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「事の発端はあんたも知っての通り、あのドラッグだ」
話がまとまった所でカティアが事のあらましを説明し始める
「この辺りであんなヤバいもん取り扱っているところはいない。当然アタシたちは出所を探った。何人か絞めて出てきた名前が……アグリェーシャ」
聞き覚えのない名前だ
新興のマフィアか何かだろうか
「奴らはこの街のずっと西に本拠地を置いているマフィアだ。向こうじゃほとんどを牛耳っているかなり規模がでかい組織だが、薬物に躊躇いや節操が無さ過ぎるんだ。そこら中でシャブキめてるやつらがうようよ居やがる。そのせいで街が腐り始めて生産力の低下から経済がおかしくなっているんだとさ」
「そいつらがこの街まで出張って来ているってことは……」
良くない予感がするのは気のせいではないだろう
カティアが苦々しい表情でその先を継ぐ
「……ああ。連中、どうやら次の標的にこの街を選んだらしい。今来ている奴らはその先遣隊さ」
「最悪だな」
先行投資とばかりにドラッグをばら撒き依存者を増やし、程よくヤク中になった所で取り込むつもりだろう
本格的な勢力争いとなれば組織力が物を言う
遠征して来ている彼らは数も少なければ土地勘もないはず
しかしこうしてジグに護衛を頼んでいるということはあまり旗色がいいわけでもなさそうだ
「どっちが優勢なんだ?」
「……ハッキリ言って微妙なところだな。武闘派の幹部格まで寄こしている上に、あいつら末端にまで戦闘用ドラッグを渡してやがる。小競り合いで何人かうちの若いのが大怪我させられた。……あいつら、加減ってものを知らないんだ」
戦闘用ドラッグの作用は単純に筋力等の増加ではない
過度な興奮により精神的なタガまでも外れてしまう
本来無意識にセーブしているのは何も筋力だけではないということだ
戦争の様なハナから殺し合うことが決まっている場ならばそれもさしたる変化ではないが、縄張り争いのような痛めつけることで退かせる手法を使うマフィアにはキツイ相手だろう
どちらも死人が出るので同じように感じるかもしれないが、”結果的に相手が死んでも構わない”のと”絶対に殺す”とでは感じる圧に雲泥の差があるのだ
「しかし無茶をするな。そうポンポン使っていては体がもたんだろうに」
「奴ら、兵隊を畑から生えてくるとでも思ってるんじゃないか?」
悪態をつきながら吐き捨てるカティア
なるほど、街を腐らせたというのにも納得だ
「そういう訳でアタシにまで護衛をまわしている余裕がない。それならそれで大人しくしてりゃいい話なんだが……ウチの一大事だってのに指くわえて見てられるかよ」
静かだが、強い口調でカティアが組んだ指を強く握り込む
組織への忠誠心、というには少し感情が入りすぎているように見える
護衛の件と言いやはり彼女は上の立場にいる人間に近しい人物のようだ
「カティアはどう動くつもりなんだ?西の連中の動向でも調べるのか?」
護衛対象は大人しくしているつもりはないようだ
当たり前だが敵対組織の重要人物がふらふら出歩いているのを見逃すはずもない
それなり以上に激しい五日間になりそうだ
「いや、そっちはうちの幹部たちが血眼になって探してる。アタシが首を突っ込んでも邪魔をするだけだ。……多少腕に覚えがある程度でどうにかなる相手じゃないことは前回のことで身に染みたしな」
少し悔しそうにそう付け足す
どうやら使命感に燃えて直情的に動くタイプでは無いようだ
自分に出来ることを理解しているならこちらも動きやすいのでありがたい
「アタシが探るのは身内……ファミリーの裏切り者さ」
「……ほう。心当たりでも?」
「……考えたくはないが、ある」
マフィアは裏切り者に非常に厳しい制裁を加えるため結束は固いものと聞いていたが、やはり完全な一枚岩というわけにはいかないようだ
「……毎回、微妙に向こうが先に動いている気がするんだ。こっちの襲撃に対して少しだけ準備が良かったり、売人をとっ捕まえても繋がりになる証拠を持っていなかったり。罠や待ち伏せまでされてるわけじゃないし運が悪かったで済ませられる範囲ではある……が、そこがまた気に食わない」
「疑いをもたれない程度に情報を流している者がいると?」
渋い顔をして眉間にしわを寄せているカティア
