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(意外と小綺麗だな)
初めて訪れたマフィアのアジト其の一に対するジグの感想はそれだった
何かの貿易業と思しき事務所
受付も強面の男などではなく人当たりのよさそうな男性だった
大きな犯罪組織などは外面もしっかりしているとは聞いていたが実際に見るとまた違うものだ
当然のように顔パスで素通りするカティアとそれに続くジグ
事務所の奥へ足を進めるといかにもといった風体の男たちがこちらに……正確にはカティアに挨拶をする
「レディ、おはようございます」
「「おはようございます!」」
「もう昼だよ……ただいま。あとレディーはヤメロ」
男たちの唱和にだるそうに片手を上げて返すカティア
ぞんざいな挨拶をしつつもそこには確かな親しみが感じられた
「お嬢、お戻りで……そいつは?」
その中から一際厳つい顔つきをした男が近寄って来た
顔に大きな傷跡を付けたその男は胡乱げにジグを見ている
他の者も口にこそしないが皆一様に気にしている
「アルバ、今日はこいつを紹介しに来たんだ。今から五日間、アタシの用心棒をするジグだ。しばらくアタシは彼と行動するからそのつもりでな」
「ジグだ。傭兵をやっている」
ジグの紹介を受けアルバと呼ばれた男は深くため息をついた
「お嬢……ボスがあれほど大人しくしていろと言っているのに」
「悪いね。じっとしていられない性分なんだ」
「それにしたって今回は危険すぎる。それに確かに腕は立つようですが、金で動く人間は金で裏切る」
「裏取りはヴァンノにやらせた。アタシ自身も信用できる男だと感じている。それでも気に入らないか?」
「……」
アルバーノは黙って考えを巡らせる
あのヴァンノが裏を取ったのならば確かに信用できる情報だ
しかし冒険者ならばともかく傭兵という人種をアルバーノは信用しきれない
揺れる彼を余所に他の者が声を上げる
「お嬢!そいつで本当に大丈夫なんすか?俺に試させてくださいよ!」
そう言って歩み出てきたのは一人の若者だ
髪をオレンジと赤に染めたカラフルな男がジグにメンチを切る
「控えろエラルド」
「アルバーノさんだってこいつがどれくらいヤレるのか知らないとお嬢を任せられないでしょう!」
男はそう言って肩をいからせる
カラフルな男……エラルドの言うことにも一理あると考えたアルバーノがカティアを見る
皆の視線を受けた彼女はやれやれとため息をつく
「やっぱりこうなっちゃうか……悪いけど、良いか?」
こうなることを半ば予想していた彼女は肩を竦めてジグを窺う
「ああ」
「……言っておくが、うちのモンに怪我させるなよ?」
「そう心配するな。要はこいつらを納得させればいいんだろう?」
ジグはそう言って室内の男たちをじっくりと見回した
ちなみに正面ではエラルドがメンチを切り続けているがどこ吹く風である
しばらくそうしていたジグがおもむろに指をさす
そこには面白そうにこちらを窺う男がテーブルに腰かけて酒瓶を傾けていた
彼は自分が指さされていることに気づくと首を傾げた
「お?」
「
不思議そうにする面々を放置したまま腕を動かす
次にジグがアルバーノを指す
「二」
「……なんの真似だ」
不審そうなアルバーノを無視し我関せずとばかりに本を読んでいた男を指す
「三」
「……へえ?」
最初に指された男が意図に気づいて面白そうに笑う
少し迷ったように指を彷徨わせるとエラルド、カティアの順に指した
「四、五……後は似たり寄ったりといったところか」
ジグはそう言って腕を下ろす
勘のいい者はその意味に気づいて関心、あるいは警戒をしたりと各々反応を示した
その中で最初に指された男が笑いながら歩み寄りエラルドの肩を叩く
「はっはっは!やめとけエラルド、お前の手に負える相手じゃないみたいだぜ?」
「エリオさんマジすか。自分、雑魚っすか!?」
「お前の腕は悪かねえよ?ただ今回は単純に相手が悪い。さっきのは何の順番だと思う?」
「……背の順すか?」
「バッカもうお前ホントバカ!頭の中身はクソ雑魚だなお前!」
騒ぐ彼らを余所にアルバーノがジグに向き直る
「お前がそれなりに出来るのは分かった。傭兵は信じられんが、ヴァンノの情報ならば信じよう」
「つまり?」
彼は距離を詰めてジグの目を間近でのぞき込む
全身から威圧を迸らせてジグを恫喝する
「お嬢に傷一つでも付けたらタダじゃおかねえ。肝に銘じておけ」
「微力を尽くそう」
「……ふん」
恫喝をかけても微動だにしないジグに鼻を鳴らしてアルバーノが引き下がる
一応は認めたということらしい
「こんなところでどうだ?」
依頼主にお伺いを立てると満足そうに頷いた
「悪くないよ。流石に慣れてるな。しかし……」
カティアは騒いでいるエラルドを見て絶妙な顔をする
「アタシ、アレより下か……?」
