69
熱のこもった工房で男たちが額に汗して金槌を振るう
武器を頼みに来た冒険者たちは真剣な顔つきで職人と思しき男と交渉をしている
ジグは先日調整を頼んだ武器を引き取りに鍛冶屋に来ていた
ガントに魔具を割り引く代わりに使用感などを詳しく教えてほしいと頼まれていたのもある
ちなみにシアーシャは新しく解禁された情報や魔術書を漁るために資料室に篭っていた
「歪んだのは直しておいたよ。あとは結構刃が潰れていたから研ぎもしておいた」
「助かる」
双刃剣を受取ると断ってから軽く振ってみる
おかしな歪みも見当たらないし重心のズレもない、見事な仕事だった
ガントが髭を扱きながら疑問を漏らす
「頑丈さにはかなり自信があったんだけど、いったい何やったの?」
「ああ、削岩竜の頭突きを受け止めた時にな」
ぶちり
音に目をやれば力んで思わず髭を何本か引き抜いているガント
呆気にとられたようにジグを見た
「……馬鹿なの?説明するときに竜の一撃を受け止めてはいけませんって言わなきゃダメだった?」
「緊急事態でやむを得ず、だ。流石に進んでやろうとは思わない」
「それにしたって限度があるでしょ……」
呆れたようにため息をつく
まあ僕の武器だからそれぐらいはできてしまいますけど?と付け足すあたり出来栄えに満足いっているところもあるようだ
「で?削岩竜のおかげで懐があったかくなった傭兵さんは僕の売り上げに貢献してくれるの?」
「これを買ったばかりだろう。元を取れたというだけだ」
手に嵌めたバトルグローブを見せる
実際の所、削岩竜の素材は高値で売れたがこの魔具の値段を全て賄うには及ばなかった
流石にすぐさま新しい装備を買おうとは思わない
ガントも言ってみただけのようであまりしつこくはこなかった
「ちぇっ、ケチ」
「そう言うな。こいつの実践相手には丁度良かった。土産話では不足か?」
「それを早く言ってよ。で、どうだった?」
口を尖らせていたガントがそれを聞いて目を輝かせた
やはり自分の作品が役に立ったかどうかは興味があるようだ
「削岩竜の装甲を貫くまではいかなかったが、砕くことはできたぞ。破損もない」
「あーさすがにそれは無理だったかあ……なんか他に気づいたことある?悪いところとか特に気になる」
「そうだな……本気で殴ると反動が相当なものだった。あの勢いだとかなり鍛えた人間でも完全には抑え込めないだろうから、勢いを流す技術が必要になると思う」
ジグの感想を逐一メモするガント
割り引いてもらったこともあり細かな質問にも詳しく答える
「ふいー……こんなもんかな。ありがとね」
一通り聞き終わったガントがメモを眺めながら頭の中で改善案を練っている
「やっぱり課題は威力かなあ……」
「あれ以上出力を上げられたら腕がもげかねんぞ……」
「初心者には反動低い奴を使わせて慣れさせてから高出力に移行させるのはどうだろう」
「初心者に徒手で魔獣に挑む物好きがいるといいな」
しばらくガントの改善構想に付き合った後、料金を払い鍛冶屋を出る
時間は昼前と言ったところ
少し早いが混む前に昼食にしてしまおうかと考えているジグがふらつきながら店を探す
先日は豪華な食事にしたのでシンプルなものにしようか
「……ふむ」
目を細めて視線を巡らせる
繁華街のため周囲には人が多く、人の流れは速い
雑踏の中でもジグは頭一つ抜けているため目立つ方だ
店を決めると急ぐでもなくゆったりと向かう
条件の良い立地にある店は他と比べて豪奢な店構えをしている
それなりの身なりをした者が出入りするそこで武器を背負ったジグははっきり言って場違いだ
「いらっしゃいませ」
しかし店員の教育が良いためそんな態度はおくびにも出さない
多少警戒するようにジグを観察していたが酔っ払いや暴漢の類ではないと判断するとそれ以上踏み込んではこない
案内された席についてメニューを眺めるがすぐには注文しない
武器を気にした周囲の客がチラチラとジグを盗み見るが本人はまったく気にした様子がない
やがて店員にコーヒーだけを注文すると何をするでもなく外を見ている
置かれたコーヒーに手を伸ばすと想像以上の美味さに眉を動かした
「いらっしゃいませ」
ジグがコーヒーを楽しむことしばし
新たに入って来た客を店員が迎えるがその客は片手を上げると
「連れが来てる」
とだけ伝えて横切る
案内を断った客はコツコツと足音を立ててジグの方へ近づいて来た
「意外だな。こういう店に縁があるようには見えなかったけど」
声に視線を向けるといつぞやの目つきが鋭い茶髪女がいた
ジグの向かいの席を断りもせずに座ると店員を呼んでケーキセットを頼む
「尾けていたのか」
「まあな、アタシの尾行も中々だろ?」
そう言って横目で見る女にフンとだけ返すジグ
それを負け惜しみと取った女が笑って手を出す
「あのときの礼を言いそびれちまってたからね。カティア=アルベルティだ」
「ジグだ。傭兵をやっている」
カティアの差し出した手を軽く握って返す
「改めて礼を言わせてもらう。あの時は助かった」
「なに、成り行きだ。……それで、本題は?」
ただ礼を言うだけならば立ち話でも十分だ
わざわざ腰を据えて話ができる状況を狙ったのには理由があるはず
カティアは脚を組みながらさり気なく周囲を窺った
店内は落ち着いた雰囲気で時間帯もあり客入りは少なめ
