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朝から賑わっている繁華街
その大通りをカティアとジグが連れ立って歩いていた
「今日はどうするんだ?」
「まずは装備を整えよう。ジグが万全の状態じゃないとまずいってのは昨日のことでよくわかった」
先日の襲撃はこの騒動への認識を大きく改めるのに十分な出来事であった
カティアもそこいらのマフィア程度軽く転がせるくらいには腕に覚えもあるが、昨日の戦闘はまさに次元が違った
(あんな怪物どもに巻き込まれちゃ命がいくつあっても足りねえよ。餅は餅屋だ)
目前にまで矢が迫ってきたときは死を覚悟する間すらなかった
そんな風に死ぬのは御免である
カティアの内心など気づきもしないジグがふむと頷く
「それは有り難い。店も指定して構わないか?いつも使っている所だと仕立ても早く終わると思うぞ」
「ああ、好きにしてくれ。……くれぐれも、”常識の範囲内”で頼むぞ?」
「勿論だとも」
依頼を受けた時に大量の食事代を持たされたことを覚えているのだろう
胡乱げな視線を送ってくるのを曖昧に笑ってごまかすと、さり気なく周囲を窺った
(片方は監視役。もう一人は、アグリェーシャかカンタレラか……)
話しながらもジグは周囲を警戒するのを忘れていない
先程見えたこちらを尾行していると思われる人物は二人
片方はバザルタだろう
一応のお目付け役という意味合いだろうか、少し前にも見た顔一人がずっと尾行し続けている
そしてもう片方は分からない
こちらに気づかせないように幾度も人員を代えているようで上手く居場所を掴めず、掴んでもすぐに代わってしまう
周到な尾行だが、時折用途不明の魔術を使っているようで匂いがする
直接戦闘に特化しているジグは見られている程度のことは分かるが本来この手のことは専門外だ
手を出してくれたのならばいくらでも対処のやりようはあるのだが
見られている感覚にわずかな居心地悪さを感じながら店に向かった
「これはまた、派手に壊されましたね」
マカールの剣戟で大きく傷跡を残した胸当てと手甲を見て店員が思わず声に出してしまうほどにボロボロだった
「すまん……」
予算や性能を色々見立ててもらって選んだ防具をこうもあっさり次々壊してしまうのに申し訳なさを感じたジグが謝る
「いえ、ご無事で何よりです。遠慮なく言わせてもらうと、怪我もなく頻繁に装備の更新をするジグ様は当店にとっても良いお客様ですので」
「そう言ってもらえると助かる」
彼女の営業用スマイルは見事な物で、実際どう思っているかは読み取れない
だがまあ、そう言っているのなら乗らせて貰うことにしよう
「では予算は前回と同じ、性能も同じぐらいのものを。細かい予算の詰めは彼女に頼む。今回の出資元だ」
そう言ってカティアの方を見ると微妙な顔で店員に視線を送っていた
そういえばこの店を選んだ時から何かもの言いたげだったようだが
「知り合いか?」
「……ちょっと、な」
言い辛そうにしているカティア
対照的に店員はジグに口を出してきた
「ジグ様。差し出がましいことを申し上げますが、付き合う相手は選んだほうがよろしいかと。彼女は真っ当な人間ではありませんよ」
「よく言うな守銭奴が。ジグ、コイツの口車に乗せられて変なもん買わされてないだろうな?」
「私はお店の利益を最優先しているだけです。店員として当然の役目かと。人様に迷惑かけなきゃ生きていけない方と一緒にしないで下さいまし」
「……なんだと?」
怒鳴り合いこそしないが静かに睨み合う二人
カティアの眼光は大人顔負けの迫力だが店員の方も一歩も退かない
どうやら浅からぬ仲、あるいは因縁のようだ
「ふむ……」
ジグは一つ唸ると極力足音を殺すと滑るようにゆっくりと後ずさり始めた
じわじわと下がって睨み合う二人の意識から外れるように存在感を消していく
「ああ!ジグ君ジグ君、あの魔具の調子はどう?君使い方荒いから壊してないか心配だなぁ」
「……ふむ」
ガントが騒々しく絡んできたことで離脱に失敗した
多少の恨みを視線に籠めたが彼はそんなことお構いなしに自分の都合をまくしたてる
「また魔獣に使った?何発使ったかとどのくらいの出力で使ったか詳しく教えてくれない?あとは……げぇ!!」
魔具の詳細な状況を聞き出そうとしている途中でガントがカティアに気づき、悲鳴を上げてジグの後ろに隠れる
この態度は彼女がマフィア側の人間だと知っているものだろう
「ガントも知っているのか?」
「逆にジグ君は何で知らないのっ!いかにも裏の人間って顔してるくせに!」
「失敬な。顔は関係ないだろう」
小声で言い合う男二人を見て我に返った女性二人
「失礼いたしました」
「フン」
頭を下げる店員と鼻息荒いカティアが対照的な振る舞いをする
ガントはなるべくカティアの方を見ないようにしながらこそこそと店員の後ろに回った
むさい男が年若い娘に怯え、同じ年頃の娘の背に隠れている様は実に情けない
「……カティアとは腐れ縁でして。彼女がどこの勢力で、どういう立場なのかも知っています。その上で言いますが、カティアに関わるのはお勧めしませんよ」
「笑わせるなシェスカ。お前がこの男のことをどの程度理解しているかは知らないけどな。ジグはお前が思っているほど真っ当な人間じゃないぞ。アタシからしても今起きている面倒ごとが無ければ関わりたくない類の人種だ」
(本人を前にして好き放題言ってくれるな)
