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「助かった、ありがとう。」


首の無くなった削岩竜に残心をとっていたジグ

そこに先ほどの冒険者が声を掛けてきた


「……もう死んでるよ?」


残心を解かないジグに冒険者が怪訝な顔をする

そこでやっと剣を収めたジグ


「……最近、死んだと思ったやつが生きていることがあったから一応、な。」


流石にあんなことはそうそうある訳では無いようだが

警戒を解いてそこでようやく声を掛けてきた冒険者を見る

しかしそこでジグは思わず固まってしまった

男の容姿に驚いたためだ



緑の瞳は縦に長く、先ほどの削岩竜を思わせる爬虫類のもの

肌も暗い緑をしており光沢のある鱗が覆っている

頭は蜥蜴を思わせる……というか蜥蜴そのもの

時折チロチロと舌が覗いている


(魔獣、ではない……はずだ。人の言葉を話しているし敵意もない。魔術の匂いもしない……本物なのか)


以前から時折見かけた獣の様な頭部をした人間に類するものだろうか

被り物である可能性は考えていない

こんなに表情をリアルに動かせる被り物などあるはずもない

よくよく見れば他の冒険者たちも皆、頭部や体つきが人ではないことに今更ながら気づいた

蜥蜴だけでなく獣や鳥、虫のような者までいる


(なんだこいつらは?)


