67
削岩竜を恐れた魔獣が身を潜めていたためか帰りはトラブルもなく無事にギルドに着いた
削岩竜の素材は一匹分でも非常に嵩張るため比較的価値の高い部位を厳選して剥ぎ取ったが、それでも二匹分の素材はかなりの量になった
その際にシアーシャが相手取った個体を見たが、一体どうやったのか脳天から股下まで両断されていた
魔女の力の片鱗に触れたウルバス達が帰りの道中に恐れの混じった視線でシアーシャを見ていたのも無理からぬことだろう
(ここまでとはな……)
自分では奥の手を用いて装甲を砕き、急所を狙いやっとダメージを通せるようになった相手だ
それを真っ向から打ち倒す彼女の戦闘能力は本来自分では到底及ばない所にいるのだろう
(勝てたのは相性と、運の良さによるものが大きいな)
彼女が強力な魔術ゆえに近接戦闘を苦手としていて、自分が後少しでも実力が足りていなかったとしたら
結果は違ったかもしれない
またあの時自分が彼女を殺していれば
依頼主の息がほんの僅かにでもあったとしたら
あるいは正規軍の人間が一人でも生きていれば
どれか一つでも違っていれば自分がこの地にいなかったと思うと、人生とは不思議なものだ
ギルドの職員に報告をしているウルバスとシアーシャを見ながらそんなことを考えふける
職員がまたお前たちかと言わんばかりの視線をシアーシャとジグに向けてきたあたりすっかり顔を覚えられてしまったようだ
「今度は何をやらかしたの?」
「人聞きの悪い……とも言い切れないか。だが今回は善意による人命救助なんだがな。」
視線を向ければイサナが着流しの胸元に片腕をひっかけながら呆れたようにジグを見ていた
笹穂状の耳をピコピコと動かして
「善意の人命救助ねぇ。あなたが?」
「俺ではない。依頼主の意向だ。」
「それなら納得。なにがあったの?」
イサナに事のあらましを大雑把に説明してやると彼女は目を丸くした
ベテラン冒険者のイサナにとっても今回のことは珍しい事のようだ
「森に削岩竜とはまた……クサいわね。調査依頼も出るでしょうし儲け話の匂いがする。美味しい情報ありがと。ところで……助けたのってあそこにいる鱗人?」
「ああ、そうだが?」
イサナがちらりと受付の方を見る
報告を続けている二人を見ながらイサナがポツリと零した
「……口だけじゃなかったのね、あなた。」
「なんのことだ?」
イサナの言っている意味が分からない
彼女はジグを横目で流し見ると口元を微かに緩めた
「異種族だろうと異民族だろうと金さえ払えば客だ……以前そう言っていたよね?」
「ああ、言ったな。」
何を今さら言うかと思えば
イサナは目を細めるとその長い耳を指でなぞる
「彼らみたいな普通の人間と明らかに違う種族に対してもそれを保てるか、気になっていただけ。」
そこまで言われてようやく彼女の言わんとするところを理解した
確かにイサナ達ジィンスゥ・ヤも排斥されている異種族だ
しかし外見的特徴は顔つきと肌の色、耳が長い程度で人間との差異は少ない
それに比べるとウルバスやその仲間たちは明確に人とは違う
異分子を排除したがる人間にとって外見的な違いから引きおこる忌避感や嫌悪は根深い問題だ
イサナは彼らを見たジグがどう対応するのかに興味を持っていた
そしてその対応は彼女のお気に召したようだ
「言っておくが、仲間意識を持たれても困るぞ。
異種族の味方、異種族に優しいなどと勝手に思われて当てにされるのは御免だと牽制する
拒絶とも取れるジグの言葉にイサナが薄く微笑む
「いいよ、あなたはそれで。必要以上にどこかに肩入れしないからこそ信用できることもあるの。」
「……そうか」
飄々としたイサナにどこか釈然としないものを感じつつもジグはそれだけ返す
イサナはひらひらと手を振りながら踵を返すと人ごみに紛れていった
(……部族の方は上手くいっているようだな)
ジグは妙に余裕のある様子の彼女を見てそう当たりを付ける
過剰な仲間意識を持たれても困るが、ある程度関わった相手のその後が気にならないほど他人に無関心なわけではない
背を見送りながら内心で今後の健闘を祈っておく
「ジグさん、お待たせしました。」
