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鍛冶屋で装備を頼み必要な雑貨類を買い終わった頃には日が傾き始めていた

昼を串焼きで済ませてしまったため腹が不満の音を上げた


「夕食にしましょうか」

「ちょうど最後の用事が飯屋で会うことになっている。済ませたら食事にしよう」


少し歩くと大きめのレストランに入る

落ち着いた内装と雰囲気は店の高級さを感じさせた


「意外です、こういう高そうなお店も知ってるなんて」


シアーシャがきょろきょろしている


「仕事の交渉で使うんだよ。上には個室もあるから聞かれたくない話はそこでする」


店員に名前を告げて待ち合わせであることを伝える

二階へ通され奥の部屋に案内された

中に入ると小柄な男が待っていた

こぎれいな格好をしているのにどこか怪しげな雰囲気をぬぐい切れない男だった


「よおジグ。まだ生きてやがったか」

「そっちこそ相変わらずだな」


親しげに言葉を交わした二人は席に着くなり憎まれ口を叩きあう


「こいつはコサック。情報屋だ」


ジグの横に座ったシアーシャに男を紹介する

シアーシャは微笑みながら頭を下げる


「よろしくお願いします」

「おう、よろしく。…おいおいジグ、このべっぴんさんはどうしたんだよ。お前の女か?」

「なわけねえだろ、依頼人だよ」

「だろうな。てめえは本当に女遊びしねえなあ」

「金がもったいない」

「これだよ」


呆れたようにコサックがシアーシャを見る

対応に困ったので曖昧に笑っておく彼女を置いてジグは仕事の話を切り出した


「頼んでいた件だが、いけるか?」

「そりゃ、まあ行けるけどよ…結構かかるぜ?」

「構わん」


途端に歯切れの悪くなるコサック


「…マジで行くのか?彼女には悪いが、お前ならいい待遇で雇ってくれる団はいくらでもあるだろ。今からでも紹介するぜ」

「集団行動が苦手なんだ」


にべもなく断る

コサックも予想していたのかさして残念がる様子もない

二つの腕輪を取り出すとこちらに渡した

独特な意匠を施してある


「まあいいさ、てめえが決めたことだ。船は五日後に出る。若い研究者とその護衛ってことで話は通しておく。これが乗船券のかわりだ。当日左手に着けろ」

「助かる」


二人が腕輪をしまうとコサックが店員を呼ぶ


「仕事の話は終わりだ。久々に会ったんだし飲むぞ。嬢ちゃんはいけるクチかい?」

「人並みには」


運ばれてきた料理がテーブルに並べられていく


「…あの、これ食べきれるんですか?」

「うん?これぐらい大した量じゃないだろう」


次々に運ばれる料理のあまりの多さにシアーシャがひきつった顔をする


「嬢ちゃんもこいつの馬鹿力見たことあるだろ?あれに見合ったぐらいは食うぞ」

「あーなるほど…この量食べて太らない理由はそれですか」


納得するシアーシャを他所に料理を平らげていく

その横で上品に少しづつ食べる彼女との対比にコサックが笑う

そうしてしばらくは近況報告や雑談を楽しんだ



料理をつまみに酒をあおったコサックがため息をついた


「らしくないな、ため息とは」

「ちょっと前にてめえの噂が流れてきたぞ」

「ほう、どんな?」


酒で料理を流し込んだジグが一息ついてコサックを見る


「てめえが死んだかもしれないって噂だ」

「初耳だな」


心当たりは、ある

しかしジグは素知らぬ顔で続きを促す


「少し前に隣の国で領主の息子が魔女狩りをするって騒ぎになってな。私兵だけじゃ足りないってんで傭兵にも募集をかけた。そこにてめえがいたって話だ」

「良く調べてある、流石は情報屋だ」

「そんな目立つ武器背負ってりゃ素人でも調べがつくわ。結果は成功だが、かなりの犠牲が出た。まともな死体は一つもない、酷い有様だったらしいぜ。領主の息子と兵は全滅、傭兵も逃げ出した奴以外に生き残りはいないそうだ。そこそこ名の知れた傭兵団が二つも壊滅したんだ。…まあ、それでもあの沈黙の魔女を倒しただけ十分な戦果だろうよ」

「沈黙の魔女?」


横目でちらりとシアーシャを見るが当の本人は素知らぬ顔だ


「…お前そんなことも知らねえで参加してたのか?」


呆れながらもコサックが説明してくれる


「全部が全部じゃないが魔女ってのは基本的に好戦的だ。縄張りに踏み入れば攻撃してくるし、手なんかだしてみろ。根絶やしにする勢いで反撃してくるぞ。ところがこの魔女は違う。縄張りに入っても威嚇こそされるが手は出してこないし、過去何度か討伐隊がやられているが、報復に現れたことがない。それでついた通り名が」

