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マカールの曲刀が幾筋もの軌道を描いてジグに迫る

鋭く的確な斬撃を双刃剣と手甲を駆使して弾き、躱し、防ぐ

荒事担当と言っていたのは伊達では無いようで、虚実入り交えたマカールの剣技はかなりの物だった


「しゃらぁ!」


流れるように繰り出した連撃をジグが捌く

続けてマカールは曲刀を手の中でくるりと反転させ横薙ぎの剣を受け止めさせる

曲刀の名の通り弧を描いた刀身は防御を掻い潜りその先端がジグの肩を捉えた

鮮血がわずかに肩を赤く染める


「チッ」


浅い

部下の攻撃で対応が遅れたがそれでもさしたる痛手は与えられていないのは明白


カティアの元へ行かせぬように牽制をしつつ、前後から挟み込まれたジグは思うように攻められずにいた


「頑張るねえ!だが、それもいつまでもつかなあ?」


そう煽りつつもマカールは内心で焦りを募らせていた



部下の攻撃に合わせて上段横薙ぎから地を這うような下段斬り

マカールが身を低くしたことで射線を確保した部下が火球を放つ

更に追撃を仕掛けようとしたところで身の危険を感じ下がると目の前を両剣が通り過ぎた


完全に躱しているのにその風圧の凄まじさに肝が冷える


急激な攻撃位置の落差に体勢を崩していたならばそのまま足払いで転ばせてから如何様にも料理できたが、相手の体幹はまるで地に根が生えているように揺るがない

上に下に、魔術や飛び道具など攻め手を変えての挟撃にも体勢を崩さないそのバランス感覚は驚異的の一言だ


(クソが、攻め切れねえ。田舎マフィアのくせにどこにこんな隠し玉持ってやがった……女の方をどうにかしようにも隙がねえ)


既に二度、部下に女を確保させようとした

しかしどうやって察知しているのか、行動に移そうとした瞬間を狙い斬り殺された

もう残りの部下は三人だけしかいない

その部下もドラッグの負荷にいつまで耐えられるか怪しいものだ

今もまた、これまで幾人も屠って来た必殺の連撃が凌がれた


(仕方ねえ、俺も手札を切るか)


決めるや否や大きく下がるマカール

三人でジグの相手をすることになった部下たちが途端に劣勢に陥るが、知ったことではない



(何を仕掛けてくるつもりだ?)


マカールの意図は読めなかったが挟撃を脱したこの機を逃さずジグが動く

相手の消耗を狙った守勢から攻勢へ転じる

マカールの部下がそうはさせじと斬りかかって来た



足に力を込めて力強く踏み込むと瞬時に相手との距離を詰める

驚くべきことに相手はジグの速度に対応してきた

ドラッグによる反射速度の驚異的な向上のなせる技だ


男は整わぬ体勢の対価を肉体へのダメージで支払いながら剣を振り下ろす

ジグは縦に振るわれた剣をそれまでのように弾くのではなく、下から合わせるように振りぬいた


「ふっ!」


振り上げと振り下ろし

圧倒的に後者が有利な状況だが、結果はそれを覆した


甲高い音を立てて正面から打ち合った相手の剣は力負けして腕ごと上にかちあげられる

勢いを止めず万歳をするようにガラ空きの胴体を逆の刃で刺し貫き、捻ることで傷口を抉る

そのまま引き抜けば相手は腹から大量の血と肉を吹き出して力なく膝をつく

これでも倒れないだけでも異常だが、それでもしばらくは動けない


残りの二人が近づくのを嫌って火球と雷撃をそれぞれ放つ

匂いを嗅ぎとりそれを察知していたジグが発射される直前に射線から身を外しつつ駆けた

術に意識が行っていた二人は迎撃しようとするも意識も体勢も間に合っていない


通り過ぎざまに回転して振るわれた双刃剣が並んだ二人の首を前後別々から刎ね飛ばした








部下が殺されるのを濁った眼で見ながらマカールが嗤う

その視線に仲間を殺されたことへの怒りや悲しみはない


「役立たずとは言わねえぜ?時間を稼いでくれただけで十分だ」



その手にあるのは赤い薬液の入った注射器

愛おしそうにそれを見つめた後、首筋に打つ


「……あぁ、たまらねえなぁ……ひ、ひひ!」


「気色の悪い!」


気づいたジグが指弾を放って注射器を破壊するが、薬は既にマカールの体内へと投与されきっていた


体を震わせたマカールが体を掻き抱くようにして嘲笑する

膨れ上がる威圧と殺気に警戒するようにジグが双刃剣を構えなおす



「いくぜぇ?」



充血した目でそう言った直後

横から見ていたカティアにすら捉えきれない速度でマカールが駆けだした



「っ!?……はぁ!!」


気づけば既に間合いに入っていたマカールの曲刀

先程とは段違いの速度を持つそれに驚愕しながら双刃剣で受け止めるジグ


空気が弾けるような音と重い金属音がしてカティアはようやくそれに気づいた

突進の勢いを受け止めたジグの脚が地を滑るほどの衝撃



(速い!先ほどの部下はあくまでも雑兵という訳か)