「どうか、したか?」


唐突に動かなくなったジグに蜥蜴男?が怪訝そうな顔をする


「う、む。いや、なんでもない……ぞ?」

「そうか?」


しどろもどろに返すジグに舌をチロチロさせながら蜥蜴人間が一歩近づいた

未知の存在が近づいたことに対し思わずジグが一歩引いた


「……」


それを見た蜥蜴人間が表情をわずかに変えた

相手の表情を注意深く見ていたジグはそれを察知した

しかし変化には気づいてもどういう理由で変えたのかがわからない


「……ねえ。コイツ、もしかして澄人すみびと教なんじゃないの?」


不審な態度のジグを怪訝そうに見ていた冒険者の誰かが呟いた

瞬間、その場の空気が変わった



嫌悪、憎悪、軽蔑


口には出さなくともそういった負の感情が彼らから滲み出ているのを感じた


「っ!」


唐突な敵意すれすれの感情にジグが条件反射で臨戦態勢に入ろうとする


「皆、いけない。」


しかしそれを止めた者がいた

ジグの前にいる蜥蜴人間だ

彼は他の冒険者たちを手で制すと非難の視線を向ける仲間を見た


「この人、助けてくれた。澄人教徒、関係ない。」

「でも……」

「助けてくれた人にお礼言えないの、よくない。僕たち、ケモノじゃない。」


蜥蜴人間に言われて仲間たちが不満そうにだが、それでも負の感情を収める

彼がこの冒険者たちのリーダー的立ち位置のようだ

改めてジグに向き直ると頭を下げる


「怖がらせてしまって、ごめんなさい。助けてくれてありがとう。お礼、必ずする。」


頭を下げるその姿からはなるべくこちらを刺激しないよう細心の注意を払っているように見える

背の双刃剣に掛けていた手を離す


「……礼は依頼主に言ってくれ。それと、別に怖がっていたわけではないんだ。」


ジグの言葉を聞いた蜥蜴人間が顔を上げた

小首を傾げて舌を出し入れする姿からは何も読み取れない


「初めて見たものでな、あんたの様な……なんだ?」

「……亜人。あなたたちは、そう呼んでいる。」


蜥蜴人はそう言うが、ジグはそれを聞いて眉を顰める

自分の問いに対する答えが的外れだったためだ


「……俺はそんな呼び方は知らないし、自分たちでそう名乗っているわけではないだろう?俺は、あんたが自分たちをどう呼んでいるのか聞いているんだが。」



蜥蜴人がその言葉に瞳孔を開かせる

縦に裂けた瞳がジグをしっかりと見据えた



「……鱗人うろこびと緑鱗りょくりん氏族のウルバス。」

「ジグだ。傭兵をやっている。」

「よろしく、ジグ。」


ウルバスは少し考えるとゆっくりと右手を差し出してくる

握手かとも思ったが、よくよく見れば握りこぶしだ


「これ、鱗人の挨拶。」


不思議そうにするジグにウルバスがそう言ってこぶしを上下に揺らす


「相手と反対の腕でやるのが礼儀。」

「こうか?」


左手でこぶしを差し出すとウルバスがこぶしを近づけて節と節をこすり合わせた

珍しい挨拶だなと思いながらもジグがなんとなくで合わせてこぶしを上下に揺らす


ふと気が付くと、他の冒険者たちがその様子を食い入るように見つめているのを感じた

何か重要な挨拶なのだろうか


手を離すとウルバスはしばらくそのこぶしをじっと見ている


「……ジグは澄人教、知らない?」

「ずっと遠くから来てな。こっちの宗教どころか、別の種族を見ること自体初めてだ。」

「そう……他の種族、怖くない?」

「驚きはしたな。正直言って、何も知らなければ魔獣と勘違いしていたかもしれん。」


ジグの率直な感想にウルバスは目を細めてシュルシュルと舌を出しながら続きを促した


「今は?」

「少なくともケモノの類ではない。敵対しないのならば、こちらから刃を向けることはないな。」

「……そう。」


ウルバスは振り返って仲間の方を見た


「どう?」

「礼はする……あんたの雇い主にな。」


彼らはそう言って削岩竜の剥ぎ取りに向かおうとした

そこでウルバスが声を上げた


「そういえば、もう一匹の方忘れてた。ジグの仲間、大丈夫?」


終わったと思い込んでいた冒険者たちが厳しい表情を浮かべる

竜ともう一戦交える程の余力は残っていない


「ああ、そっちは気にする必要はない。」


その言葉が終わる頃

魔獣の悲鳴が辺りに響き渡った


咆哮ではなく悲鳴

そう断言できるほどにその音は恐怖に満ちているのが聞き取れた





「ジグさーん。こっち終わりましたー。」


しばらくしてひょこりと顔を出したシアーシャが歩いてくる


「俺の雇い主、シアーシャだ。助けたのは彼女の命令によるものだ。」

「どうも、こんにち……わ!?ジグさん、蜥蜴です、蜥蜴さんですよ!」


挨拶の途中でウルバス達に気づいたシアーシャが大興奮している


「……彼女もかなり遠いところから来ていてな。異種族を見るのは初めてだから、失礼があっても大目に見てやってくれ。」

「よろしく、シアーシャ。」

「あ、はい。よろしくお願いします。私、亜人と話すの初めてですよ。」

「そう。」


ウルバスとシアーシャは握手をする

ひんやりとした鱗の感触に興味深そうな顔をしていたシアーシャがふとあることに気づいてウルバスに伝える


「私たちは澄人教とは関りがないんで、誤解なきよう。」

「そうみたい。」


ウルバスはジグを見ると目を細めてゆるりと尾を揺らした

シアーシャはよく本を読んでいるのでこちらの宗教などもある程度は把握しているようだ

ジグも気にはなったが本人の前であれこれ聞くのもどうかと思い疑問を仕舞うことにした


(どういったものか、大体の想像はつくしな)


