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マフィア周りがごっちゃになってしまっている人もいるようなので簡単に説明しておきます。
バザルタ…ヴァンノやカティアの所属するマフィア。人身売買に手を出したのはこの中の一人
カンタレラ…序盤にジグが裏情報を買おうとしたアンガスの所属するマフィア。アグリエーシャに取り込まれた最初のお馬鹿さん
私も途中こんがらがってしまい申し訳ありませんでした……
蒼い軌跡が幾筋も空を裂く
強化されたジグの身体能力は驚異的の一言だ
三人から絶え間なく攻撃されているのをただ一人で凌いでいるのみならず、隙を見せようものなら即座に反撃が飛んでくる
察知したエルシアが打ち落としてくれていなければ既に何度も首が飛んでいたことだろう
対峙する相手の底知れなさにタイロンとザスプの額を冷たい汗が伝う
繰り出す斬撃はその全てが必殺
轟音を立てて体を掠める刃だけでも防御術へ回している魔力をごっそり持っていく
魔力のすべてを防御に注げばまともに受けても一発だけなら耐えられるだろう
だが耐えられるだけだ
魔力の尽きた体では戦闘など出来ようはずもない
(バケモノめ!)
相手はこれだけ激しく動いているというのにその勢いは一向に衰える様子がない
削られる魔力と、消耗していく体力
その二つを恐ろしく感じながらも、剣を振ることをやめるわけにはいかなかった
あまりよくない状況だ
ジグがそう考えたのは既に五度目の攻撃を防がれた時のことだ
エルシアと呼ばれるあの女が眼帯を取ってからというもの、こちらの攻撃は完全に読み切られている
フェイントを織り交ぜた不意打ちも、シンプルに力を込めた一撃もあの女が対処してしまう
斬り合いの最中、突如死角から飛来した硬貨がエルシアの眼に迫った
「なっ!?……ハッ!」
「……」
まただ
双刃剣に隠した左手で指弾を放ち厄介な眼を潰そうとしたのだが、すんでのところで弾かれた
蒼金剛の混ざった硬貨がついでとばかりに彼女の籠めていた魔力を散らす
最初から何もかもを読まれているわけではない
もしそうだとすれば既に自分は倒されている
幾度も試すうちに気づいたのは相手が対応を変えるのは決まって行動に移そうとした少し前ということ
先程の動揺を見るに思考を読まれているという発想も的違いのように思える
目がいいというよりも、勘がいいと言うべきだろうか
「なんのぉ!!」
大剣使いの横薙ぎを勢いが乗る前に弾き飛ばした際にわずかに感じる体の違和感
薬で誤魔化しているだけで受けたダメージは決して少ないものではない
手を読まれれば動きづらくなるのは自分の方だ
(少し、強引に行くか)
カティアが部下を引き連れ現場に着いた時、既に一触即発の状態に陥っていた
どうやら内部から漏れた情報が相手に渡っていたようだ
―――当然それを織り込んで日時をずらした情報を伝えておいた
カティアから身内に虫がいる可能性を聞いていたヴァンノの案だ
結果それに騙された内通者をあぶり出し、今まさにばったり出会ってしまったというわけだ
「こんばんは……というにはちと早いか。そんなに慌てて、引っ越しですかな?」
ヴァンノが部下を引き連れにこやかに話しかける
張り詰めた空気の中で、彼のまるで世間話をするかのような雰囲気は不気味にも感じられる
額から汗を流す幹部格と思われる一人がそれに応える
「……あぁ、こりゃあバザルタの皆さん。ええ、最近物騒でしょう?うちもちょっと治安のいい場所に住もうかって話になりましてねえ」
「そいつは、いけねえな。裏の治安を預かる者として見過ごせねえ話だ。ちょいとお付き合い願えますかね?詳しくお話を聞きたいんでね」
迫るヴァンノに身構えるアグリェーシャ
