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七等級に上がってから許可が下りる資料は今までの物と一味違う

話には聞いていたが実際読んでみるとその言葉の意味が実によくわかる


「いやはや、人間の探求心や知識欲ってとんでもないですね……寿命のせいでしょうか?あの行動力はどこから湧いてくるんでしょう」


資料室の奥の一角で読み終わった本を積み上げながらシアーシャが独り言をつぶやく

魔女とは言っても長寿で生まれながらに強大な魔力を持つこととその扱いが上手いだけの存在だ

何代もの知識の継承と無数の人による閃きに、長生きと力が取り柄の魔女一人が勝てるはずもない


「魔女同士の協調性とか皆無ですからね」


偶然出会ったとしても無視するか、殺し合うかの二択

知識の共有など行われようはずもないのだ



さて、次は何を読もうかとシアーシャが頭を悩ませる

既に許されていた本は一通り読破してしまった彼女だが、ここで借りられない魔術書なども気になっていた


「この分なら借りられない魔術書にも期待が膨らみます。……でも値段がなぁ。高いんですよねー」


より突っ込んだ内容を記してある魔術書は値が張る

揃えなければいけない消耗品や装備も考えるとあまり散財は出来ない


「……私もなにか稼ぎ方を増やしましょうかね。ジグさんいないときにパッとできるような依頼でもあればいいんですが」


本を戻すとすっかり顔なじみになった司書に頭を下げ資料室を後にする

ギルドの一階に降りると張り出されている依頼を眺める

一階は普段、依頼の取り合いでごった返しているが昼時は流石に人が少ない

冒険者もいるにはいるが早く仕事が終わったか仲間内でミーティングをしているものばかりだ

だがそれは既に割のよさそうな依頼が取り尽くされていることと同義でもある


「うーん、ろくな依頼がありません」


この時間帯で残っている依頼というのは手間がかかる割に微妙な報酬か、報酬はいいが非常に危険な依頼だけだ

前者は言うに及ばず、後者は今の等級では受けられない

時間が空いた時に手軽に稼げる依頼など早々ある物ではなかった




「あら、シアーシャさん。何かお探しですか?」

「どうも、シアンさん。何か割のいい依頼でもないかと探していたところです」


ふらふらと依頼を眺めていたシアーシャに話しかけてきたのはいつもの受付嬢だった

冒険者になってから何かと世話になっているのでシアーシャも彼女とは話すこともちょくちょくあった


「お暇でしたら一緒にお昼でもどうですか?」


シアンと呼ばれた小柄な受付嬢は併設された食事処を指してそう言った

昼時とはいえ態々ギルドまで来て昼食を摂る冒険者はほとんどいないのでこの時間帯は職員が食堂代わりに使っていることが多い



(そういえばここでご飯を食べたことはありませんでしたね……周りの視線がうるさいし。今ならちょうどいいかもしれません)



「それじゃあ、お邪魔してもいいですか?」

「はい、もちろんです。あ、他に一人いますけど構いませんか?」


そう言ってシアンが向けた視線を追う

食堂のテーブルに座っていたもう一人の女性と目が合った

美人だが非常に不愛想なその顔は何度か見覚えのあるものだ

確か、アオイと言ったか


少し悩んだが、物静かな彼女ならば問題ないだろうとシアンに頷く


「はい、大丈夫ですよ」

「良かった。それじゃ行きましょ!」


ちょこちょこと歩く小柄な彼女は小動物染みていて愛嬌がある

微笑ましいその姿に頬を緩めながらついていき席に座る


「こんにちはシアーシャ様」

「どうも。お邪魔しますね」


アオイに会釈してメニューを眺める

肉も魚も一通りは揃っているようだが、あまり派手目の料理は置かずにまさに食堂といった感じだ


「ふむ……悩みますね」

「ここは海老とイカの海鮮アヒージョがおすすめですよ!」

「む、それは心惹かれる響きですが……ヒレ肉のシチューも気になります」

「では別々に頼んでシェアしましょう!」


肉か魚かで揺れるシアーシャはその厚意に甘えることにした

メニューを頼んで待っている間に雑談に興じる


「ギルドの職員は大変ですか?」

「うーん、大変ではありますけどやり甲斐もありますよ!最初は強面の人が多くて委縮しちゃいましたけど……慣れました。意外と女性も多いですし、本当に怖い時はアオイさんが助けてくれますから」


