな。あの時俺に使おうとしていた魔術はそれか」


一人納得しているジグ

何故そのことに気づいたのかと問いたくなったが今は自分が何かを聞ける立場にない


(まだかしら……早く、この男の気が変わらないうちに……)


タイロンも青い顔で回復術をかけているがまだ動けるまでは時間がかかりそうだ

それにあの男が気づいていないはずがない


「不意打ちに気づいたのも、こちらの狙いが読まれていたのもそのせいか……他に何か見えるものは?」


「……他、とは?」


「とぼけるな。先が少し見える程度であの眼帯は大袈裟過ぎる。まさか眼の色が違うから迫害されるとは言うまい?」



確かに珍しい色で、人によっては恐怖を覚えるかもしれない

しかしこの大陸にはウルバスのような鱗人を始め様々な亜人がいる

彼らの爬虫類の眼とエルシアの龍眼に見た目の大きな差があるとは感じない


「……」


ジグの指摘に苦虫を噛んだように顔を歪めるのを見るに当たっているようだ

本来ならば早々聞ける話ではないのだろう

随分珍しい眼というのもあるが、強力な手札を自分から晒すものもいまい


しかし今の状況ならば、仲間思いの彼女は一歩踏み出して脅してやれば堅い口もすぐに開く


「心が、読める……そう言われているわ」


「実際は違うと?」


「口で説明するのは難しいけど、そうね……」


エルシアは下げていた視線を上げてジグと目を合わせた

魔術の匂いを感じ取ったジグが身構えるが妨害はしない


妖しい光を灯したその瞳がジグを正面から見据える


「……この眼への興味、それと依頼人の安否、かしら?……案外真面目なのね。あと一番大きいのは……黒髪の女性」


「……」



紡がれた言葉に無言で眉間にしわを寄せると気づかれぬよう静かに警戒を強くする

逆手の折れた双刃剣をくるりと回すと順手に持ち変え腰を落とした



「これくらいが限界。その時相手の思考を埋めているものが多少見える程度なのよ。心を読むなんてとても無理ね」


「……相手の隠し事までは見えないのか?」



もし自分たちの事まで見ることができるとしたならば

万が一にでも彼女の素性を暴き、危害を及ぼしうる存在になるのならば―――



先が見えようとも対処できぬほどの連撃を叩き込めるように静かに呼吸を整える


よし、大丈夫だ

いつでも殺せる


一足一刀の間合いにエルシアを捉えたまま彼女の言葉を待った




「例えば店のお金を使いこむ、裏帳簿を付ける、詐欺をする。これらの根元は全部お金の問題よね?だから私にはお金しか見えない。だからあんたの頭を覗いて見えたのは私の眼と、マフィアの娘と、黒髪の女性だけよ」


「ふむ……」



ジグは相手の振る舞いをつぶさに観察する

元より眼力のある方ではないので嘘をついているかどうかを判断するのは難しい

だがもしシアーシャの正体と自分が異大陸から来たことを知ったとしたならば、少なからず態度に出てもおかしくはない


これが有象無象の冒険者であれば始末してしまえばいいのだが、揃いも揃って三等級ときた

二等級のイサナと比べると格下ではあるが十分に高位冒険者と言えるだろう


(まったく面倒なことだ)


舌打ちしたい気持ちを押さえてエルシアを観察する

その様子に不自然なところは無く、しきりに仲間の具合とこちらの隙を窺っているだけだ


嘘はついていない、と思う


(多分な……)


最後までこのまま殺さずに見逃した場合と三等級を始末するリスクを天秤にかけていたが、そのわずかな時間で状況が動いた


「時間切れか」


「え?……ちょっ!?」


呟きを聞き返そうとした時、本人の意思とは無関係に発動した龍眼が彼女に少し先の光景を見せる

見えた光景に驚く間もなく咄嗟に動いた



ジグが残っていた剣をタイロンに向かって投げつけると同時に走り出した

それを知っていたエルシアが高速で迫るそれを棍で叩き落とす

その間に距離を詰めたジグが頭部に向かって上段回し蹴り

首を刈り取る軌道のそれは、しかし身を屈めて躱したエルシアの銀髪を数本散らせただけだ

ジグの蹴撃はそれだけにとどまらない

蹴り足を軸足に変えて勢いを殺さぬまま後ろ回し蹴り


砲弾のような蹴りを横に構えた棍で受け止める


「かはっ」


腕の力だけでは受け止めきれずに後ろに飛んだ

それでも殺しきれない衝撃は法衣に回した魔力で凌ぐ


(武器無しの体術でもこれだけの戦闘力か!)