彼らの反応からあまり博愛主義的な宗教では無いようだ





ウルバスはシアーシャに向かって頭を下げた


「助けてくれて、ありがとう。このお礼は必ずする。」

「貸しにしておきます。助けたのは成り行きと気分でしたので。」


そんなことより、と

シアーシャが削岩竜の死体に目を向ける


「いくつか聞いてもいいですか?」

「もちろん。」


シアーシャとウルバスは削岩竜との交戦に至った経緯や状況などを話している


元々彼らは削岩竜を標的にしていた訳では無いようだ

生息地を考えれば当然のことではあるが

依頼があった魔獣を狩りに行く途中で一匹の削岩竜と偶然遭遇し、襲われた

一匹であれば勝算は十分にあると判断したウルバス達は応戦し、徐々に追い詰めていった


しかし途中でもう一匹の削岩竜が現れた

二匹を同時に相手取るほどの実力は自分たちにはない

即座に撤退をしようとしたが、運の悪いことに二匹目は自分たちを挟み込むような位置にいた

足の遅い魔術師が突進を避けきれずに負傷していまい、それをかばっているうちに逃げることもままならず追い詰められてしまった


「ではウルバスさん達も何故削岩竜がここにいるのかは分からないんですね。」

「そう。元の生息地で何かあったのかもしれない。ギルドに急いで報告する必要がある。」

「そうですね。奥地とはいえ七等級の狩場に竜が出たなんてとんでもないことです。この前の賞金首といい、何が起きてるんですかね……」


またしても狩場に規制がかかりそうな案件に辟易しているようだ

ジグはその話を少し離れて聞きながら武器の点検をする


「……少し、曲がったか?」


双刃剣を見ると気持ち歪んでいるような気がする

硬い甲殻に全力で叩きつけた上に頭部での一撃を受け止めたのだ

曲がった程度で済んでいるのなら御の字であるといえよう

武器は消耗品であると身に染みて知っているジグだが、それでも大枚はたいて買った武器が傷ついたのは少し彼をブルーな気持ちにさせた


体の方は問題ない

強烈な一撃だったが幸い肩などを痛めるようなことにはならずに済んだ

全力の攻撃を連続して行ったのでそれなりに疲れはしたが



点検と体調チェックを終えて武器の血を拭っている頃には二人の話は魔獣の取り分に差し掛かっていた


「ウルバスさん、魔獣の素材や討伐が誰をしたかの評価値の取り分についてなんですが……」


それまで淡々と話を進めていたシアーシャが言いづらそうにしている

ウルバスは言いづらそうにしている理由を勘違いして察すると頷く


「もちろん、二匹ともそっちの手柄。実際二人が倒した。……ただ許されるなら、僕たちにも素材の一部を分けてくれると嬉しい。仲間の治療費分だけで構わないから。」

「そのことなんですが……魔獣を討伐したのはウルバスさん達の功績にして欲しいんですよ。私たちはあくまでも援護に徹していたと、ギルドに報告してください。」

「……意味が、よく分からない。それであなたたちに何の利点があるの?」


自分たちの利益を減らすような行為にウルバスが首をかしげる

ですよねーといった顔をするシアーシャの説明をジグが引き継ぐ


「ギルドの職員に目を付けられているんだ。無茶な相手に無謀を繰り返す常習犯でな。またやらかしたのが、それも竜に挑んだのがバレたら昇級どころか下がりかねん。」

「出来ることなら自分の手柄にして早いところ昇級しちゃいたいんですがね……もう最後通牒まで食らっちゃってるんで、已む無しです……」


ジグの説明に多少は納得がいったようだ

項垂れるシアーシャを見たウルバスはふと沸いた疑問を投げかける


「何等級なの?」

「もうすぐ七等級です。」


つまり今現在は八等級だということだ


「……詐欺では?」

「冒険者の経験が浅いだけだからな。これでもギルド側が配慮して効率的に上げられる依頼を斡旋してもらっているんだ。」


その上で無茶をするから余計目を付けられる

そう付け足してジグは肩を竦めた


ウルバスは手を顎に当てて視線を宙に彷徨わせた

ギルドの納得しそうなシナリオを頭の中で組み立てる


「……魔獣と戦闘中に不測の事態が発生、近くにいた二人を巻き込んでしまう。非常事態のため二人に協力を要請。援護のおかげで魔獣を討伐したが矢面に立っていたのは僕たち。支援の感謝に素材の一部と評価値の分配を提案……ふぅ。こんなところで、どう?」


「申し分ないです。」


ウルバスの立てた台本にシアーシャが目を輝かせる

しかしジグはどこか懐疑的だ


「今のをそのまま通すのは少し都合が良すぎないか?」


ギルドも馬鹿ではないはずだ

組織として長くやってきている以上虚偽の報告や怪しいところには敏感なはずだ


「普段なら、苦しい。けど今はそれどころじゃない事情がある。」


彼が見るのは削岩竜の死体だ

既に仲間が手際よく解体し浮遊する荷台に詰め込んでいる


「あれがこんなところにいる理由を調べるのに忙しくなるから、多少のことは見逃される……はず。」


多少の不正の臭いがする事案より目の前の脅威という訳か

少々運任せなところもあるが無難なところだろうか


「……嘘をつくのは心苦しい、けど。恩人のためだから、我慢する。」


居心地悪そうにゆらゆらと尾を揺らしながら一人呟く

ウルバスの様子は口先だけではなく本当にそう思っているのだろうことが窺えた


「あー……これで貸し借り無しにしましょう。」

「え?でも、これじゃ足りない……」

「それを判断するのは私です。貸し借り無し、いいですね?」

「……あなたがそう言うなら。」


シアーシャもそう感じたからこそ十分だと言ったのだろう

蜥蜴の表情など二人とも分からないが、それを加味してもウルバスの言葉には真実味があった


事前に軽く打ち合わせをして口裏を合わせる準備を整える

解体を終えた冒険者たちが戻ると周囲を警戒しながらギルドへ向かった

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