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ジグが先導し魔獣が来た方向を辿って行く

痕跡は思ったより長く続いていて道中に他の魔獣の気配もない

その違和感が余計にジグの警戒心を煽る


(大物かもしれないな。)


以前初めて魔獣討伐に赴いた時のことを思い出す

あの時追い立てられた魔獣たちの原因は幽霊鮫という例外だった

今回も似たようなことが起きている可能性もある

あの隠密能力は驚異的だった

同格の魔獣がそれに匹敵する魔術を扱うかもしれないことを考えれば気は抜けない





「追いついたみたいですね。」


そうしてしばらく進むと何か大きなものが暴れているような音が聞こえてきた

逸るシアーシャをなだめてジグが慎重に距離を詰めて様子を窺う



暴れていたのは二匹の魔獣だが、魔獣同士で争っているのではない

同種の魔獣が冒険者相手に苛烈な攻撃を仕掛けていた

ジグの肩に手を掛けて乗り出したシアーシャが魔獣を見て目を見張る


「あれは削岩竜!どうしてこんなところに……」


削岩竜は四等級中位に位置する魔獣だ

竜とはいうものの翼は無く飛行能力を有していない

前傾姿勢の二足歩行でバランスを取るための尾が太い

鉱石や岩を食べるが岩石蜥蜴と同じく雑食で何でも食べる

頭部が特大のピッケルの様な形状をしていてこれを岩に打ち付けて砕く姿が名前の由来だ

尾の先端はハンマーのように膨らんでおり、これと頭部を武器にしている


当然だがこの辺りにいる魔獣ではない


「きな臭くなってきたな……」

「アレが本来の住処すみかを離れる理由にはとても興味が惹かれますが、それは後にしましょう。あれって結構まずい感じですかね?」


シアーシャが指す先にいるのは削岩竜と交戦している冒険者たち

二匹の猛攻をうまく凌いでいることから実力者なのは間違いないだろう

しかし反撃に移るほどの余裕が無いようで防戦一方

怪我人もいるのか逃げることもままならずこのままでは全滅必至だろう


特にこれといった魔術も使わず知能もそこいらの蜥蜴と大差はない

これと言って特別なところのない削岩竜だが、決して弱いわけではない

厄介な魔術を使う訳でもないのにその強靭な肉体のみで四等級相当の危険が認められたということだ

頭部はもちろんのこと全身が非常に硬く生半可な攻撃を通さず、魔術は比較的通りが良いという程度で弱点というには程遠い防御力

強靭な脚が生み出す速度は巨体に見合わぬ突進力を誇り、まともに食らえば即死は免れない

シンプルな強さゆえに誤魔化しが利かずパーティーの総合力を問われる魔獣だ


二匹のうち片方は傷だらけでそれなりに消耗している

恐らく一匹と戦闘中にもう一匹に乱入でもされたのだろう



「あのままじゃ不味いだろうな。」

「……助けた方がいいんですかね?」

「好きにしていいぞ。」

「うーん……」


ジグに判断を委ねられ悩むシアーシャ

助けた場合のメリットは相手の懐具合や良心に依存している不安定なものだ

恩を返さない程度ならともかく、最悪仇で返すことすらありうる

そんな相手にこちらが手間を掛ける価値があるのだろうか

一番利益が出るのはこのまま見殺しにすることだ

なるべく足掻いてもらって消耗した削岩竜を倒し冒険者の身ぐるみを剥げばいい

しかしシアーシャにもそれが不味い選択であることは分かる


「……」


横目でジグを盗み見る

彼は決して善人などではなくとても容赦のない男だが、外道ではない

その手の蛮行に良い顔をしないだろう


「……助けましょう。」

「いいのか?相手次第では面倒なことになるが。」

「その時はそのときですよ。埋めちゃえばいいんです。」

「そうか。」


言うなりジグが立ち上がる


「なら早い方がいいな。そろそろ限界のようだ。」


味方をかばいながらの防戦は消耗が大きいようだ

徐々に動きの精彩が欠け始めていた


「私じゃ巻き込んじゃうんで片方を引きつけます。その間にもう一匹をお願いします。」

「了解。」


短いやり取りで二人が動く

シアーシャが術を組んで岩塊を生み出すと一匹に向かって撃ち出した


岩塊は今まさに打ち下ろそうとしていた頭部に直撃する

術を受けた削岩竜はたたらを踏んでよろけると攻撃の主を探してきょろきょろとあたりを見回す

今の攻撃はさしたる痛手にもなっていないようだ


「来い。硬いだけが能の蜥蜴風情が。格の違いを教えてあげましょう。」


言葉がわかるわけでもないだろうが、攻撃されたということは敵だ

傷だらけの削岩竜は怒りの咆哮を上げるとシアーシャに突撃していった




一匹の削岩竜が離脱していく

それを確認しながらジグが駆ける

冒険者たちの追撃に夢中の削岩竜はこちらに気づいた様子もない

背の双刃剣を抜くと走る勢いそのままに振るった

突進の予備動作を取っている削岩竜の脚を狙った一撃は右脚のすねのあたりを叩く