組んでいた手をほどくと残っていたケーキを口に押し込む
人に聞かれるとまずい話はここまでのようだ
「あくまで可能性だけど、な。土地勘もない余所者の癖にウチとまともにやり合えているのが悔しいだけかもしれない」
「そうか。まあ好きに動いてくれ。料金分は働こう」
「期待しているよ。まずは前払いにここの飯代だったか。好きなもん頼んでくれ」
「上限を決めなくていいのか?」
「そこまでケチじゃないよ。残さないならいくらでもどうぞ」
迂闊なことを言う彼女に内心でほくそ笑む
カティアが店員を呼ぶと待ってましたとばかりにジグが注文する
「ランチセットAとBとC、それと日替わりランチを頼む」
「セットのドリンクはいかがいたしましょうか」
「コーヒー、紅茶、牛乳、煎茶で。あと食後にケーキセットを」
「かしこまりました」
大量の注文に眉一つ動かすことなく役割をこなす店員
流石、高い店は教育が行き届いている
ジグは視線を戻すとあんぐりと口を開けたカティアを見る
「お、おい、あんた食いきれんのかあんなに!?」
「いつもこれくらいは食べる。問題ない」
「にしたって限度が……ここ、結構高いんだぞ?傭兵ってのはそんなに儲かるのか?」
「普段からこんなに散財はしないさ。ただ今日は、なぜか食事代が浮きそうな予感がしてな?」
そう言って意味ありげに笑うジグ
その意味を悟ったカティアが悔しげな顔をする
「どういう……あっ!?てめえまさか、最初っからアタシの尾行気づいてやがったな!?」
「さてな」
適当にはぐらかして注文を待つジグ
ここのコーヒーは値段さえ気にしなければ実に美味かった
きっと食事も美味いに違いない
何より自分の懐を気にしないで済む食事とは、いつになっても美味いものだ
不意の出費に財布の中身を確認するカティアを尻目に期待を膨らませるジグであった
「そういえば、すっかり聞きそびれていたんだが」
食後のデザートまできっちり片づけた後
切なげな顔で伝票を見ているカティアに声を掛ける
ちなみに食事はとても満足のいくものだった……値段さえ気にしなければ
カティアは無言でジグの方を恨めし気に見ると先を促した
「カティアはどっちの関係者なんだ?」
「おいおい、随分今更だな……それも知らないのにアタシの依頼を受けたのか?」
ジグのあまりの無神経さに呆れたように嘆息する
「どちらに所属していようと仕事内容に納得がいけば受けるからな。さしたる問題でもないだろう」
「……言葉に気を付けなよ。今のは下手をすればどちらの勢力も敵に回す可能性がある発言だ」
敵対組織の依頼でも構わず受けるというジグの言葉に目を細めるカティア
その視線は鋭く、大の男でも怯みかねない力を持っていた
「ああ、気を付けよう。で、どっちなんだ?」
しかしそれに大した反応も見せずに軽く流すジグに面白くなさそうに鼻を鳴らす
(立場に実力の伴わない小娘の威圧ではこんなものか。自分の情けなさに腹が立つ)
「……バザルタだ」
「ほう」
(イサナと交渉していたマフィアが同じ所属だったはずだ。名前は何と言ったか……)
以前受けたマフィアの人身売買絡みの事件を思い出す
あのとき現れたくたびれた様子の中年男性がバザルタと言っていたような気がする
あの男もそれなりの立場のように見えたしカティアといれば鉢合わせてしまう可能性もある
布を巻きつけていたので顔は見られていないはずだが背丈までは誤魔化せない
武器も薙刀を持っていたが、珍しい武器という共通項で繋げられるかもしれない
(気を付けるとしよう。彼女の言うようにマフィアから敵対視されると面倒だ)
「では行くか。ある程度面通しを済ませておきたい」
「あれだけ食べて、食休みはいいのか?」
「言っただろう、八分目だ」
「マジかよ……」
席を立つジグに呆れ半分、驚き半分といった様子でカティアが続く
「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
四人分を平らげた上客に丁寧に頭を下げる店員
(また来よう。誰かの奢りで)
そう決意するくらいにはこの店は良かった
告知していた通り、一時的にタイトルを変更させていただきます。
昨今の流行を鑑みて練りに練った珠玉のタイトルだそうです。(友人談)
元タイトルを気に入ってくれていた皆さまにはご迷惑をおかけしますが、
頃合いを見て戻しますのでご容赦を。