下っ端のマフィアですら歴戦の傭兵であるジグと多少は打ち合えていたのだ

マカールほどの腕前を持つ男ならばその脅威は推して知るべし



「今のをよく受け止められたなあ!大したもんだぜアンタぁ!」


「抜かせ!」


気合と共に鍔迫り合いを弾き返す

ひらりと身を翻したマカールは狂相を浮かべながら一瞬のタメを作るとジグの剣を掻い潜って息もつかせぬ連撃を繰り出した



「斬り刻んでやるよぉおおお!!」



円運動を中心とした舞うような曲刀の連斬り

剣のみならず、足技や下位の風魔術を交えた暴風のような連撃がジグを襲う




「何なんだ、アレは……?」


カティアが目の前で行われている戦闘に呆然としている

とうに彼女の理解の及ばない域へ達しているためどちらが優勢なのかすらわからない

逃げるなりするべきかとも考えたが迂闊に動いてジグの邪魔をしてしまう可能性を思うとどう動いていいのかすら判断できない


それでも目を逸らすわけには行かない

自分がこれから向き合っていかなくてはいけない問題だ


そのためにも―――


「……勝ってくれよ、頼むから」



打ち合った刃が破片と火花を散らす

武器は曲刀の方が上質のようだが、ジグの双刃剣は頑丈さがウリの重量武器だ

以前のように武器切断を気にする必要がないのは非常にありがたかった



「シャラァ!」

「むん……!」


曲刀と脚撃を双刃剣で捌き、魔術を先読みして躱す

マカールの服は特殊な素材で作られているようで脚部が非常に硬質だ

何らかの防御術が施されているのか、勢いのついていない斬撃では通る気配がない

頑丈な装備で包まれたその蹴りをまともに受ければ骨折程度では済まないだろう


曲刀と足刀

二つの凶器に魔術を交えた至近距離特化型であるマカールはドラッグのブーストも合わせて苛烈にジグを責め立てる


「っ……!」


躱し損ねた風刃が頬を裂いた

マカールも徐々にこちらの先を読むように攻撃を偏差しているせいだ

流れる血にマカールの笑みが深くなる

その一発を切っ掛けにわずかずつではあるが攻撃が当たり始める

斬ることに特化した曲刀はマカールの膂力もあり、ジグが装備している程度の防具ではまともに受けることができない

防御した手甲脚甲が削り取られ、胸鎧にいくつもの傷跡が刻まれていく

それに対してマカールは多少の傷など構わないとばかりに勢いよく攻め込む

彼もジグの反撃でそれなりに傷を負っているはずなのだが動きに衰えは見られない




(この速さ、本気のイサナよりやや下といったところか)



彼女と比べるとマカールはスタミナがある

無茶とも思えるような連撃を絶やさず放ってくるのは非常に厄介だ


しかし違和感もある

先程からマカールの呼吸の隙を狙っているのだがいつまでたってもそれがない

これほどのラッシュ、普通は息をしながら出来るものではない

如何に訓練しようとも無呼吸での連続行動には限度がある

普通の人間ならばとうに限界を迎えているはずなのだが


ドラッグとは何でもできる魔法の薬ではない

肺が膨らむわけでもないため酸素の量には限界があり、それが尽きれば如何にドラッグで痛みなどを鈍らせていたところで体の動きは止まる

とはいえ現実に彼はそれを無視して動いているのだから他の手を使う必要がある


(細かい傷で消耗しているようには見えない。やはり頭を潰すか心臓を抜くかしかない)


ジグは機を逃さぬように意識を集中させる


マカールが動きに慣れて当てられるようになったようだが、こちらもそれは同じこと

イサナを始めとしてこちらの理外の速度で動くバケモノたちにもいい加減、目も意識も慣れた




「よく頑張ったが、そろそろ終わりにしようヤァ!!」


「同感だ……!」


一際大きく加速したマカールが勝負に出る

近接戦闘に自信があるためか牽制の魔術に回す労力すら惜しんだ本気の攻撃


その動作を、剣の軌道を、蹴りの狙いを

この短い時間に幾度も見た剣筋から、完璧に見切る


横薙ぎにこちらの首を狙った曲刀

間合いの外に下がりながら同じ方向に、相手の剣の峰を叩くようにして押してやる


「っ、おぉ!?」


予想外の勢いをつけられたマカールの体がわずかに泳ぐ

崩れそうな体勢を強引に引き戻すと軸足を変えての後ろ回し蹴り


「なんのぉ!!」


「分かりやすいな」


「っ!?」


殺意が高すぎる故に狙いが見え見えだ

頭部を狙った蹴りをダッキングで躱すと足がめり込むほどに地面を踏みしめる


その音を聞いたマカールが慌てて下がろうとする

迂闊に突っ込んできた相手のカウンターになるように下がりながらの斬撃も忘れない



「……あ?」


間抜けな声が出てしまったと他人事のように考える


そうだった

自分は武器のリーチの差を埋めるため

自分の最も得意で、相手の戦いにくいであろう超至近距離で戦うために距離を詰めたのだった



ジグは距離を詰めてはいなかった

ただその場で脚を踏み鳴らしただけ



それを、こんな


(ただの震脚にビビッて退いちまったっていうのか……!!)



今度こそ踏み込んだジグの上段に構えた双刃剣が振り下ろされる

間を外され、下がろうとしていた自分にはそれを避けるのは間に合わない


「く、そがぁああ!」


無理矢理に曲刀で防御するが、重量と踏み込みに加えて最も遠心力の乗る双刃剣の切っ先はドラッグのブーストを用いても止めきれるものではなかった


ジグの渾身の一撃に曲刀が砕かれ、そのままマカールの右腕が肩口から斬り落とされる


「あがぁぁぁあ!?い、いてえええぇぇ!!?」


実際に痛みは鈍ってはいるが自分の腕が無くなるというショックに錯乱するマカール


ジグは息の根を止めるためさらに剣を振るった

タイトルは元のものに戻させていただきました。

結果はほぼ変化なしといったところでしょうか?

正直なところこれで増えたら絶妙な気持ちだったのでちょっと嬉しいくらいです。


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