「沈黙の魔女」

「昔はもっと東にいたって話だ。魔女の中でも指折りの戦闘力らしいが、積極的に敵対行動しない限りは手を出してこないから危険度はそこまで高くはない。現王になってからは手を出すのを禁じていたとか。ところがだ」


声のトーンをわずかに落とした


「どこぞのバカ息子が親の点数稼ぎたさに手を出しちまった。結果的には成功したが魔女の死体は見つからず、上は大層お怒りで近いうちに何らかの罰が下されるらしい」


息子が死に、上から罰まで食らうとは踏んだり蹴ったりだな

息子の手綱を握れなかった自業自得とはいえ、哀れな領主に少し同情する


「話を戻そう。そんな事態になったってのになんでてめえは平然と生きてやがんだ?」

「自分で言っただろう。逃げ出した傭兵以外に生き残りはいないと」


鼻で笑ったコサックは酒を飲み干す

それなりに飲んでいるはずなのにその目は情報屋としての鋭さを持ったままだった


「抜かせ。相手が魔女だろうとてめえが逃げ出すタマかよ。…なに隠してやがる」

「さて、知らんな」


ジグの表情は微塵も動かない

そこから何かを読み取るのは難しい

コサックは視線をシアーシャに向けた

食後のお茶を飲んでいた彼女は視線に気づくと微笑みながら小首をかしげる

何かを隠しているような違和感は感じない


仮にも裏の人間である彼の剣呑な視線を受けているのに、だ

そこに違和感を感じた彼はより注意深くシアーシャを見つめる

並の人間なら本当に隠し事がなかったとしても何かしらの反応はするだろう

ただの箱入り娘にできるような芸当ではない

コサックの視線を微笑みながら見返すシアーシャ

吸い込まれるような蒼い瞳の奥を見通そうとする



妙だ

目を見ているだけなのにぞわりとしたような感覚が付きまとう

危機感とでも言うべきか

彼自身危ない橋を幾度もわたったことがある

それと似た、しかしそれ以上の何かを感じた

立ち居振る舞いを見るに運動神経は悪くなさそうだが素人

何かしらの心得があるようにも見えないというのに


俺がビビってるのか?こんな小娘に?


ふと

自分の言葉を思い出した


魔女の死体は、見つかっていない



「まさか―」


乾いた音がした

手元を見ると木の器に穴が開いている

穴から酒がこぼれると、底には一枚の銀貨があった

指弾だ

当たり所次第では致命傷にもなりうるほどの


「その辺にしておけ」


ゆっくりとジグに顔を向ける

武器も持たず、椅子にもたれかかった姿勢のまま、なんてことないように彼は言う


「場合によっちゃあ、お前を斬らなければならん」


その言葉にコサックはすべてを悟った

まだ殺気すら出していないというのに、コサックの背筋は冷え切っていた

それでも無理矢理に声を絞り出す


「てめえ、正気か?」


掠れたような声だが、なんとか言葉になった疑問にジグは笑う


「お前に正気を疑われるのは、何度目だろうな」

「…てめえが無茶するたびに言う側の気にもなりやがれ。だが今回だけは話が違う」

「俺の答えは変わらんよ。金さえ払われるなら何でもやるさ」

「…そうかよ」


コサックは吐き捨てるように言うとどっかりと座った

酒を注ごうとして穴が開いてることに気づくと舌打ちして瓶から直接飲む

飲み干したころにはこわばった顔は元に戻っていた


「依頼料だがな、諸々込みで二百万だ」

「…いいのか?」

「てめえの命だ、好きにしやがれ。」


―かつて正気を疑われたときも、最後には同じ言葉をかけられたな


ジグは目を細めると頭を下げた


「すまん、恩に着る。ついでと言っちゃなんだが、俺の死んだ噂を広めておいてくれないか?」

「へいへい、そいつも諸々に含めといてやるよ」

「悪いな」

「一つ貸しだ」

「ああ」


金貨の詰まった革袋を置くと立ち上がる


「世話になった、またな。」


シアーシャが一礼してジグに続く


「一つ聞かせろ。てめえは…勝ったのか?」


扉のノブをつかんだジグが止まる


「-俺はここにいる」


背を向けたまま応えると振り返らずに部屋を出た

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