「……いいのか?俺らと事構えたらそっちもただじゃあ済まねえぞ?こっちは兵隊いくらでも調達できるんだ。本部からさらに増員だって来るんだぜ」
人数差はあるもののドラッグの強化……いや狂化を使えば十分にひっくり返せる場面だ
無論こちらにも多大な被害は出るが、どうせ使い捨ての駒だ
ドラッグに溺れ切ったジャンキー程度ならいくらでも替えが利く
主要メンバーさえ逃げきれればやりようはある
「本部……本部ねえ……ふっ」
男の脅しを鼻で笑うヴァンノ
「……何がおかしい」
「こっちも馬鹿じゃないんでね。害虫を駆除するのにそれ相応の専門家をお呼びしてあるんだわ」
害虫と呼ばれたアグリェーシャ達がにわかに殺気立つ
しかしヴァンノはその殺気すら生ぬるいとばかりに凶悪に笑って見せる
「一度言って見たかったんだよなぁこういうの……先生、お願いします!」
小物にしか聞こえない台詞
しかしそれが彼らの命運を決める
「誰が先生よ」
声に応えたのは一人の女
道を空けたマフィアたちの間を通って現れたその女は独特な出で立ちをしていた
ゆるりとした上下一体の羽織のような民族衣装
しかし動きづらさは感じず、早足というわけでもないのに滑らかに移動する
髪は白く、それ以上に端正な顔立ちが目につく
レイピアかと見紛うばかりに細い武器を腰に下げたその女は似たような恰好をした仲間を引き連れてアグリェーシャと対峙するように立ちふさがった
「何だてめえらは。あぁ?……その耳……異民か」
男は妙な格好をした女の耳が長いのに気づく
「……おいおいおいおい!こいつは傑作だな!この街のマフィアは異民に助けを求めるのか?情けねえったらありゃしねえ。あんたらもあんたらだぜ。街に根付くマフィアが異民をどう扱ってきたのかなんて馬鹿でも想像できる。それでも手を貸すのかよ?」
男だけでなく背後の部下たちも大笑いしている
だが笑われている当人たちはどこ吹く風だ
「あんた達に言われなくても何度も考えた。……でも結局、自分達だけじゃどうにもならないってのが分かっただけ。なら生きるために利用する。それがマフィアだろうとなんだろうと」
「状況が変われば立場も変わる。なら、時代が変わればマフィアでも変わらなきゃならん時が来た。それだけのことですわ。古い考えいつまでも後生大事にしてると足を掬われるぜ?アグリェーシャさんよ」
「良く言うぜ。古い考え持ち続けて薬を制限してるくせによ」
「何でもかんでも古いからって捨てりゃいいってもんじゃないさ。必要なものは古くても大事にすりゃいい。それが分からねえから、おめえらは外敵じゃなくて害虫なんだよ」
男の顔が無表情になる
もはや戦いを避けられないと理解した以上、やることは決まっている
「……そうかよ。なら、死ねや」
合図を出すと共に部下たちがドラッグを使う
快楽と肉体の変化に雄叫びを上げながら武器を抜くと目前の敵に獣のように飛び掛かった
白髪の女……イサナは音をたてずに鯉口を切る
パチリと爆ぜた雷がその刀身をわずかに照らした
その眼にドラッグで狂化した敵への恐れなど欠片も見当たらなかった
何か来る
そんな予感と共に彼女の眼が意思とは無関係に発動する
実のところこの眼は制御できているわけではない
少し先の光景を映し出すなど非常に便利な能力だが、勝手に発動されては日常生活にも支障が出てしまう
それだけが理由という訳では無いが普段は特殊な魔術刻印を施した眼帯を使って封印している
この眼は封印をしてなお多少の布程度ならば問題なく見通してしまうので平時戦闘時共に困ることはない
戦いの最中視えた光景にエルシアの背筋が凍り付いた
「ザスプ!」
声を掛けると共に阻止するべく相手へ攻撃を仕掛ける
だが何かあることは伝えられてもどう来るのかまで説明している時間は無い
こちらに背を向けた相手に銀棍を振るい牽制する
しかしジグはそれを意に介さずザスプに仕掛けた