「馬鹿にするつもりはないが、護られている環境では培えないものもある。お前の仕事は兵隊ではないのだろう?」
「……知ったような口を。まあいい、部屋は二階の端から二番目を使ってくれ。準備が出来たら早速行くよ」
不服そうに腕を組むカティアに肩を竦めて階段を上る
構成員も泊っているようでほとんどの部屋は埋まっているが二階の奥側だけは空き部屋が続いていた
言われた部屋に荷物を置いて廊下に出ると誰かが立ってジグを待っていた
「よう。これから出るんだろ?」
「……エリオだったか。俺に何か用か?」
ジグの見立てでは恐らくあの中で一番強い男
長身で目立った筋肉こそついていないものの細いといった印象はまるで受けない
実力は未知数だが、楽な相手ではないだろう
魔獣を専門にしている冒険者などとはまた違った凄味を感じる
「アルバーノはああ言ってたけど、あんたのことを面白く思わないやつが出るのは間違いない」
「だろうな」
事情があるとはいえ組織の重要人物が自分たちでなく余所に頼るような行為を面白く思わないのは当然だろう
「後ろからの刃には気を付けるこった」
「忠告どうも」
ひらひらと手を振りながら踵を返すエリオ
ジグはその背を黙って見送る
(内部に裏切り者、か)
奴がそうかは分からないが、カティアの思惑はどう出るだろうか
「考えても仕方ないか。どちらにしろ俺のやることは変わらない」
自分の目的は裏切り者を探すことではない
多少協力することは構わないがあくまでも護衛が仕事だ
そう結論付けると待たせているカティアの所へ急いだ
冒険者ギルドは昼時でもそれなりに人はいる
早めに仕事を切り上げた者や今後の予定を仲間内で決めたりと理由はそれぞれだが
アラン達のパーティーは後者だ
四等級昇格も見えてきた彼らにとって今後の方針は非常にデリケートな問題である
地力を固めつつ評価を得て、なおかつそれに見合った装備を揃えなければならない
あちらを立てればこちらが立たず、かといって全てをこなそうとすれば体がもたない
彼らははやる気持ちを抑えつつも着実に前へ進もうと必死であった
「準備はもう十分だろう。ここらで一丁、でかい仕事でも受けてもいいんじゃねえか?」
パーティーの舵取り役であるライルがそう提案した
「装備も整ったし消耗品も十分。何かあった時のための資金もある程度は確保できているし、僕は賛成かな」
資金や物資などの管理をしているマルトもそれに追従する
「経験も準備も整った。後はギルドの評価だけ」
リスティが確認するように頷いた
「……よし。それじゃあ、やるか」
面倒な下準備はすべて終わらせた
四等級ともなればいよいよ一流冒険者の仲間入りだ
自分たちの年齢でここまでたどり着ける冒険者は非常に少ない
個人が突出している上位冒険者はそれなりにいるが、全体が高水準かつ若年でまとまっているアラン達のようなパーティーは非常に珍しい
クランのような組織に属さないことで自由な活動を維持しつつ、各方面に伝手や繋がりを作るのはとても大変で時間のかかる作業だった
ようやくその努力が実を結んだ
「実はもう昇級に必要な依頼の目星も、それに噛ませてもらう話も付けてあるんだ」
「なんだよアラン、やるじゃねえか」
「君にばかり頼っていられないからね」
肩を叩いてくるライル
普段この手の細かい交渉などは彼がやっていたのだが、頼りっきりというのも座りが悪い
マルトはアランが持ってきたという依頼に興味を持った
「で、どんな依頼なんだい?」
「それはこれから聞くことになっている。調査系の依頼らしい」
「へえ、いいね。危険が少ない割に上からの評価は高い、まさに今僕たちの求めている依頼じゃないか」
「その代わり報酬しょっぼいけどな!」
ライルの言う通り調査系の依頼は危険も少ないが報酬も少ない
しかし調査報告がいい加減では困るのである程度信用のおけるパーティーでないと任せられない
評価値を稼ぐためだけにあるような依頼だ
この依頼を受ける者は昇級を目指している者がほとんどのため、より評価されようと熱心に仕事をしてくれることが多いのでギルドも冒険者にも旨味がある依頼でもある
「ケチくせえが、今の俺達には必要な依頼だ。バッチリこなすとしますかね」
「その意気だ」
そんなやり取りをしている彼らの元に声がかけられる
「気合十分みたいね。ライル君」
「エルシアさん?もしかして依頼の伝手って……」
「そう、私よ」
肉感的な体を法衣で包んだ眼帯の女性、エルシアが来ていた
相も変わらずその瞳は眼帯に隠されている
「上で話しましょう。あまり周りに聞かせられる話でもないの」
そう言って二階へ上がる彼女を追ってアラン達も席を立った
タイトル変更効果ですが、なんとブックマークが……微減しました。
爆笑する私、真っ青になる友人。
まだ判断するには早いので経過を見ますが、神妙な顔をする友人には焼土下座の準備をさせておくことにします。