マフィアに関わりたくないなどと言われるのは少し釈然としないのだが
とはいえ大体事実なので口を挟まずに静観する
……そういえばそれなりに付き合いがあるのに初めて店員の名前を知ったな
「職業はどうあれ、ジグ様のこの店での振る舞いはお客様として対応するのに相応しいものです。……あなたはただの財布なのでしょう?ならば黙って言われた額を差し出せばいいんです」
「仮にもお客様にその口の利き方はどうよ……まあいいや。任せる、好きに選んでくれ。ジグ、終わったら呼んでよ」
面倒臭そうに言うとふらりと店内をふらつき始めるカティア
「全く……ではジグ様、こちらへ」
「ああ」
店員改めシェスカについて行く
二人の関係に興味がわかないでもなかったが、自ら進んで藪をつつくこともあるまいと自重する
防具は前回と同じものがあったのですぐに決まったが、手甲はそうもいかなかった
「実は手甲ってあまり需要がないんですよ」
「そうなのか?」
「多少質が良い程度では魔獣の攻撃を受け止めるには役に立ちませんし、頑丈な手甲を使うぐらいなら防御術を刻んだ一体型防具の方が取り回しも良く重量、魔力効率的にも都合がいいんです」
装備重量が増えればそれだけ身体強化に割く魔力の割合も増えるし非戦闘時の体力の消耗も激しい
その点魔力を注ぐだけでいい防具は必要なときのみ消費するので無駄が少ない
「ここでも魔力か……」
装備を整えようとするたびに魔力さえあればと思わずにはいられない
バトルグローブのように魔力核を使った防具をガントに聞いてみたことがあったのだが、使い捨ての攻撃手段ならばともかく長く使う防具に使い果たしたら終わりの魔力核を使用する馬鹿はどこにもいないと呆れられてしまった
確かに受けるダメージが一定でない以上いつ切れるか不明瞭な魔力核を使った防具は怖くて使えた物ではない
魔力核を使う機構を取り入れると通常の魔力を流した運用は出来なくなるので普通は売るか、ジグのように奥の手として持っているという扱いがほとんどらしい
「今ある在庫ですと……軽くて脆いか重くて頑丈かの両極端なものしかすぐにご用意できませんね」
そう言って彼女が荷台で運んできたのは以前の盾蟲の手甲より少し大きなものだった
流線型を描いていた盾蟲とは違い角ばった造形をしている
極彩色のその手甲は得も言われぬ不気味さを醸し出しており独特の光沢がある
手で持つと確かに重い
ちょっとした盾と同じくらいの重量がある
「こちらは青龍甲と作成者が名付けた手甲です」
龍という言葉にジグが興味を示した
「ほう、龍の素材か……確かに、威厳の様なものを感じる」
この不思議な威圧感は龍のものだったかと訳知り顔で頷くジグにシェスカは営業スマイルを崩さぬままに首を振った
「いえ、
「……シャコ?」
ぴたりと動きを止めて店員を見た
「正式名称は虹龍蝦。肉食で水棲ですが狩りをする際には陸上にも上がってくる危険な魔獣です。水流操作の魔術を扱いますが肉体的にも非常に頑強で、撃ち出される前脚は岩石系魔獣の外殻をも打ち砕きます。防具で受け止めてもその衝撃で内臓をやられる冒険者もいるとか。危険度は六等級」
「……そうか、シャコか」
何とも言えない表情でその手甲……青龍甲を見やる
先ほどまで感じていた威厳はどこかに吹き飛び、どこか生臭い香りすら漂ってきそうだった
「ぷーくすくす……!ぶべっ」
笑いをこらえているガントに無言でケリを入れるシェスカ
哀愁漂うジグをフォローするように手甲の性能を伝える
「重量こそありますがこの手甲は頑丈ですよ?甲殻自体にも天然の魔力耐性があるので簡単な術なら受け止められるんです。無論攻撃にも使えて、殴った際の反動や衝撃を肘の方へ逃がす構造になっているんです」
「……うむ、防具に必要なのは性能だからな。素材になった魔獣はさして重要ではない」
シェスカの言葉に気を取り直して手甲を付けてみる
刺激的な色ばかりが目立つが着け心地は悪くない
装着するというよりは腕をはめ込むタイプのようだ
思っていたよりは腕の自由度は悪くないが少し武器に干渉するかもしれない
だがまあ、それはそれでやりようはある
そして肝心の重量だが
「……あまり以前と差を感じないぞ?」
盾蟲の手甲より少しだけ重くなったような気もするが……正直誤差程度だ
「はて?おかしいですね……」
首をひねっていた二人にガントが秤を持ってきて比べてみる
「大体二割増しってとこかな。これに違和感覚えないのは相当鈍いかムキムキかのどっちか」
鈍いと言われて地味にショックを受けたジグが試しにその場でシャドウをしてみる
拳の速度は盾蟲の手甲を着けていた時と比べて変化を感じられるものではなかった
「……どうだ?」
「申し訳ありませんが、私の目ではジグ様の拳は一切捉えられないので変化がどうという問題ではありません」
シェスカにはジグの肘から先がブレて見えるだけで速度の違いなど分からない
色が派手な分、多少軌跡が見やすいかもしれない程度だ
「そうか……」
肩を落とすジグにガントが笑う
「大丈夫だって!シャコに龍の威厳感じちゃうのに比べれば二割程度の重量なんて誤差誤差!」
「……」
こいついい加減はたいてやろうかと考えていると横から伸びたシェスカの手がガントの髭を掴んでぶちりと毟り取った
「では調整するのでしばしお待ちください」
「頼む」
口元を押さえて悶絶するガントを捨て置いて対応するシェスカ
彼女の営業スマイルはそんな時でも崩れていなかった