その蹴りの重さに舌を巻く


「でも無手は流石に舐めすぎよ!」


追いすがるジグにカウンター気味に顎を狙って棍を突き込む


どれほどジグが体格が良くとも武器と素手のリーチの差は如何ともしがたい

彼の手足はエルシアに届かず、彼女の棍が先に当たるのは物の道理というものだ


ジグの狙いがエルシアであれば


「流石にそこまで無謀ではない!」


「なっ!?」



ジグは急ブレーキをかけるとギリギリで体を捻り棍を回避

そのまま体を回転させ上段後ろ回し蹴りを放つ

棍がギリギリ届く距離なので当然当たらない


ジグは膝裏で目前にある棍を絡めとる

蹴り足を下ろすともう片方の足で挟み込んで脚力で強引に棍を毟り取った

当然エルシアも抵抗したが元より力で及ばない相手、更には腕力と脚力という圧倒的不利な条件では敵う訳もない


武器を奪ったジグがくるりと棍を回して構える


「やはり長物は手に馴染む」


握りを確かめるように手を動かす

あまりの重量の無さに不安を感じるが、これでもジグの双刃剣を受け止めた武器だ

頑丈さにおいてこれほど信用の置けるものもないだろう



「くっ……!」


武器を奪われたエルシアはとうとう冷静さを保てなくなっていた

これで後はもう嬲り殺しだ

どうにかして仲間だけでもと考えを巡らせるが、現状を打開する方法は思い浮かばなかった


ジグは焦りを隠すことすらしなくなったエルシアを見て笑う



「そう悲観するな。お前の身を削った時間稼ぎは無駄ではなかったぞ」


ジグの言葉と同時に複数の足音が聞こえてくる

足音はかなり早く、金属が擦れる音から武装していることが分かる


(間に合った……!)


援軍が辿り着いたことに歓喜の表情を浮かべる

同時に眼のことを思い出して慌てて眼帯を探すが乱戦だったために周囲には見当たらない


(あああ不味いわ……カッコつけて放り捨てるんじゃなかった!)


そんなエルシアの前に見慣れた銀棍が差し出された


「これか?」


見ればその先に引っかかっているのは自分が付けていた眼帯だ


「あ、ありがとう……」


困惑しながらも受け取ると砂を払っていそいそと眼帯を着ける

それを尻目にジグは踵を返すと走り出した

慌ててそれを呼び止めるエルシア


「あ、ちょっと!」


「悪いがこいつは貰っていく。武器の弁償代に当てさせてもらう。命が助かっただけ有難く思うんだな」


こちらが口を挟む間もなくそう言って銀棍を片手に駆け出す

その背に幾筋もの光が放たれた


光は魔力で強化された矢と攻撃魔術だ

瞬きする間での速射でありながら狙いは的確に追いすがる

それが当たる直前にジグが跳んだ


地を蹴り壁を蹴り、あっという間に見上げる程の高度を稼いで追撃の射線を外して見せた

だが射手もさるもので、宙にいるジグに向かって渾身の一射を放つ

燐光を放ちながら迫る矢

空中にいては避けられないそれをジグは身を捻り棍で打ち払った


矢と銀棍がぶつかり眩い光が路地を照らす

その光の中、ジグと射手の目が合った


射手の驚愕の表情を視界の端で認識しながら着地すると、速度を上げてその場を去る



追撃は、放たれなかった

得意先に「いつもお世話になっております。」と打つ時に予測変換で「いつでも殺せる」が出てきてしまい怪文書を送信しそうになりましたが私は元気です。

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