鈍い音が響くが強引に振りぬいた


表面を覆っている甲殻が弾け飛びはしたものの切断には至らない

しかしその衝撃は相当なもので、足を払われたかのように盛大にこける削岩竜

巨体がバランスを崩して転がるのに合わせて冒険者が機を逃さずに退く


「っ!?、助かる!」


素早く怪我人を抱えると何人かが下がっていく

しかし全員ではなくまだ戦える者がお返しとばかりに術を叩きこむ

氷弾が命中し凍らせた部位を衝撃力のある術で吹き飛ばした

見事な連携に横っ腹の大きな甲殻が剥がれて防御の薄い箇所が生まれた


そこに向かってジグが走る

しかしそれを読んでいたのかそれとも本能のなせる技か、削岩竜が体を半回転させ尾で薙ぎ払う

ハンマーのように振るわれた尻尾が轟音を立てて迫りくる


「ぐぁっ!?」

「っ、おっと!」


その攻撃にジグと同じように弱点を突こうと前に出ていた者が弾き飛ばされる

咄嗟に盾で防いだようで致命傷では無いようだ


ジグはスライディングで尻尾を避けると削岩竜の脚の間を抜けて顔の下に回り込む

そこでトリガーに指を掛け真上に向かって左の強烈なアッパーカットを叩きこんだ

衝撃に反応し魔具に刻まれた術が発動し衝撃波が削岩竜の顎を撃ち抜いた


尾を振って獲物を視界の外にした削岩竜は予想だにしない場所からの衝撃に混乱する

流石の防御力で衝撃波は甲殻を弾けさせたのみにとどまったが、強烈な攻撃に削岩竜の頭部が大きく打ち上げられた

ジグの目の前に首の甲殻を失い喉元をさらけ出す削岩竜


「はぁっ!」


衝撃波の反動で大きく下がろうとする左腕

その勢いを回転に流して全力で双刃剣を振るった

高速で振るわれた剣先が守りを失ってなお頑丈な首元の肉を大きく抉り取る

ごっそりと抉れた首から遅れて噴き出る血液



しかし削岩竜はまだ死んでいない


「っ!?」


滴る血液を追うように削岩竜が頭を打ち降ろした

双刃剣を振り切った体勢では避けきれないと判断したジグが咄嗟に双刃剣の柄で受け止める

鈍い音を立てて尖った頭部を受け止めた衝撃でジグの脚が地面にめり込む


「ぬ、おお……!!」


確実に致命傷だというのになんという力だろうか

必死で押しとどめるジグと文字通り死に体である削岩竜の視線が至近距離で交わる


”お前だけでも道連れにしてやる”


種族は違えどもこの魔獣の意思は十二分に伝わって来た


(だがこちらがそれに付き合う義理はない。)



「……っ、うらぁあ!!」


あえて左の力を緩める

それと同時に右腕の力を瞬発的に高めて跳ね上げて頭部を左へ弾く


一瞬でも遅れれば胸に突き立てられる危険な綱渡り

ジグの技量と腕力、そして何より胆力がそれを可能にした


狙いを逸らされ地面に突き刺さる削岩竜

その首を弾いた勢いそのままに双刃剣が上から叩きつけられる

既に半分近く無くなっていた首はその斬撃でようやく切断された






岩槍が削岩竜の表皮に弾き飛ばされる


「ふむ、やっぱりある程度硬いと効果はほぼないみたいですね。」


シアーシャの新しく開発した術は威力を上げたわけではない

対象の内部を破壊する構造のため、そもそも硬すぎる相手には表面で弾かれるだけで何の効果もない


「まあ、それなら遠慮なく潰しましょうか。」


迫る削岩竜の行く手を土盾が阻む

しかし頭部を殴りつけられてものけ反るだけで時間稼ぎにしかならない

忌々し気に土盾に頭突きを叩きこむ

ピッケルの様な頭部と大質量の一撃に土盾が崩れ去る


三枚の土盾が破壊されるまでさしたる時間も掛からなかったが、彼女が術を組むには十分すぎる時間だ

シアーシャが手をかざすと地の杭が四方から飛び出した

魔力を練り上げた螺旋状の杭が削岩竜の頑強な甲殻を削り取り肉に至る

苦痛と、自らの防御を抜かれた驚きから咆哮を上げる削岩竜



「おや、これでも死にませんか。」


縫い留められて藻掻く削岩竜に驚いた表情を浮かべるシアーシャ

その身に更なる魔力が込められていく

動かなければ死ぬ

そう悟った削岩竜が傷つくのも厭わずに杭から身を引きちぎった


だがそれはあまりに遅すぎた


「前言撤回します。ただ硬いだけでもここまで行けば能がないとは言えませんね。」


その手にあるのは剣の様な形状をした黒い塊

しかしそのサイズは身の丈を越える、どころか削岩竜と同じ大きさであった

籠められた魔力、そのあまりの異常さに削岩竜が恐怖で立ち竦んでしまう


重さなど感じないかのように巨剣をゆっくりと掲げたシアーシャが微笑む



「さようなら」



振り下ろされた黒い巨剣は削岩竜の頭部に直撃

僅かな抵抗の後、その頭部から股下までを一息に断ち斬った



投稿遅くなってしまい申し訳ありません。

年度末なので少し忙しくなります。

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