そういえば以前ワダツミの冒険者に食ってかかられていた時もアオイが対処していた


「冒険者がギルド職員に手を出すなんてまず起こりえないんですからもっと堂々としていて良いのです。万が一そうなったとしても誰かしらが止めに入りますから」

「理屈では分かっていても怖いものは怖いんですぅ!」


淡々と述べるアオイに抗議するシアン

仲が良いのだろう

言い合っているように見えて二人ともお互いへの気遣いが見て取れる


話していると話題がシアーシャに移って来た


「それにしてもシアーシャさんは凄いですよね……歴代でも最速に近い昇級速度じゃないですか。やっぱり元々高名な魔術師だったりします?」

「シアン、あまり人の事情を詮索するのは感心しませんよ」


身を乗り出して興味津々といった様子のシアン

諫めるアオイもどことなく聞きたげな雰囲気を漂わせていた


「高名な魔術師だなんて……森の中で一人暮らしていた田舎者に過ぎませんよ。戦うのはそれなりに得意ですけど魔術は独学ですし」

「登録に来た時もそう仰ってましたね。シアーシャ様はマニュアル式ですよね?独学でそれだけできるなら自信を持ってください」


魔術刻印を用いたオートマチック式に比べると構築速度も遅く難易度も段違いの魔術様式

多様性に圧倒的な利があると誰もが知りつつもオートマチック式を選んでしまう程度には難しい術式

それを自在に操るのは一流の魔術師である証だ


「ありがとうございます。……それもこれも、ジグさんのおかげです。彼に出会わなかったら、私は一生をそこで終えていたかもしれません」



思えば何とも数奇な出会いだったものだろうか

当時のことを思い返すと自然と口端が緩む


あの討伐隊にジグがいなければ

あの時私が勝ってしまっていたならば

ジグの依頼主であったという領主の息子が死んでいなければ


そして、自分が声を掛けていなかったのならば


どれか一つでも違っていたならば私はここにいない

外の世界を知ることも

他人とこうして話すことも

ましてや異大陸に来て魔術の勉強ができることも


全て彼の協力によるものだ

だからこそ私は、彼を―――





「ジグさんですか……強そうですよね、あの人。顔がもう強そうなんですけど、実際どのくらい強いんですか?」


話のタネがシアーシャからジグに移る

基本的に受付での報告はシアーシャがしているので直接関わりのないシアンはジグのことをよく知らない

精々が外部同行者申請の手続きをする程度だ


彼女の疑問に答えたのはアオイだった


「強いですよ、かなり」

「あれ?アオイさんあの人と親しいんですか?」


意外なところからの返答にシアンが目を丸くする

アオイは少しばつが悪そうにシアーシャを見た

気づいたシアーシャが気にするなという風に首を振る


「以前、弟の勘違いでご迷惑をおかけしてしまったことがありまして……ワダツミのベテラン冒険者複数人を蹴散らし、ミリーナ・セツ両名を手玉に取ったとか」

「……滅茶苦茶強いじゃないですか。アキト君何やっちゃってるんですか」

「全くです。あの青二才が、少し認められたからと調子に乗って……」


無表情なアオイが眉間にしわを寄せ、弟への当たりが強い姉に苦笑いする二人



タイミングよく料理が届いたので一旦食事に集中する三人


シアーシャがアヒージョの良い匂いに期待を膨らませながら口へ運ぶ

海老のぷりぷりとした触感とたっぷり染みたオリーブオイル、ニンニクがたまらなく美味しい


「ん~!」


バゲットをオイルに浸して食べるとまた格別だ

シアンと分け合ってシチューを飲むとまた違った濃厚な味わいが食欲を刺激する


「シチューとっても美味しいです」

「この牛ヒレシチューは近くの肉料理屋さんが監修した力作らしいですよ」

「ギルド長が食にうるさい方なので。職員としては助かっていますが」


女性三人はそうして姦しく食事を続けた




「さて、そろそろ昼休憩も終わりですね。シアーシャさん、付き合ってくれてありがとうございました」

「こちらこそ、また誘ってください」


手を振って業務に戻るシアンを見送る

しかしアオイはそれに続かずシアーシャの方を見ていた


「どうかしましたか?」

「……シアーシャ様。ここ最近、妙なものに手を出している冒険者がいるという噂があります」


きな臭い話にシアーシャの目が細くなる


「妙なもの、とは?」

「分かりません。まだ上で情報収集している段階のようで、一職員である私まで話が降りてきていないのです。……お気を付けを。女性一人の魔術師は不逞の輩には格好の獲物に見えます。なるべく彼の近くに、でなくとも一人になりませんよう」


アオイは真剣に心配しているようだ

人に心配されることを嬉しく思いながらもシアーシャは妖しく笑う


「―――はい。勿論です」


「……っ!」



その笑みに、アオイは人知れず背筋を凍らせた


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