「どうだった?」
戻って来たシアーシャは満足気にサムズアップする
「無事、七等級に昇級できました。これで出来ることが色々広がりますよ。」
「おめでとうさん。ようやく一段落か?」
「いえいえ、ここからです。やっとスタート位置に着いたと言っても過言ではありませんね!」
七等級になったことで魔術書や資料などの閲覧制限も大きく解除される
一定の信頼と実力を示したことで受けられる依頼の種類の増加に加え特定の施設の利用などもできる
冒険者として一人前と認められた証ということもあり、まずはこれを目指すのが駆け出しの第一目標ともいわれている
「今日は少し贅沢に行くか。」
「いいですね。たまにはパーッといきましょう。」
食事をどうするか相談しながら歩く二人
彼ら……とりわけシアーシャに視線を向ける者は多い
しかしアランやイサナ達上位の冒険者とよく一緒におり、ワダツミの牽制もあり中堅あたりまでの冒険者で余計なちょっかいを掛けようとする者はほとんどいない
上位の冒険者はジグの力量と、それ以上に得体の知れない雰囲気を醸し出しているシアーシャを警戒している
結果として二人は多くの注目を集めつつも比較的穏やかに過ごせていた
しかし何事も例外はある
後先考えないタイプの人間などどこにでもいて、そんな相手に生半可な牽制など効果がないのだ
「よぉ、随分景気のいい話をしているじゃねえか?」
こちらを明確に嘲るような声を掛けてきたのは一人の男だ
ニヤニヤと嫌らしい笑顔を張りつけながら歩み寄る男には見覚えがあった
以前岩蟲の討伐隊に参加する際に絡んできた男たちだった
あの時はアランが仲裁の体で追い払ってくれたのを思い出す
「何か用ですか?」
シアーシャの声は固い
彼女も以前彼らが絡んできたことを覚えていた
ここでは人目もあるしジグにも止められているため暴力に訴えることができない
シアーシャは自分がそこまで忍耐力の低い方ではないと思っていたが、どうにもこの男たちの顔を見ていると怒りがふつふつとこみ上げてくるのが抑えきれないのを自覚していた
(理由は分かりませんが、弾ける前に退散してしまいましょう)
何が弾けるかはあえて考えない
彼女の内心を余所に男たちはにやつきながらシアーシャを眺める
「噂の期待の新人さんが随分と儲かってるみたいでな?俺たちもご相伴に預からせてもらおうと思ってきたんだよ……なあ?」
仲間に声を掛けると下卑た声で笑う
元より明確な用事などないのだろう男たちはへらへらとした態度で絡んでくる
「……話になりませんね。行きましょうジグさん。」
「まあ待てよ。っ!」
野卑な視線と彼らの態度からまともに対応するのも馬鹿らしく感じたシアーシャが男たちを放って進む
逃がさないようにその肩に伸ばした男の腕をジグが掴んだ
「……なんだよ、てめえは?」
「彼女の護衛だ。悪いがその辺にしてくれないか?」
男はジグを睨みつけていたが、やがて鼻で笑うと手を振りほどいた
うすら笑いを浮かべながら下からねめつける
「……てめえのことも聞いたことあるぜ?でけえ男が女の後ろに隠れてほとんど戦わないらしいじゃねえか。それで護衛とは笑わせるなぁ?その図体は飾りかよ!」
「……」
男がジグを大声で嘲る
周囲の仲間たちも追従して笑っていた
笑いものにされている当の本人は全くの無反応だ
怒りを堪えている様子も無視している様子もない
脅威レベルの低さゆえに身の危険を感じることも怒りや敵意を感じることすらできなかった
意思のこもっていない言葉に感じ入るところなど何もない
しかしそれを良しとしない者がいる
「……排泄物どもが」
口の中だけで小さく罵るとその小さな体から濃密な殺意が滲みだす
汚物を見るような目でゆっくりと手をかざそうとするシアーシャ
その掌には刹那の内に組みあがった魔術が籠められていた
それに気づいたジグが慌てて止めようとする
男たちは自分たちが命の危機にさらされていることに気づいてもいない
「よせっ……!」
シアーシャの魔術が放たれ男たちを消し去る前
そしてそれをジグが止めるより早くに割り込む声があった
「今のは聞き捨てならない。」