突いた棍がジグの背を打つが、魔力を込めている時間もなく元より前に進もうとしていた相手なので致命傷には至らない
ジグは背を打つ痛みに耐えつつ横合いから放たれた岩槍を身を捻って躱しザスプとの距離を詰める
「くそが!」
ザスプは近づかせまいとサーベルに風を纏わせて斬りつける
双刃剣で捌くが強引に近づいたため受けきれずに胴を浅く斬られた
掠めた胴を風の付与術が切り裂いて血が噴き出る
だがそれでも止まらないジグがついにザスプに肉薄した
この機を逃すわけにはいかない
近すぎる故に双刃剣ではなく拳を構える
下がろうとするザスプの足を踏みつけて腰を入れた頭部への右フック
破城槌のような一撃に防御術を展開しながら両腕で防いだザスプの体が衝撃でかしぐ
「がっ!?」
意識が吹き飛びそうになるほどの衝撃に歯を食いしばって耐える
これを凌げば仲間が後ろから止めを刺してくれると信じて防御に徹する
続く左ボディーブローを覚悟を決めて防ごうとする
「駄目よ避けて!」
「え?」
エルシアの忠告は遅かった
カチリという音と共に発動したジグのバトルグローブ
至近距離で発生した衝撃波が障壁を打ち破りザスプの体を吹き飛ばした
防御に回した両腕の骨が砕けるのを耳ではなく体の軋む音で理解する
(ああ……強ぇ、なぁ……)
吹き飛びながら届かない相手への称賛と嫉妬を覚える
薄れゆく意識の中で仲間が必死の形相で大男に飛び掛かっていくのが見えた
(まず一人)
敵の防御が思ったよりも硬く即死させることは叶わなかったがあれ以上の戦闘は無理だろう
手傷を負うのは想定内だったが思ったより手古摺ってしまった
「貴様ぁあ!!」
「くっ!」
既に振りかぶられていた大剣を慌てて防ぐ
渾身の力を籠められた大剣を受け止めて足元の地面が大きく抉れる
ギリギリの防御になったため体勢が整いきっておらず、すぐに撥ね退けられない
そこにもう一人が迫った
「っ!!」
声も上げずに放ったすくい上げるような一撃
顎を砕かんとする軌道のそれを首を逸らして回避
背筋の凍るような風切り音がすぐ目の前を通り過ぎて双刃剣を捉えた
大剣を受け止めている所への下からの棍が直撃し、同時に発動した魔術が更に衝撃を加えた
上下からの圧に耐えたのは一瞬
甲高い音と共に双刃剣が柄の真ん中から圧し折れた
「ぐぁ……!」
折れた瞬間に均衡が崩れ、大剣が迫る
咄嗟に後ろに下がったが避けきれなかった大剣の切っ先が横腹を縦に切り裂いた
「トドメだ!!」
「……調子に、乗るな!」
さらに踏み込んできたタイロンに折れた双刃剣を逆手に持ったまま迎え撃つ
斬り上げをスウェイで躱し、続く斬り下ろしを横に弾いて一歩踏み込む
首を狙った斬撃を篭手で防がせると同時に片手で持つ大剣の背を勢いよく踏みつけた
押さえきれなかった大剣の先端が地面にめり込む
横合いから振るわれた棍を躱しながら大剣に飛び乗った
大剣を持ち上げようとしたタイロンの腕に逆手双剣で二連斬り
肘の内側、鎧の関節部を狙った攻撃は効果的だが体勢が悪いために十分な威力を発揮しなかった
それでも一瞬怯ませるには事足りる
銀棍の一閃を軽やかに飛んで躱すと両手に持つ剣の片方をエルシアに投げつけながらタイロンの真後ろに降り立つ
「タイロン!」
悲鳴のようなエルシアの声に動こうとするが遅い
背中合わせの状態で残った剣を脇に抱え体ごと突き刺した
重装備かつ密着した状態、しかも勢いを乗せる間もない剣ならば防御術をフル稼働にすれば耐えられただろう
しかしタイロンの鎧はその一部が砕けていた
―――他ならぬ、エルシアの手によって
「ごぶっ……無念…エルシア殿、お逃げくだされ……」
脇を深く抉られたタイロンが血を吐いて膝をつく
残るは後、一人のみ
誤字脱字報告、とても助かっております。
自分が如何に適当に文を書いているか再確認しますね……