何かを話していのは分かるが席の間がそれなりに空いているので声を潜めれば聞こえない
こういう店は内緒話には向いている
酒場の様な騒々しい場所はどこに聞き耳を立てている輩が居るか分からない
本当に聞かれたらまずい話や大きな金が動くときなどはこういった店が使われるというのは良くある話だった
カティアは顔の前で手を組んで話を切り出した
「……あんたに仕事を頼みたい。先に言っておくが、アタシはマフィアの関係者だ。それを踏まえた上で仕事を受けられるか判断してもらいたい」
(魔女、冒険者、ジィンスゥ・ヤと来て、とうとうマフィアか)
”金さえ払えば”などと普段から吹かしてはいるものの、ここまで節操無しになるとは思ってもいなかった
あまりにも見境なしの顔ぶれに思わず笑みをこぼすジグ
仕事の話をするためにコーヒーを飲んで気持ちを切り替える
(……笑ってやがる。やっぱりまともじゃないな)
自分がマフィア関係の仕事を頼んだ時の相手の反応は大抵二種類
嫌な顔をするか、営業スマイルや無表情で本心を隠すかの二択だ
前者は関わり合いになりたくないが金にはなるし、何より断った後が怖いという反応
後者はこちらの弱みを探りつつ隙あらば利用してやろうという野心ある者達
しかしこの男の反応はそのどれとも違う
まるで思わず笑みがこぼれてしまったかのような反応は未だかつてないものだ
誤魔化すようにカップで口元を隠しているあたり演技にも見えない
(経験にない相手だ。慎重に行こう)
「仕事の内容を聞く前に一つ断っておくが、依頼内容が大きく法に触れるものや民間人等の非戦闘員に害を及ぼす類ならば受けるつもりはない」
「問題ない。あんたに頼みたいのはアタシの護衛だ」
「……マフィアが護衛だと?」
マフィアからの依頼ということで犯罪行為の加担を警戒していたジグだが、カティアから出てきた言葉は予想外のものだった
彼女がマフィアでどの立ち位置にいるのかは知らないが、ただの一構成員というわけではあるまい
護衛ならば自分達でどうにかできそうなものだが
「それ以上は仕事を受けてもらってからだ。……言いたいことは分かるよ。でもそのあたりに説明しにくい事情ってものがあってね」
「ふむ……」
何やらマフィアが絡む裏社会でごたごたが起きているようだ
詳しい経緯までは分からないが、切っ掛けにあたりはつく
「ドラッグ関係か」
「さてね」
カティアは否定も肯定もしない
流石というべきか、その表情から何かを推し量るのはジグには難しい
幸いというべきかしばらく暇になっていたところだ
買いたいものもあるし金額次第では受けるのもやぶさかではない
「報酬は?」
「期間は五日で日当十万。これは拘束代金で襲撃があった際には別途十五万支給する。破損した装備等は必要経費でこちら持ち……常識の範囲内でな。消耗品は要相談」
悪くない条件だ
流石はマフィア、金払いはいい
一つ気になることと言えば
「何故俺を?」
カティアが自分を選んだ理由が気がかりだった
まさか以前少し手助けしたので気に入ったなどという理由ではないだろう
マフィアという組織はそこまで人情を重んじるものではなかったはずだ
「あんたのことは調べさせてもらった。……報告を聞いたときは正直驚いたよ。この街に来てそう経っていないのにあそこまで厄介ごとに巻き込まれる人間がいるなんてね。しかもそのほとんどが自分から手を出してるわけじゃないっていうじゃないか。何か悪いモノでもついているのかい?」
「……放っておいてくれ」
薄々感じていたことを他人にズバリと言われてバツが悪そうにするジグ
もっとも、薄々程度にしか感じていないあたり彼の感覚は壊れている
「まあそれは置いておくとして。あんた、どんなに脅されても絶対に口を割らなかったそうじゃないか」
ワダツミでの事を言っているのだろう
「仕事だからな」
「それができる強さと依頼主への義理堅さがあんたに依頼した理由だよ」
口だけでは約束は守れず、強さだけでは信用ができない
暴力と裏切りが横行する裏社会でその二つを両立させるのは非常に難しい
カティアがジグを選んだ理由は実にマフィア的であった
「ここの飯代をそちら持ちでよければ、受けよう」
「なら早速説明させてもらおうか。その前に、アタシと同じように手を口の前で組んでくれ」
不思議に思ったが取り合えず真似してみる
「両掌の中で声を響かせるように喋るんだ」
「これには何の意味が?」
「表にはあまり出ないが魔術には遠くの音を聞き取るためのものもある。単純に耳が良い種族もな。これはそう言った盗み聞きへの対策法だ」
遠くの音を聞き取ることは意外と繊細なもので、雑音を省くためある程度座標などを限定しないと難しい
こうして音を篭らせてしまえば詳細な会話内容などを聞き取ることを防げると説明された
「ほう、流石は犯罪組織だな」
「褒めるなよ、照れる」
盗聴対策は実際にテロリストなどが使う手法のようですが効果があるかは謎です。
友人が「俺の言うとおりのタイトルにすれば間違いなくアクセス数が増えるに5000ペリカ」としつこく主張するので、期間限定で今風のタイトルにしてみようという話になりました。見慣れぬ名前になっているかもしれませんが、そのうち戻るので気にしないで下さい。
もし効果がなかった場合は地下送りです。